Game Over@
靴音がビルの狭間で木霊する。
乱れた足音は、その焦りを映したみたいに不揃いな音を奏でていた。
「はぁ……っ、は……ぁ、っ」
この道を抜ければ、暗がりの路地に入る。
人目を避けるように、その闇へと駆けて――。
「行き止まりだよ、莉亜」
路地に入ってすぐ、喉仏のタトゥーが莉亜の視界に飛び込んだ。
翠色のスーツは一度見れば、二度と忘れない。
10年前より長くなった髪が、その顔を重たく覆っても……絶対に見紛うことはなかった。
「……っ」
「ゲームオーバー……残念でしたー」
来た道を振り返るように踵を返せば、同じ喉仏のタトゥーが視界を塞ぐ。
その姿は10年前とは大違い。藍色のスーツに似合う、綺麗に整えられた短い髪はまるであの頃とは別人の様。
でも……その感情を宿さない瞳は、どんなに姿が変わろうとも忘れようがない。
「い、た……っ」
掴まれた腕に力を込めて、莉亜が抵抗するような素振りを見せた瞬間、背後の男――灰谷竜胆が莉亜の身体をきつく抱きしめた。
彼の左腕が莉亜のお腹に回って、その右腕が息の根を止めるかのように莉亜の首に巻きついた。
「兄ちゃんとオレに挨拶が先だろ。久しぶりに会ったんだから」
肩口に触れる吐息が、過去の記憶を呼び起こす。
顔を逸らそうとすれば、目の前の男――灰谷蘭が、それを許すまいと腕を掴んでない方の手で、莉亜の顎を掴んだ。
「ほんと久しぶりだなぁ、莉亜。ちゃんと生きてたんだ?」
親しげに言って、にっこりと絵に描いたような笑顔を向けてくる。
その言葉のどこにも、莉亜への心配や、再会の喜びなんて感情は存在しない。
「……すげぇ探した。10年ずっと」
対する背後の声は、莉亜の心を押し潰すくらいに重たく響く。
巻きついた腕に微かに力がこもって、莉亜は思わず息を止める。
ゴクリと、唾を飲み込んで。
莉亜の喉が動くのを見て、蘭は楽しげな笑い声を漏らした。
「そーんな怯えんなよ。オレたちから逃げて、楽しかったんだろ?」
尚もその笑顔は崩さずに、蘭は莉亜の顎から手を離す。離れる瞬間まで、その指先で莉亜の肌を掠めて。
「オマエが楽しかったなら、オレも嬉しぃーわ。……でも、なぁ?」
勢いよく、莉亜の前髪を掴んでその顔面を引き寄せた。
「玩具が1人でほっつき歩いたらダメだろ?」
優しい声音とは裏腹に、その瞳に宿る感情はもはや一切の淀みすら映さないほどに真っ黒に染まっている。
「逃げたらどうなるか……分かってただろ。兄ちゃんとオレが……あんなに教え込んだんだから」
――分かっていた。
分かっていたから……今までずっと、逃げていたのだ。
次に捕まったら『こうなる』と、全部分かっていたから。
「言うこときかねぇ玩具はぶっ壊すしかねぇって……前にも言ったよなぁ?」
莉亜の腕を離して、蘭が警棒を手にする。
その意味を、莉亜の身体は……よく知っていた。
「ジッとしてて、莉亜」
「安心しろって。またちゃーんと直してやっから。……だから」
張り付いたように携えられていた笑顔が、ふと消えて。
警棒が、振り下ろされる。
「もう一回、ぶっ壊れろよ」
――その光景で、莉亜の記憶が途切れた。
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