すれちがうココロ 06

※真緒視点

 泣いたあんずが走って出て行って、それをスバルと北斗が追いかけた。
 俺は、あんずに言われた言葉を思い返す。
 自分でも最低なこと言っている自覚はあった。
 でも口を開いたら全然止まらなかった。

 レッスン中も、UNDEADのメンバーと親しげに話すあんずを見てイライラして。
 もし過去の俺があんずに片思いをしていたならどんな気持ちでこれを見ていたんだろうって……そんなことを考え始めたらもうダメで。
 せっかくのレッスンが最悪だった自覚もある。
 でも今はあんずに優しい言葉をかけられたくなかった。

 差し伸べられた手に思わず手を添えてしまいそうになるから。
 俺にだけ特別に与えられるものだと勘違いしそうになるから。
 あんずは、誰にでもそうなのだと。なんなら、三毛縞先輩の彼女かもしれないのだと。
 それをちゃんと確かめられない俺は……本当に臆病で、最低だ。

「衣更くん」

 この室内に残った真が、俺に声をかける。俺がみっともない顔をあげると、真は同情するでもなく怒るでもなく、真剣な顔で俺を見つめた。

「忘れているからって、なんでも言っていいわけじゃないと思うよ」

 言いたいことはわかる。でも記憶のない俺が言葉を選ぶことなんてできない。

「あんずちゃんは……衣更くんのパフォーマンスも、何もかも……本当に全部覚えてると思うよ」
「なんで……真にそんなこと分かるんだよ」
「分かるよ」

 言い切った真は苦笑していた。

「だって、僕はあんずちゃんのことずっと見てたから。……そのあんずちゃんがずっと衣更くんのこと見てたこと、僕は知ってる」

 綺麗な緑色の瞳が俺を貫く。

「あんずちゃんはね、三毛縞先輩のこと、ずっと昔にフってるんだよ」
「え……」

 じゃあフった相手に抱きしめられたってことか? それって余計に……。

「あんずちゃんは、スキャンダルになるようなこと絶対しない。それはたぶん僕より衣更くんが一番よく知ってるんだ。本来はね」
「なんで俺が……」
「なんでだろうね」

 真はにこりと笑う。絶対に教える気はないというように。

「そんなあんずちゃんが周りに気を配れなくなるってことは……それくらいダメージを受けてるってこと。耐久度が衣更くん並みに高いあんずちゃんを、そんなにも崩せるなら……それは衣更くんしかいないんだよ」

 その理由も、分からないよね。そう言って、真は悲しそうに笑った。

「ずるいんだよ、衣更くんは。そんなにもあんずちゃんのことを独占して……それなのに勝手だよ」

 何一つ分からない。
 なのに、何も言い返せない。
 真の言葉が全部、胸に馴染んでいく。

「そんな衣更くんのことが、ずっと僕は羨ましかった」

 真は、俺に写真を差し出す。
 その写真に写るのは、学院の木陰に座る俺と、その肩で寄り添うようにして眠るあんずの姿。

「……これ」
「衣更くんが、ずっと手帳に挟んで持ってたものだよ」

 どうしてそれを、真が……。

「衣更くんがあんずちゃんのことを忘れちゃった日。あんずちゃんがね、僕に頼んだんだ」

 喉が、乾く。
 どんどん確信に近づいていくような、そんな感覚……。

「衣更くんの持ち物から、自分に関わるものを全部捨ててって」
「……なんで」

 部屋からアルバムがなくなった理由も、きっとそうなのだと分かる。凛月が手を貸して、あんずの指示でそうしたのだと。

「これ以上は、もう教えないよ」

 凛月と同じ。確信のギリギリで真は隠す。
 でもきっと、それから先は俺が自分で思い出さなきゃいけないことなんだ。

「だから思い出して。……そしたら衣更くんは、本当に誰よりも輝けちゃうんだから」

 もうすぐそこまで記憶の糸は手繰り寄せられているのに。
 あと一歩が、出てこない。



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