君が、好き 01

第8話 君が、好き


※冒頭 真視点

【学院卒業後二年目 夏】

 卒業してから少し経ったその頃。僕らの活動は順調で、アイドル業の一環として歌番組だけでなくバラエティー番組にも出演させてもらえるようになっていた。
 そんな中、氷鷹くんにドラマ出演の依頼があった。

「氷鷹くんが月9ドラマに出演するのかー! すごいなぁ!」

 主演は今活躍中の若手俳優と若手女優さん。氷鷹くんの役回りは主演の女優さんに恋する幼なじみの役だ。

「すごいよね。録画して永久保存しなきゃ」

 あんずちゃんも氷鷹くんへのオファーを喜んでいた。僕たちにとってアイドル業が一番だけど、こうして別の仕事にも手を伸ばして人気を勝ち取ることは大事だ。活動重点が逆転してしまうのはあまりよくないことだけれど。
 名前を売ることは駆け出しの僕らにとって大切なこと。

「演劇部で日々樹先輩のもと修行してたから演技の基礎はメンバーの中でも一番あると思うし。何より北斗くんはかっこいいからきっと新たなファンを作ってくるだろうね」

 あんずちゃんはまるで自分のことのように嬉しそうに笑って言う。
 いつだって僕らのことを一番に考えてくれる。そんなあんずちゃんが、僕は大好きだった。
 だから僕は気になっちゃったんだ。

「でもあんずちゃんいいの?」
「何が?」
「氷鷹くんが成功しちゃったら、僕たちもドラマに出演するようになるかもしれない。そしたら衣更くんも誰かに恋する役とかしちゃうかもだよ?」

 衣更くんが他の誰かと恋する姿を、あんずちゃんはどう思うんだろうって。
 そんな意地悪なこと、僕は聞いてしまう。

「うん、そうだね」

 あんずちゃんはケロッとした顔でそう答えた。
 思わず面食らっちゃったのは僕のほう。

「嫌じゃないの?」
「プロデューサーとしては万歳だよ。まあ、私事を踏まえると悩ましいけど」

 あんずちゃんはくしゃりと笑って「困った話だよね」なんて言った。

「でもそれを分かってて、私は真緒くんの彼女になったから。だからやっぱり真緒くんに人気が出ることを嬉しく思うの」

 あんずちゃんは強い人。
 男の僕が憧れてしまうほどにたくましい心を持った人。

「嫌がるのが正しい反応なら……真緒くんを好きな人に『真緒くんのこと本当に好きなの!?』って怒られちゃいそうだよね」

 そんなことを笑って言えるのは、あんずちゃんが自分の衣更くんへの想いに迷いがなかったからだと思う。
 自分が誰よりも衣更くんを好きだって自信が、あんずちゃんにはあった。
 そこは、衣更くんとは真逆。

「逆の立場なら、衣更くんはすごく落ち込みそう」
「あはは、真緒くんは……ねぇ。なんであんなに不安になるんだろうね。自分はファンいっぱいいるのに」

 あんずちゃんは眉を下げる。
 そういえば先日、あんずちゃんが男性上司に仕事の件でご飯に連れて行かれた時も……その日の衣更くんのレッスンはボロボロだった。

「あんずちゃん、モテるからね」
「アイドルに言われてもねぇ」

 案の定、そのときも告白されていたらしくて。
 もちろんあんずちゃんは断っているし、何より衣更くんは彼氏なのに……すごく落ち込んでた。

「いつ愛想尽かされるか心配って、衣更くんいつも言ってるよ」
「それ失礼だよねー。私の気持ちを軽々しく扱っちゃって」

 本当だよ。あんずちゃんはこんなにも衣更くんが大好きなのに。
 僕がそばにいても、衣更くんのことを一番に想っているのに。
 それでも衣更くんはあんずちゃんの全部を欲しがって求めちゃう。それが衣更くんの愛し方だった。


 だから僕は嬉しかったんだ。
 記憶をなくした衣更くんが、あんずちゃんと他のアイドルが喋ってるときにそれを気にしてしまうことが。
 あぁ、衣更くんらしいって。
 あんずちゃんへの独占欲は記憶が消えてもなくならないんだって。

 だからショックだったんだ。
 他でもない衣更くんが、あんずちゃんに『三毛縞先輩と恋愛してもいいんじゃないの?』なんて、そういう言葉を吐いたことが。

 だってそれは……。
 あんずちゃんが他の誰かのものになることは……。
 こっちがバカらしく思うくらい、衣更くんが嫌がったことだから。




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