君が、好き 02
【現在】
あれから衣更くんとあんずちゃんはお互い最低限しか喋ることはなかった。……まあ、当然だよね。
衣更くんの発言に僕ですらショックを受けたんだから……あんずちゃんはきっと、もっとショックを受けたと思う。
あの揉め事の次の日、衣更くんはあんずちゃんに謝ってあんずちゃんも「いいよ」と答えていたけれど。
そのやりとりもぎこちなくて、二人の大事な何かが壊れてしまったように思えて不安でならなかった。
そしてその不安を埋められないまま、衣更くんの調子が良くなるはずもなく……悪くなる一方で。
あんずちゃんもそんな衣更くんに何も言うことができず……。僕たちも下手に声なんてかけられなかった。
今まで活動してきた中でたぶん最も最悪な時期に差し掛かってるんだと思う。
そういう状況で僕たちは大舞台であるKnightsとの合同クリスマスライブの日を迎えることになった。
「はあ……」
こんな状態でファンのみんなを楽しませることなんてきっとできない。
募る不安から、僕は自然とため息を吐いてしまう。
すると背後に、音もなく人の気配が忍び寄った。
「ゆーうーくーん」
「ひあっ! 泉さん!」
振り返るとライブの衣装を着た泉さんがそこにいた。泉さんとはいろいろあったけど、結局良好な関係……を築けてるんだと思う。
少なくとも僕は、今の関係に満足してる。
守られるだけじゃない。共に肩を並べて闘える、良きライバルとして……そして、尊敬できる先輩として。
「どうしたのぉ。そんな暗い顔して。ライブの前にありえない顔じゃない?」
「あはは……ごもっとも」
僕が情けない声を出すと、泉さんは困ったように眉を下げる。
ライブ前はいつも緊張する。その緊張感はドキドキとワクワクに包まれる、僕にとってはいい刺激になる。
でも今日の緊張感は不安で包まれて不穏。
「ゆうくん」
顔をあげない僕に、泉さんは優しく声をかける。
でもただ甘やかそうとするだけの声じゃない、芯のある諭すような声だ。
「大丈夫だよ」
僕の手を取り、泉さんは告げる。
根拠のない言葉だけど、泉さんが言うとその言葉に理由が広がる気がした。
きっと、あんずちゃんと衣更くんのあいだにある感情の行き交いはこんな感じなんだろうと思う。
誰にも見えない、壊せない絆。
だからこそ、二人の絆が壊れてしまいそうな現実が悲しい。
大切なものが壊れていくことが苦しいと、僕は知ってるから。
「泉さん……」
「どうせ、ゆうくんの頭を悩ませてるのはあんずと衣更でしょ。……今のゆうくん、っていうかTrickstarが普通にやってライブに不安を感じる要素なんてひとつもないからねぇ」
泉さんはそう口にして、小さく息を吐く。
「本当、何してんだろうねぇ……あいつら」
どうしたいのか、どうすればいいのか。きっと本人たちが一番分からないんだと思う。
分からないからこそ、あんな言い合いをしてしまったんだろうって。
「もし……僕が泉さんのことを忘れたら、泉さんはどうする?」
僕にとって、あの2人の関係を再現できるとしたら……それはきっと泉さんだから。
そう尋ねると、泉さんは目を閉じて僕の手を撫でた。
「そばにいるよ。忘れられても……ゆうくんのそばに」
昔に聞いていたら、きっとおぞましい言葉のように思っていただろう。
でも今は、その言葉に安心感すら覚える。
「大好きって気持ちは……簡単には消えないよ。どんなに自分に嘘を吐いても抗えない。運命に従って忘れようとしたって苦しむのは結局自分だからねぇ」
そういう考え方ができるから、泉さんはいつだって美しくて綺麗なんだ。
Knightsの錆びない剣として闘える。
「だから、大丈夫」
泉さんが何に対して「だから」と告げたのか分からず、僕は顔を上げる。僕の顔を見ると、泉さんは満足げにを緩めた。
「あんずは……学院の運命を変えた、ゆうくんたちの女神なんでしょぉ?」
そう。あんずちゃんは僕たちの女神。
いつだってあんずちゃんが僕たちを勝利に導いてくれる。
「だからあんずは、衣更の運命だって……自分の運命だって変えて真実にたどり着く」
そうだ。
そんなあんずちゃんだから……絶対ライブを成功させてくれるって。僕はずっと信じてきたんだ。
あんずちゃんは衣更くんをこのままライブに送り出したりしない。衣更くんだって、記憶があった頃のようにできなくても……いつだって自分の出せる最高を届ける人。
「仲間の僕が……信じなきゃダメだよね」
誰よりも僕が、2人を信じなきゃいけない。
近くで見てきた、憧れの2人のことを。
「ありがとね、泉さん」
「別にぃ。その代わり、ライブでは手加減しないよぉ」
「ふふふっ、僕もだよ!」
泉さんとこんなふうに笑い合えるようになったのもあんずちゃんのおかげだもんね。
だから、あんずちゃんが……心から笑い合えるようになるって僕も信じてる。
このライブで、きっと届くって。
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