短編集 | ナノ
※ 時系列、未来

何を見つめているのかわからない、それでもその先にきっと彼だけが抱える誰にも言うことのない、言えることのできないことをたくさん秘めている。それを包んであげられたら、癒してあげられたら、寄り添えあえたらと思うのに私が出来る事はほんの僅かなほんとに僅かなものでしかない。

それを痛々しくおもった。それでも夫婦だから、前よりもその痛みをすこしだけど共感し、昌浩の痛みを言葉にしなくても受け止められるように私はあの人の前で笑顔でいることだとそう信じている。何があったかなんて聞かない、知らなくてもいい、ただ分けてくれればそれでいいとそう思っている。

「…昌浩っ」

窓辺で耽っているいる青年に声をかける。めずらしく彼女の憤りを含んだ言葉に昌浩は腑抜けていた頭を活動させ彼女の方をみた、こうでもしないと私のことなんてどうでもいいのかしらなど彰子は思いながら几帳を持ってきて置いた。

「…ど、どうしたんだ」

いつもと違う彼女に怖気ずきながらも彼女の視線から目を離さない、こうゆう正直なところは昌浩のいいところだと彰子も認めている。

「…どうしたんだ、じゃないわ」

持ってきた几帳を置くや否や、昌浩の胸元を掴み引き寄せるというよりも、はだけた単を整える。昌浩は何事かと思ったがすぐに彼女が怒った理由がそれによって分かった。その可愛い顔にしわを寄せさせるというのは昌浩とてあんまり心地いいものではない。

彼女は昌浩のばっくりと空いた、というか狩衣の下に着ている単もろとも中途半端に衣服が崩れているそれを直した。本人は自覚もなく、着替えようと思ったが物思いに耽ってしまいそのままという光景が彼女には容易に想像できた。

いくら安倍のお屋敷が結界がはってあり、高い塀で囲われているとはいえいささか無防備であるその姿に彰子は憤慨したのだ。

「ごめん、ごめん。さすがにこれじゃあ襲ってくれと言ってるようなもんだね」

乾いた笑みを浮かべる青年だが彰子はそうではない、頬を膨らませなんとも可愛らしく口を一文字につくり、彼の胸に寄りかかった。

「…ちがうわ、」
「…え?」

ここに物の怪がいたら、それは呆れ果てた顔で彼を見つめていたことだろう。年齢とともに彼の気付かない内に逞しくなった腕力、見上げなければもう視線に入らない身の丈、そして何より常人よりも整った顔立ち、それが周りが彼を放っておく訳がない。

唯一の安倍晴明の後継であり、人柄も良好、妻子をいくらでも娶ることのできる時代だからこそ目をつけてくる貴族はたくさんいるのだ。

しかし彼女はそんなことよりも、ただ嫌なのだ。こうして無防備に曝け出していることも、それを万が一他の誰かに見られるということも。

「その下紐を解くときは…私の前でだけでしょう?」

その顔を朱に染めて昌浩の目を見つめながらいうと羞恥心が込み上げてきたのか彼女はすぐに昌浩から離れようとする。しかしその昌浩もその瞬間は彼女と同じように顔を染めたが、彼女が逃げ出しそうになるとなんとも都合のいい条件反射で彼女をその腕から逃さない。

「…やっ、離して昌浩」

「…やだ、離さない」
「…っ、」

耳元で囁かれ彼女は息を詰める、それを見越したように昌浩は腕の力を緩めない、逆に強くつよく壊れない程度にその身体を抱きしめる。気持ちを伝えてしまうかのように。形勢逆転とはこのことを言うのだろうと、酷く痛感していた。

「…そんなこと言われたら、」
「…?」

首だけを巡らせてこちらを向いた彼女の唇に吸い寄せられるように昌浩は顔を寄せた、彼女の身体から力が抜けて立てないようになるまで彼は離さなかった。なんとも手加減の効かない彼に彰子は参るばかりだ、いつもいつもこうして最後には彼の為すがままになるのだから。

「…彰子が悪いんだよ、あんなこと言うから」

狐の子は狐だと誰かかが言っていた気がする、そんな甘く険しい言葉を浴びせられ彼女はその夜泣き出したくなるっても彼の腕から逃してはもらうことは出来なかったらしい。



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