君が輝いた理由 01
第4話 君が輝いた理由
※冒頭 北斗視点
【高校3年生 秋】
高校生活も残り半年。いろんな思い出の残るこの学院からの卒業を思うと、なんとなく切ない気持ちになる。
だが、俺たちは卒業してもずっと一緒だ。ただこの学び舎から新たなステージへステップアップするだけ。先にそのステージに旅立った、あの変態仮面に……成長した俺を見せつけてやる。あの頃の俺は、そんな気持ちで日々を過ごしていた。Trickstarとしての活動も驚くほどに順調で、俺を含めた全員がどんどんアイドルとしての実力をつけていって、本当に充実した毎日だった。
「そういえば今朝、衣更のファンが校門前にいたぞ」
放課後、レッスンルームで、ストレッチをしながら、ふと思い出したことを俺は衣更に告げた。隣で同じように柔軟をしていた衣更は「あ〜……」と苦笑していた。
最初の頃こそ、「え!? 何かの間違いじゃないか!?」などと初々しい反応をしていたが、もう慣れた反応だ。
メンバー全員、SSのステージから成長したが、特に衣更は高3になって実力も人気も段違いに伸びていた。
「あ、僕も見たよ! 同じ子か分からないけど昨日の帰り、校門で待ってたよ」
俺たちの話を聞いていたらしい遊木が話に参加する。
けれどやっぱり衣更はどこか浮かない顔をしていた。
「まあ、出待ちみたいな行動は感心しないが、ファンがいるのは嬉しいことだろう」
俺としてはその言葉で衣更を励ましたつもりだったのだが、明星が背後から俺の背中を押して「ちっがうよ、ホッケー!」と呆れたように注意してきた。
「サリーはファンが増えたから、あんずと登下校できなくなっちゃったんだって。それがショックな男心を分かってあげなよ!」
「スバル……それ、誰から聞いたんだよ」
「えーっとね、朔間先輩の弟くん発信のワカメさん経由ちーちゃん先輩から聞いた!」
「凛月のやつ……っていうか、なんでみんなして俺たちのこと話してんだよ!」
衣更はため息を吐いたかと思えば、大声を出して忙しそうにしている。
が、あんずのこととなるとしかたないか。
「ええ! 衣更くん、あんずちゃんにふられちゃったの!?」
「ちげーよ! なんでそうなる! 別に……お互い話し合って決めただけ」
「そ、そっか! びっくりしたよ〜! でも付き合う前から一緒に登下校してたんだし、別にいいと思うけど……念には念をって言葉もあるしね」
「まあな」
「とかいってー、サリーが登下校中に変なことしたんじゃないの?」
「するわけないだろ!」
衣更は遊木と明星の会話に翻弄されて、またため息を吐いた。
憂鬱そうに吐かれる息。
けれども俺にはとても幸せそうに聞こえた。
その後、レッスンを終えた俺は、別件で忙しくしているあんずのもとに、リーダーとしてレッスン内容の報告をしに行った。
他のメンバーは既定のレッスン時間を終えてもレッスンルームで個人練習に励んでいる。俺もあんずに報告を終えたら合流して、個人練習に参加する予定だ。
本当にユニットの活動環境は最高だ。
「ごめんね! 北斗くんに全部任せちゃって!」
プロデュース科が設立されてから、あんずとはクラスが別になった。だからユニット活動のときしか会えない。しかもあんずはプロデュース科の全権を任されているからいつも慌ただしく学院中を駆け回っていて、レッスンに顔を出せる時間も限られていた。
だからその日、俺があんずに会うのは3日ぶり。
「かまわない。それよりあんず、ちゃんと寝ているのか? 顔色が最悪だぞ」
ピークに忙しいときの衣更と同じ顔色だ。本当に良くも悪くも、どこまでも似た者同士の二人。
「大丈夫、大丈夫! それよりみんなはもう帰った?」
「いや、まだ個人練習中だ」
「そっか。頑張ってるね、いいことだ」
あんずはにっこりと笑う。
それだけ聞ければ十分、という様子。
これは俺の推測だったが、登下校を一緒にしていないならおそらくあんずは俺と同じくらいに衣更と会っていないはずだ。
連絡は取りあっているのかもしれないが、顔を見たいとは思わないのだろうか。
そんな疑問が浮かんで、無粋だと分かっていながら、俺は尋ねていた。
「衣更に会わなくていいのか?」
あんずは少しだけ目を丸くしたけれど、すぐに困ったように眉を下げた。それも、衣更と似たような表情。
「いつだって会いたいよ。そりゃあ、好きだからね」
――好き。
その言葉に胸がちくりと痛んだ。それがどうしてなのか、俺にはよくわからなかったけれど。ただ、そのときのあんずの顔が、とてもきれいで、俺は思わず見惚れてしまった。その自覚だけはちゃんとある。
あんずの顔色は最悪だったはずなのに、衣更のことを想うだけでどうしてこんなにも輝くのだろうと。
「でも今はプロデュース以外でお互い安易に会うべきじゃないし。どうしても会いたいならお昼休みに生徒会室に遊びに行くから大丈夫」
あんずは、本当に強い女子だと思う。強くて、綺麗な女子だと。
「真緒くんの人気が増えていって、簡単には会えなくなっても、私はおかしなくらい不安にならないんだよね」
「当たり前だ。……衣更はあんずのことしか見えてない」
「えへへ、照れるね。でも……だから、もしも真緒くんがレッスンに身が入らない〜なんて言ってたら『あんずががっかりするぞ!』って言ってあげて」
衣更を照らしていたのは、いつだってあんずだった。
あんずは俺たちのことだってちゃんと照らしてくれていたけれど。こればかりは天性の相性なのだろう。
衣更の輝きが増したのは、あんずのおかげだ。
あんずに強く導かれるほどに衣更は輝いた。
アイドルとしても、男としても。
「ね、北斗くん」
それが俺は、少しだけ……。
いや、たぶんとても、うらやましかったんだと思う。
◆◆◆
【現在】
俺はとある連絡先をスマホの画面に表示させ、懐かしい記憶を呼び起こしていた。
衣更はこの記憶も忘れてしまったのだろうか。
どんなふうに、あんずの記憶が消えたのだろう。
切り取られたようになくなったなら、欠けたピースに違和感を覚えないのだろうか。
俺たちが過ごした日々に、その記憶に、あんずはなくてはならなかったのに。
「どうして……」
どうして、他でもないあんずのことを、忘れてしまったのだろう。
あんなに想っていたのに、どうして……。
『忘れたものを思い出せるわけないでしょ』
衣更に本当のことを話せといった俺に、あんずはそう言った。
笑顔で、心ごとすべての思いを隠すみたいに。
あんずが無理に笑う姿がこんなにも、痛々しいものだと思ってもいなかった。
どうして、なんて。俺が思う以上に、あんずが一番思っていることだろう。それを、あんずはあえて口にしていないだけなのに。
気持ちを抑えて、堪えていることにも気づいてあげられずに、俺はあんずに無責任な言葉をかけてしまった。
「すまない……あんず」
でも俺の頭の中に浮かぶあんずは、「謝らないで」と笑ってくれる。あんずはそういう女子だ。
あんずはどこまでも強い。
でもその強さに甘えて、この状況を放っておくわけにもいかない。
衣更の記憶が欠けたままであることを俺は良しとしない。それは主観的な意見であり、ユニットのリーダーとしての意見でもある。
衣更が持っていたはずのあんずの記憶は、衣更がアイドルとして成就するために必要な過程を全部刻んでいるはずのものだから。
それを忘れてしまった衣更が、これ以上輝けるとは思えない。
「……これが、俺にできる唯一のことだろう」
俺は、スマホを耳に寄せた。
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