『普通』の幸せ 01
第6話 『普通』の幸せ
※冒頭 凛月視点
「まーくん、どうしたの。部屋の中めちゃくちゃじゃん」
夜、まーくんの家に行ってみたら大惨事が起きてた。別にいつもきれいに整理整頓されてるわけじゃないけど、かといって汚いというほどではない。
適度な生活感が住み心地をよくさせる。それがまーくんの部屋。
でも今夜はどういうわけか、棚にあった本が全部投げ出されている始末。
「何か探してるのー?」
「……卒アル」
また、いきなり何を探し始めたかと思えば。
「懐かしくなった? そんなに探してまで見るものでも……」
「ないんだよ。ここにあった卒アルが」
まーくんが指し示す場所。そこにはたしかに、かつて卒業アルバムがしまってあった。俺は知ってるよ。
そして、その卒業アルバムがどこに行ったのかも。
「別のところに置いてるんじゃない? もしくは実家とか。俺は実家にあるし……」
でもまーくんは俺の言葉に揺さぶられることはなかった。
「卒アルどころか……いろいろこの部屋、変なんだよ。……なんで気づかなかったんだ」
ほんと遅いよね。
この部屋は、まーくんが入院する前と退院してからとでは大きく違うのに。その抜けた部分にもまーくんは気づかなかった。
やっと。こうして探し始めて、気づいたんだね。
「不自然に棚とか空いてるんだよ。……俺、ここに写真とか飾ってたのにそれもなくなってる。ていうか、アルバムが一切ないんだけど」
そうしてまーくんは俺のことを見る。まあ、疑うなら俺だよね。
「凛月、お前……」
「俺は隠してないよ」
「でもこの部屋に他に入れるのは、合鍵持ってるお前だけだろ!」
うん、そうだね。今は。
でもそもそもさ。俺がまーくんの家の合鍵を持ち始めたのはまーくんが退院した後だったよね。
「そうだねー」
ぜーんぶ嘘。
まーくんの合鍵をずっと持ってたのはあんずだった。
まーくんの記憶が消えたあの日。
あんずは仕事を終えてからまーくんの病室には行かずに、まーくんの部屋に来たんだよ。
そしてしたことは、まーくんの部屋から自分がいた形跡を消すこと。……ううん、それだけじゃない。
まーくんの記憶から完全に自分を消そうとしたんだよ。
だから自分と一緒に写ってる写真なんかは全部持っていっちゃった。卒アルもそう。
バカだよね。それを見たらまーくんだって思い出すかもしれないのに。
でも今のまーくんを見てたら、そんな都合のいいことはやっぱり起こらないんだろうなって。あんずが余計に傷つくだけなんだろうなってわかる。
だからきっと、今回ばかりはあんずの愚かな行動が正解だった。
あんずから受け取った合鍵を、俺がまーくんに返そうとしたらさ……。まーくん、『お前が合鍵持ってたのか! いつのまにか無かったんだよな!』なんて言ってさ。
あんずがそばにいなくてよかったって心底思ったよ。
そんなふうに、あんずのことを忘れたまーくんがさ……。
「なんで探し始めたの?」
「……あいつ、嘘ついてるから」
「あいつ?」
「あんずだよ。あんずだけじゃなくて、お前らも」
まーくんが俺を睨んでる。
やっと本気であんずのことを思い出す気になったんだね。
「それと卒アル関係ある?」
「……あいつ、俺との思い出なんて特にないって言ったけど。卒アルにもし証拠が残ってるなら、言い逃れもできないし……俺も思い出すかもしれない」
「あんずとの、思い出ねぇ」
まーくんとあんずの思い出なんて俺が知る限りでもありすぎて困るくらいあるんだけどね。
「あいつといると……妙に落ち着くんだよ。俺のことありえないくらい理解してて……欲しい言葉をくれて、安心させるみたいに触れてきて。……そのくせに、俺の言葉ひとつで泣いたりして」
こんなのさ。惚気以外の何物でもないっていうのに。
俺はなんで真剣に聞いちゃってるんだろうね。
「俺は、あいつのこと……忘れちゃいけなかったんだって……それは分かるんだ」
分かるのに、思い出せないんだね。
あんずも傷ついてるけどさ……きっと、まーくんも同じくらいに傷ついてるよね。思い出したいのに思い出せないことが悔しくて。
みんなに嘘をつかれて。
そのくせ、いざというときにはみんなに責められて。
でもしかたないよ。
まーくんは、みんなが愛したプロデューサーを自分のものにしちゃったんだから。
それなのに忘れてしまったら、怒られるのも当然。
「まーくん」
でも俺はさ。あんずも、まーくんもどっちも大好きだから。
「TrickstarとKnightsが戦ったDDD覚えてる?」
「ああ……真が瀬名先輩に監禁されてた……」
「そうそれ。『ゆうくん』が監禁されて、メンバーはその『ゆうくん』を探しに行ったり、エッちゃんに囚われたり……Trickstarは壊滅寸前。俺らの不戦勝の予定だったのに……まーくんが現れた」
あのときのまーくんは本当に太陽みたいにまぶしかったなぁ。俺を焦がすみたいに。
すべて吹っ切ったんだなぁって思った。
わざわざ自ら辛い道を歩むまーくんを、バカらしく思う反面、まーくんらしいとも思った。
「そのとき、まーくんは誰と一緒に戦ってた?」
そう尋ねると、まーくんはキョトンとした顔のまま口を開いた。
「誰と、って……一人で……」
察しのいいまーくんなら気がつくよね。
ユニット制度があったんだから、一人で戦うことは認められなかった。
それでもKnightsの不戦勝にならなかったのは、まーくんが誰かと一緒にステージに立ったから。
「俺は……誰と……」
きっとまーくんの記憶からあんずの姿は消えてるんだろう。もしくは、顔のない誰かがまーくんの隣で踊ってるかもしれない。
でもきっとあれが、まーくんとあんずの最初の分岐点。
大事な瞬間だったはずだよ。
「この話の流れで、『誰』かは分かってるでしょ。……まーくん」
ごめんね、あんず。
まーくんに何も言わないって、あの約束。
少し、破っちゃった。
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