君が輝いた理由 03

「北斗くん! 北斗くん! とても成長しましたねぇ! かつては教えても教えても吸収してくれなかった華麗なパフォーマンスが、さっきのライブでは完璧にできていましたよ!」

 ライブを終えたTrickstarの控室で楽しそうな日々樹先輩の声が充満する。
 北斗くんはうざったそうにしているが、ちゃんと聞いているところからして日々樹先輩からの言葉がとても嬉しいのだろう。

「いいライブでしたよ。勉強になりました」
「なに言っちゃってんのさ、弓弦! あんなパフォーマンス、ボクたちだってできるんだから! あんずがプロデュースしてくれてるからって調子に乗らないでよね、Trickstar!」
「こら、坊ちゃま。みっともないですよ。それではまるで負け犬の遠吠えのようです」
「はあ!? 負けてなんかないから!」

 弓弦と桃李くんも脱線しながらではあるが、ライブのことを褒めてくれている。
 ライブ後の平和な室内。
 私が心配している人物たちはこの室内にはいないのだ。

「ねえ、衣更くんはどこ?」

 日々樹先輩との会話に一段落ついたらしい北斗くんの腕をつかんで、私は尋ねる。すると、北斗くんは少しだけ視線を下げた。

「生徒会長――いや、天祥院先輩に呼ばれてどこかへ行った」
「えぇっ、あんず、何その呼び方? サルのことそんなふうに呼んでた?」

 桃李くんが純粋な疑問を口にする。それお弓弦くんは止めようとするけど、無垢な心はさらに痛いところをつく。

「ていうか今日のサル、なんか変だったよね。パフォーマンスが宙に浮いてる感じ」

 その言葉で、みんなの顔が曇る。
 Fineの中で最年少、けれど才能は優秀とされる桃李くんの感性がそう判断した。純粋な彼の発言を勘違いなどという言葉で済ますことはできない。

 実際、その通りなのだ。
 あの事故以来、真緒くんのパフォーマンスには何かが足りない。

「……サリーは」

 そこで切り出したのは、スバルくん。
 少しだけ泣きそうな顔をしたスバルくんはやっぱり、仲間思いのキラキラ星。

「サリーは調子が悪かっただけだよ! 次は絶対いいパフォーマンスするんだから!」
「そ、そうそう! それに叩かれてこそ伸びるのが衣更くんだしね!」

 真くんもスバルくんの言葉に引き付けられるようにして、フォローする。
 それはまるで、願いのようにも思えた。

「坊ちゃま。言葉は慎むべきですよ」
「何も悪いこと言ってないけど……」

 弓弦くんは何かを察しているみたいに、優しい口調で桃李くんをあやす。
 その一方で、日々樹先輩が私と北斗くんを交互に見下ろして言った。

「相変わらず、いいユニットのようですね」

 その言葉には何の皮肉もこめられてはいない。でも……。

「だからこそ、今の『彼』の状態は芳しくないですね」

 やはり日々樹先輩も気づいている。『彼』が誰のことかなんて、聞く必要もない。

「この状況を打破するために、あんたたちを呼んだんだ」

 北斗くんはそう言った。
 やはり、そうだった。
 北斗くんがfineを呼んだ理由は……今の真緒くんを変えるため。
 天祥院先輩に連れていかれた真緒くんは、今頃現実を突きつけられている。

「……それは、ダメ」

 私の直感が言っている。
 それはだめだと。
 私はとっさに控室を出て行った。

 けれど控室を出てすぐに、追いかけてきた北斗くんに腕を掴まれて止められる。

「北斗くん……っ!」
「遊木も言っていただろう。ピンチになったときこそ、本領を発揮するのが衣更だ。今は……天祥院先輩に任せよう」

 北斗くんの言う通り。真緒くんはたしかにそういう人だ。アイドルとして歩んだ記憶をすべて持ってる真緒くんは、そう。

 そんなこと、誰に言われなくても分かってる。

 でも記憶のない真緒くんはどう? 今までのようにパフォーマンスをしたのに、意味もわからず罵られて、それを理不尽と思わずに何と思うの。

「今の真緒くんは、前の真緒くんと必ずしもすべてが同じってわけじゃないんだよ」
「じゃああんずは、このままでいいのか? 衣更が記憶をなくしたままで、本当にいいのか?」

 答えを知っていて北斗くんは問いつめる。

「いいわけ、ないでしょ」

 でも、この方法は間違っている。
 今の真緒くんに必要なことは追い詰めることなんかじゃない。必要なのは――。

「やっぱり、私が……行かなきゃ」
「あんず……っ! 今の衣更はお前の言うことを――」
「きかないかもしれないよ!」

 それも分かってる。
 だって出会って最初の頃がそうだったんだから。いつだって私たちはお互いの忠告に耳を貸さずに、その裏にある本音を読みあって。
 でもそうしていつのまにか、お互いの気持ちが分かるようになって……離れられなくなっていた。

 真緒くんの記憶がこれからも戻らないなら。
 私が真緒くんを好きでいることをやめられないなら。
 きっと、同じことを繰り返せばいいだけなの。

「ごめんね、北斗くん」

 北斗くんが私と真緒くんのために考えてくれたことは分かるの。だけど、きっと今の真緒くんは天祥院先輩の言葉に耐えられない。
 彼の心が先に壊れちゃう。それじゃ、ダメでしょ?

「私は、決めたんだよ」

 覚悟を、決めたの。
 今の真緒くんと昔の真緒くんは必ずしも同じではないけど、同じところだってあるんだよ。忘れたことと、忘れていないこと――大事なのはどちらを重要視するか。たったそれだけ。
 それを守沢先輩と深海先輩に教えてもらった。だから、決めたの。

「私は……1からでもかまわない」

 好きになることも。プロデュースすることも、全部。
 最初からやり直してみる。何度だってやり直してみせる。だって私は――。

「私は、衣更真緒くんのプロデューサーだから」

 まっすぐに北斗くんを見つめると、北斗くんはなんとも表現できないような顔をして私の手を放した。
 自由になった私は、今できる一番の笑顔を見せてから真緒くんを探しに向かった。


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