触れない理由

 奈子が泣き止むのを待って、三ツ谷は奈子を乗せてバイクを走らせてくれた。

「だいぶ遅くなったけど、一人で外出歩くなよ」

 奈子の家の前で、インパルスがエンジンを止める。
 時刻は夜の9時前。中学生がうろつくには遅い時間。今さらどこにも出かけないけれど、それが言えるのも今だからこそ。
 かつてはこの時間から、外に出るのが常だった。

「うん。お風呂に入っておとなしく寝ます」
「ん」
「三ツ谷くんが家に着く頃、電話してもいい?」
「もちろん」

 おやすみの挨拶はもうこれで十分。
 三ツ谷が家に着いたら、また電話もできる。
 まだ離れたくない、なんて我儘は胸に閉じ込めて、奈子は踵を返す。

「あ……ちょっと待った」

 けれど、そんな奈子を三ツ谷が呼び止めた。

「どうしたの?」
「本当は今日ゆっくり渡そうと思ってたんだけど」

 首を傾げる奈子に、三ツ谷はポケットから取り出した小さな紙袋を渡す。不思議に思いながら、中を見てみれば……。

「……ピアス」

 赤い花がゆらゆらと揺れる、可愛らしいピアスが奈子の手のひらに転がった。

「そろそろ開けてから1ヶ月経つだろ。作ってみたから、あげる」
「つ、作った!?」

 驚いて思わず声が大きくなる。
 目をまん丸に見開いた奈子を、三ツ谷は楽しげに見つめていた。

「オレとお揃いは奈子にはゴツいから、絶対そっちのほうがいいよ」
「……いいの? もらって」
「もらってくんねぇと困るけど?」

 三ツ谷はそう言って、奈子の手からピアスを摘み上げる。
 そうして、病室で開けてからずっと奈子の耳に刺さったままのシンプルなピアスを取り外して、代わりに可愛らしいピアスをつけてくれた。

「……うん。めちゃくちゃかわいい」

 耳元で、三ツ谷の声がする。吐息が肌に触れて反射的に身震いすれば、三ツ谷の熱い視線と交差して。

「……三ツ谷くん」

 夜の空気に溶けるように、唇を重ねていた。
 帰り際のキスが、余計に互いを離れがたくすることを分かっていながら、それでも奈子と三ツ谷は口づけを繰り返す。

「ねぇ……三ツ谷くん」

 唇を合わせたまま、奈子は三ツ谷に問いかける。

「あともう少しだけ……一緒にいてくれる?」

 帰りたくない夜が……熱い吐息が、あの夜の情景と重なっていた。



 ◇



「こんな時間にいいの?」

 奈子の部屋……薄桃色のカーペットに腰掛けながら、三ツ谷が奈子に尋ねた。
 真っ暗な家の中には、奈子と三ツ谷以外、誰もいない。

「うん。たぶんお母さん、今日は帰らないから」

 亜門との事件を境に、奈子の母親がこの家で亜門の父親と会うことはなくなった。少なからず奈子のことを気遣っての行動だったのだとは思う。けれど、2人の関係はまだ続いていて、母親が夜に家を出るようになった理由がそうなのだということも奈子は理解していた。

 この広い家の中、たった1人で夜を過ごす。けれどもその方が、奈子にとっては気楽だった。

「あ、お茶だよね。ちょっと待ってて」
「いいよ、奈子。別に喉渇いてねぇから」

 腕を掴まれて、奈子は三ツ谷の隣に座り込む。
 エアコンが効き始めた室内は、ほんの少しだけ暖かい。
 三ツ谷は物珍しそうに、奈子の部屋の中を見渡していた。

「部屋、綺麗にしてんだな」
「……というか、最近やっと自分の部屋をまともに使い始めたっていうか」

 今まではずっと、夜になるとあの廃屋にいたから。一晩中、起きてるのか寝てるのかも分からないような時間を過ごして、朝になったらお風呂に入って着替えるだけ。
 奈子が苦笑すると、三ツ谷はその意味を理解して、小さく肩をすくめた。

 そうして三ツ谷がまた奈子の部屋に視線を巡らせ、ある一点に興味を示した。

「お、これ手芸道具? ミシンもあるじゃん」

 そう口にして、三ツ谷が棚の一画に収められている手芸箱に手を伸ばす。同時に、奈子が慌てて三ツ谷の行動を止めに入った。

「だ……だめ!」
「ん? これは……」

 手芸箱の後ろに隠していた布きれを三ツ谷が拾い上げる。取り替えそうと奈子が手を伸ばしても、三ツ谷にかわされてしまった。
 三ツ谷が広げた真白な布切れには、不恰好に糸がいくつも縫い込まれている。

「ちゃんと練習してんだ?」

 嬉しそうな三ツ谷とは反対に、奈子は顔を真っ赤にしていた。
 入院中、三ツ谷にたくさん刺繍の仕方を教えてもらったのに全然うまくなる気配がないのだ。

「いいから……返して」

 奈子が手を伸ばす。けれど三ツ谷の興味はまだ止まらない。刺繍に失敗した布切れとは別の、ぐちゃぐちゃに丸められた薄紫色の大きな布切れを見て、三ツ谷は首を傾げた。

「これは?」
「…………エプロン……に、なる予定だったの」

 恥ずかしさのあまり、語尾はほとんど消えていた。
 三ツ谷にプレゼントしたくて作ろうと試みたけれど、マンツーマンで教えてもらった刺繍すらまともにできない奈子には、難易度が高かった。どこが間違ってるのかも分からず放置していたそれは、絶対に三ツ谷に見られたくなかったもの。

「はい。もう返し……」

 返して、とその言葉は音にならない。
 失敗作と共に、三ツ谷が奈子のことをギュッと抱きしめた。

「なんで……そんなかわいいの」

 艶めいた三ツ谷の声が、奈子の心を震わせる。今にも飛び出してしまいそうなくらい、心臓は早鐘を打っていた。

「……好き。……マジで好き」
「三ツ谷くん……」
「……奈子のこと好きすぎて、マジで変になりそう」

 好き、とまた一つ囁いて。
 三ツ谷は奈子にキスをする。奈子の頬に手を滑らせて、ピアスで飾り付けた耳に指を這わせれば、奈子の身体は容易く跳ねた。

「ふ……っ…ぁ……三ツ谷、くん」
「奈子……。好きだよ……奈子」

 漏れる吐息がすべて、愛の言葉で埋め尽くされて。
 抱えきれないくらいの愛情を、三ツ谷は奈子に向けてくれる。

「ずっと……奈子とこうしてたい」

 奈子も、そう。
 三ツ谷とずっとこうしていたいと、そう思う。
 一時も離れたくない、と。
 同時に、これだけじゃ足りないとも。
 唇を重ねれば、もっと三ツ谷が欲しくなる。もっと、求めたくなる。
 この先が欲しいと、奈子はそう思う。

 でも、三ツ谷は……。

「ごめん。……調子乗りすぎたな」

 離れていく唇は、これ以上を奈子に求めない。

 その瞳には、確かな熱が宿っているのに。
 奈子に熱い口づけを落としても、三ツ谷はそれ以上奈子に触れることはしない。
 あの裏切りの夜以来、三ツ谷は一度も奈子を抱こうとはしなくて。
 三ツ谷のすべてが欲しいと、奈子がそう願うように。
 三ツ谷にもそう願ってほしくて。

「ちょ……奈子っ……っ!?」

 気づけば、三ツ谷を押し倒していた。
 三ツ谷のお腹の上に馬乗りになれば、三ツ谷の我慢が奈子のお尻に触れた。

「奈子……退けって」
「こんなになってるのに……なんで抱いてくれないの」

 生理現象と言われたらそれまで。
 でもそうじゃないことは熱に濡れた三ツ谷の瞳を見ればすぐに分かる。

「なんで……三ツ谷くん」

 わざわざ尋ねなくても、自分で分かってる。
 三ツ谷が奈子を抱かない理由さえも、奈子の自業自得だってこと。

 三ツ谷以外の人にたくさん抱かれたことも、亜門に抱かれながら三ツ谷のことを傷つけたことも。

 全部望んでなかったことでも、奈子が自分でしたこと。
 忘れられない、忘れてはいけない……絶対に口にしてはいけない侮辱を、奈子は三ツ谷に向けたのだ。

 三ツ谷が奈子を抱けないのが自分のせいだと、奈子は自分で一番分かってた。

「今さら……信じてもらえないかも、しれないけど。……でも私は……三ツ谷くんとのエッチが……一番幸せだったよ」

 今までたくさん、いろんな身体に抱かれて。
 それでも迷うことなく、口にできる。

「三ツ谷くんに……抱いてほしいよ。……いっぱい触ってほしい」

 それがすべてじゃないと分かっていても。
 それでも求めずにはいられない。

「三ツ谷く……っ、ん」

 懇願するように三ツ谷の身体に手を伸ばせば、逆にその手を掴まれて奈子の身体が翻る。
 今度カーペットの上に押し倒されたのは奈子のほう。灯りを背にした三ツ谷の顔に影が差して、その陰りを帯びた表情が奈子の心を震わせた。

「…………抱きてぇよ、オレだって」

 そう告げる三ツ谷は、とっても苦しそうで。

「でも……抱けるわけ、ねぇだろ」

 そう口にしながらもその瞳には熱を灯したまま。

「……槇道のことも、他の奴のことも……奈子がオレ以外の男に抱かれてたこと考えたら、絶対優しくなんかできねぇって……分かってるから。……きっとオレは……オレが奈子のこと傷つけるから」

 三ツ谷の声が掠れて、漏れた吐息が奈子の前髪を揺らした。

「……奈子を気持ちよくさせる自信なんか全然ねぇし……理不尽に奈子のこと責めて苦しめることしか、きっとできねぇから」

 全部、奈子のため。
 苦しいくらいに、三ツ谷の我慢は奈子を守るためで。

「他の奴らと同じように奈子のこと傷つけんのは……絶対嫌だから。だから……っ」

 だからこそ……続きの言葉を、奈子が呑み込んだ。
 三ツ谷の唇を塞いで、悲しい言葉を全部奈子の心にしまった。
 触れた唇はやっぱり想いを一つも伝えてはくれない。
 だから、拙くても……言葉にするしかなくて。

「いいよ」

 答えはたった一つ、これだけは絶対に変わらない。

「それで、いいよ。……傷つけていいよ。私の方が、たくさん三ツ谷くんを傷つけたんだから」
「いいわけ、ないだろ……」
「いいんだよ。……ねぇ、三ツ谷くん」

 その首に腕を回す。絶対に離れないように、三ツ谷のことを抱きしめて、奈子はその耳元で囁いた。

「好きだよ。世界で一番、君のことが大好きだよ」

 抱かれたい理由は、たったそれだけ。
 これ以外に、必要ないから。
 三ツ谷が奈子を抱く理由も、それだけあれば充分なのだと。

「全部、受け入れるから。……三ツ谷くんの文句も、我慢も……全部。だから、たまには聞かせてよ」

 奈子が仕掛けたキスを、三ツ谷は拒まない。
 強がっても、奈子のことを拒絶しきれない……それが三ツ谷の本当。

 離れかけた唇がもう一度重なる。
 重ねたのはどちらでもなくて。
 自然と引き寄せられたキスは、この先を求めている証だった。

「……私をちゃんと……捕まえててよ」

 今さらどこにも行きはしないけど。
 三ツ谷のそばから離れることなんて、できるわけがない。

 それでも。

「私を……三ツ谷くんのものにして」

 嘘でも仮初でもなく、本当の意味で。

 強請るように口にすれば、三ツ谷はやっぱり困り顔。
 でもその顔に、さっきまでの悲痛の色は混ざっていなくて。

「……絶対、……優しくはしねぇからな」

 苦しげに吐かれた恨み言すら愛おしい。
 抱き起こされた身体は、もうこの疼きを止める方法を忘れていた。



 ◇



「……っ……ぅ…ん」

 互いの唾液が混ざり合う音が静かに木霊する。
 明かりの消えた室内は、小さな水音もベッドが微かに軋む音も、すべてを妖艶に響かせた。

「み、つ……やくん……」

 唾液で濡れた唇が奈子の首筋に下りて、遠慮がちに細い筋を舌先でなぞる。掠めるような触れ合いは、余計に身体を敏感にさせた。
 首元に意識を集中させているあいだに、セーラー服の胸元が解放されて、熟れた果実を隠した下着が三ツ谷の眼前に晒されていた。
 下着の上から、優しく胸を揉まれれば、それだけで甘い声が奈子の口から零れ落ちる。

「……ぁ…ん、…ふぅ、ぁ」
「下着の上から触ってるだけで……そんなに感じる?」

 少し不安そうに尋ねてくる三ツ谷に、奈子はコクコクと首を縦に振って答える。声を出そうとすれば、簡単に下品な喘ぎ声を溢してしまいそうだった。

「他の奴に触られてるときも……こんなふうに感じてた?」

 それを否定することはできない。相手を悦ばせるように出来上がった身体は、奈子の感情を無視して快楽を呑み込んだから。
 わずかな躊躇いの後、奈子は首を横に振る。その一瞬の間が、三ツ谷の心を煽った。

「あ……んんっ、ゃ…あ」

 優しく触れていた手が、奈子の胸を捏ねるように、激しく動いて。
 胸の頂が下着と擦れる度に、奈子の身体はビクビクと小刻みに揺れた。その反応がまた、三ツ谷の心を煽るとも知らずに。

「奈子……っ……オレのこと、ちゃんと見て」

 快楽から逃れるようにキツく目を閉じた奈子に、三ツ谷がそう命じる。言われるがままに薄く目を開ければ、三ツ谷の唇が噛み付くように奈子の唇を咥えた。
 
「ん、くぅ……っ、ん。ふ…ぁ」
「奈子……、ぁ……オレだけを、見て」

 強請るような声を出しながら、三ツ谷の手は奈子の身体を彷徨って。
 下着に隠れた真白な肌を暴くように、奈子の下着を少し乱雑にたくし上げた。
 桃色の蕾は三ツ谷に与えられた熱で充血して、赤く熟れている。
 それはまるで三ツ谷に食べられることを望むかのように、その存在を主張して。

「……マジで……嫉妬で死にそう」
「や……っあ…だ、め……っ、ぁ……そんな、…舐め、な……ぁっ」

 三ツ谷の唇が胸元へと滑って、奈子の乳首を意地悪に掠める。漏れる吐息が空気を揺らして、たったそれだけの刺激が奈子の身体をもどかしく濡らす。
 そうしてやっと触れた舌先はその輪郭を確かめるように、胸の頂を丁寧に舐め上げて。
 奈子の反応を楽しむかのように、噛んで……吸って、その形を変えてしまいそうなくらいに三ツ谷の唇が胸の蕾を弄ぶ。

「う……ぁ……や、っ」
「すっげぇ……かわいい。……顔、もっとちゃんと、見せて」

 隠そうとした手は三ツ谷に縫い付けられる。そうすれば自ずと、奈子の胸に唇を這わせる三ツ谷の姿が視界に映り込んだ。
 恥ずかしいのに、その姿から目を逸らせなくて。
 その妖艶な姿を見つめれば、身体の奥底が沸くように熱くなる。その熱に踊らされるように膝を擦り寄せれば、三ツ谷の手が奈子の内股へと伸びた。

「……っ」

 胸からお腹へと唇を滑らせて、黒い花の刺青に三ツ谷の唇が触れる。内股を優しくなでる手つきに奈子が意識を傾ければ、その快楽から引き戻すように腹部にチリッと滲むような痛みが走った。

「…ん、……っ」

 甘噛みされた刺青がジンジンと熱い。痛みとは別の、快楽とも言えぬ違和感が奈子の思考を揺らす。
 亜臥猛臥に囚われた印を、噛み砕かれたような……そんな感覚が、奈子の心を震わせた。

 けれど三ツ谷の唇はそこで止まることはなく、撫でていた内股へと辿り着いた。膝裏を抱えるようにして、奈子の右足を三ツ谷の肩口まで持ち上げて。

「奈子の脚ってさ……すげぇ白くて、綺麗だよな」
「そん、な……こと…っ、んぁ」

 呟くように言って、三ツ谷の唇がその白肌に吸い付いた。
 その唇から垣間見える唾液に濡れた舌が、真白な肌に赤色のコントラストをなして、キスの後に咲く華すらも色濃く奈子の肌を飾った。

 一つ、また一つと華を咲かせて。
 三ツ谷の顔がどんどんと隠された秘部へと下りて、唇から漏れる吐息が、下着越しにも奈子の深部を煽った。

「下着……脱がしていい?」
「……ぅ、ん」

 消え入りそうな声で頷けば、三ツ谷がゆっくりと奈子の下着を脱がしてくれる。細い内股をくぐらせれば、秘部から滴る愛液がシーツを濡らした。
 お尻をつたう冷たい感覚が、奈子にその事実を伝えて。
 思わず脚を閉じようとすれば、三ツ谷が無理矢理にこじ開けて、奈子の秘部に顔を埋めた。

「……あぁ…っ、ん……ぁっ」
「……ちゃんと、オレで……感じて」

 蜜壺に舌を這わせて、泉のように湧き出す愛液を三ツ谷が丁寧に舐め上げる。じゅるり、と舌を舐める音が溢れた蜜の量を如実に表して。
 耳から与えられる刺激だけでも、狂いそうな羞恥を与えられる。

「……んぅ……や、……ぁ!」

 蜜壺を優しく撫でるような舌の動きが、ふと止んで。
 続いて遅い来る快楽の渦が、奈子の背中を跳ねさせた。
 抜かれた舌を求めるようにヒクついた蜜口に、三ツ谷の指があてがわれて。その入り口をこじ開けるように、ぐるりぐるりと、蠢いた。
 骨張った、指の硬い感触が新たな快楽を奈子の身体に植え付ける。

「み、つや……くん、や…ぁん、っ、変……へん、に……なっちゃ…っ」

 蜜口を離れた舌は、そのまま直上の蕾を愛でる。弧を描くように、その蕾を舐めれば、奈子の身体がカタカタと小刻みに震えた。

「イッてる……? 奈子、気持ちいい?」

 コクリコクリと何度も頷けば、三ツ谷が唾を飲み込む音がやけに鮮明に響き渡った。
 身体の痙攣は止まることなく、弛緩することすら許されないまま、繰り返される刺激が奈子の思考を真っ白にした。

「あぁ…ぅ…っ、あ、はぁ……はぁ」

 奈子の身体が一際大きく二度跳ねて、クタリと力を無くす。
 肩で呼吸する奈子に覆いかぶさって、三ツ谷は乱れた奈子の前髪を綺麗に整えてくれた。

「……奈子」

 触れるだけのキスを交わして、三ツ谷は再び奈子の身体に指を這わせる。奈子への愛撫を、まだ続けようとする三ツ谷を、奈子は静かに止めた。

「三ツ谷くん……もう、いいから」
「だめ。……まだ全然」
「私は、もう……いいの…っ。だから……」

 三ツ谷の手を離して、そのまま奈子は自らに覆いかぶさる三ツ谷の下腹部へと手を伸ばした。

「……っ、奈子」
「私ばっかりじゃ……やだよ。三ツ谷くんも……気持ち良くなってくれなきゃ、やだ」

 衣服の中に収まりきっていることが不思議なくらいに腫脹したソレを、指先でなぞれば、三ツ谷の身体がびくりと震えた。

「オレのは……シなくて、いい…から……っ」

 熱い吐息が、この刺激を求めているのだと伝えていた。
 反り勃っている先端を、優しく掴むように撫でれば、三ツ谷の口から艶のある声がこぼれ落ちる。
 力の抜けた三ツ谷を押し返すのは容易く、奈子は快楽に身を任せた三ツ谷をベッドに座らせて、その目の前に四つん這いになった。

「奈、子……」

 特攻服のベルトを外して、ファスナーを緩めてあげる。
 晒された下着は、三ツ谷の我慢の痕で濡れていた。窮屈そうな下着をわずかに下ろしてあげれば、待ち望んでいたかのように腫れた雄がぶるんと奈子の眼前で震えた。

「……う…っ」

 浮き出た血管をツツ、と指先で優しくなぞる。
 たったそれだけの刺激も、三ツ谷が身震いするほどの興奮に変換された。

「三ツ谷くん……」
「……っ、く…ぁ……っ」

 優しく包み込むように硬い肉棒に触れて、その先端に口づけた。漏れ出る透明な液体と自らの唾液を絡ませて、開いた口の中に質量のある塊を飲み込めば、三ツ谷の口から苦しげな声が漏れた。

「奈、子……それ……っ……う」

 先端を何度も何度も口で扱いて、その反動で奥深くまでゆっくりと咥え込めば、三ツ谷の熱はまた硬度を増した。
 口で咥え込むことのできない、根元を指で優しく擦ってあげれば、堪えきれない淫らな声が部屋の中に木霊する。

「みつ、やく…ん……きも、ち…い?」

 三ツ谷のことを愛でながら、確認するように問いかければ、恨めしそうに三ツ谷が奈子のことを見下ろして。

「……よすぎ、だから……っ…こんなの……他の、ヤツにも……してたとか……マジで……嫌だ…、っあ」

 感じた声を出しながらも、三ツ谷の口から漏れるのは渦巻いてやまない嫉妬の言葉で。
 どうすることもできない感情が募って、三ツ谷の熱を膨らませた。
 暗闇でも分かるほどに紅潮した三ツ谷の頬が、もうこれ以上待てないことを示していた。

「……っ、奈子……っ、もう……無理……っ」

 無理矢理に引き剥がされた唇は、三ツ谷の熱い塊との間に銀色の糸を伸ばす。淫らに揺れた糸がトロリと垂れて、再びシーツを濡らした。
 まだ放ちきれていない熱が三ツ谷の頭を浮かせて、そんな三ツ谷の下腹部に奈子が跨った。

「……っ、バカ……まだゴムつけて……っ」
「つけなくていい」
「……いいわけ、ねぇだろ」

 苦しそうに三ツ谷が奈子を叱咤する。熱に浮かされても、三ツ谷はやっぱり適当なことを許してくれなくて。それが奈子の身体のためだと分かるから、奈子はもどかしい気持ちを押さえて、ベッド下の引き出しに手を伸ばした。

 引き出しの中、小さな小箱を取り出す。その中には『護身用』の避妊具が入っていた。
 奈子がそれを手にしたのを見て、三ツ谷は少し乱暴に奈子の後頭部を押さえて引き寄せた。

「ん…っ、んんっ!?」
「…………次から、絶対オレが準備するから。……もう持ち歩くなよ、そんなの」

 三ツ谷の低い声が鳴って、同時に奈子の内股に擦れる熱が脈打つように揺れた。

「うん。……約束」

 三ツ谷の機嫌を取るように、奈子は三ツ谷にキスを返す。
 キスをしながら、奈子は避妊具の袋を開けて、中からゴムの輪っかを取り出した。

「……貸して」

 言われるがままに手渡せば、三ツ谷が器用にゴムを自らの熱い塊に装着して。そのまま奈子の腰に自分の手を添えた。
 ほんの少し腰を下ろせば、濡れた蜜口に三ツ谷の熱が触れる。

「……ん、っう」

 そのままゆっくりと腰を落として。
 すべて受け入れたら、どちらともなく深いため息が溢れた。
'
「……っ…大丈夫、か?」

 三ツ谷の肩にかけた手がぷるぷると震えてしまう。
 ナカを押し広げられて、三ツ谷の熱が奈子の身体を支配する。
 あんなにも嫌いだった……快楽に沈む感覚が、今はただ愛おしくて。
 もっとその熱を呑み込みたいと、奈子は自ら身体を揺らしていた。

「奈子……っ、まだ……動くな」
「無理、だよ……っ、こんなの待てるわけ……ないよ…っ」

 三ツ谷が奈子の腰を抑えて、その動きを止めようとする。求めた快楽の波が鎮まりかけることがもどかしくて、奈子は強請るように三ツ谷の首に腕を回した。

「三ツ谷くんも……私を、もっと欲しがってよ……」

 耳を掠めるように囁いて、三ツ谷の我慢を解き放つようにその首筋に唇を押し当てる。
 赤い唇の隙間から小さく魅せた舌が、骨ばった首筋を妖艶に舐めて、新たな熱を生むように吸啜音を鳴らした。

「……っ、バカ……そんなこと……っ、したら……っ」

 奈子のナカに埋まる熱が、脈を速めてさらに深く奈子の奥を押し広げる。
 もうこの快楽を止める術など残っていないから、三ツ谷は奈子の肩を押して、再び奈子の体をベッドに縫い付けた。

「ん……んんっ」

 声を紡ぐことも、息を継ぐこともできないほどの、激しいキスが奈子の唇を塞ぐ。
 零れ落ちる唾液が首筋を濡らしても、拭うことすら敵わない。
 三ツ谷以外何も考えられずに、奈子は三ツ谷の律動に合わせて腰を揺らした。

「みつ、やくん……っ、すき……だよ」
「……っ」

 溢れる気持ちを何度でも言葉にする。
 もう二度と、三ツ谷以外を感じられないように、この感覚も、この香りも全部、み込んで。

「奈子……もう……っ、オレ……っ」
「ん……っ、いい、よ……きもち、くなって……三ツ谷くんの…全部、私に……」

 ちょうだい、と囁いて。
 三ツ谷の瞳が目の前で大きく揺れる。泣きそうな顔はひたすら奈子への愛情に濡れていて。

「やるよ……オレの、全部……奈子に、やるから……っ」

 打ち付けられる身体が苦しいのに、不思議と痛みは感じない。

「オレの……オレだけの、奈子になって」

 願いとともに放たれた欲が、奈子の心を捕らえた。
 弛緩する身体が酸素を求めて、互いに数回呼吸を繰り返す。
 けれどすぐに、消えかけた熱が2人のあいだで愛を焦がして。

「まだ……奈子のこと、感じさせて」

 互いが互いに手を伸ばす。

「愛してる」

 その言葉を口にしたのが、どちらだったのかも……もう思い出せなかった。

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