いつか、絶対 輝くステージで、真緒くんはとびっきりの笑顔を見せていた。 「いままでで一番いい笑顔だ」 凛月くんはそう言って嬉しそうに笑っていた。 そんな凛月くんも、真緒くんと負けず劣らずのとてもいい笑顔。 「……うん。本当に」 自分でもびっくりするくらい、声は掠れていた。 彼らが優勝して、私の大好きな曲を歌ってる。 みんなに聴かせるために、もう限界の体を、まるでまだまだ踊って歌えるのだと、伝えるみたいに。 涙が流れるのは、きっとそんなみんなの姿がまぶしいから。 胸を刺す痛みを無視して、私は真緒くんの笑顔を見つめる。 みんなに向けて、本当に心からの笑顔を真緒くんは見せている。飾らない、無邪気な笑顔。 届きそうなほどに近く、寄り添うような真緒くんのパフォーマンスにみんな魅せられている。 でも、伸ばした手は届きそうで届かない。 (……真緒くんの、嘘つき) ◇◇◇ SSが開催される少し前。 私は真緒くんと帰り道を一緒に歩いていた。 「うはあっ! なんかいい感じの疲れだなぁ。忙殺されないくらいの忙しさと疲れで、むしろ心地いい」 真緒くんは伸びをしながら、そんなことを言って笑ってる。私もなかなかの仕事バカと自覚しているけど、真緒くんには及ばない。 「無理して倒れたりしないでね。もうすぐSS本番なんだから」 「あはは、あんずが言うと説得力あるな」 先日、私は自己管理不足で倒れてしまった。 暗にそのことを指しているのだろう。強気な真緒くんを、私はジト目で睨んだ。 「あんずさん、目が怖いですよ」 「白々しい敬語を使わないの。えいっ!」 私は真緒くんにグーパンを食らわせようとする。もちろん、真緒くんが防げるようにちゃんと考慮して。 だから真緒くんは、私の左手を右手で受け止めた。 パシン、ときれいな音が響いて、真緒くんの手の中に消える。 「……真緒くん?」 でも真緒くんは、私の拳をなかなか放してはくれなかった。それを不思議に思って、気がついた。 少しだけ、真緒くんの手が震えていることに。 「……手」 「ははっ、かっこ悪いな。俺……。あんずの手を握ったら、少し安心するかと思ったんだけど」 真緒くんの表情が強張る。 何と言われなくても、真緒くんが震えている理由は分かった。 「俺のこと、応援してくれたあんずには……むしろ無様な姿は見せられないって、緊張する」 真緒くんは目を伏せて、そんな弱音を私に吐いた。 それはきっと、Trickstarのみんなが少なからず抱えている不安。 でも真緒くんは……人一倍その不安を抱えているのだと察した。 「怖い? ……SS」 「そりゃあ……アイドルとしては一番大事なステージだしな」 夜の静かな空気に、真緒くんの声が溶ける。 「俺の代わりを誰でもできるって言うなら……今すぐ代わってほしいって思うくらい……怖い」 震える手が、言葉以上にその恐怖を伝えてくる。 どうにもならない不安と分かっていながら、真緒くんは私の手を握ったまま。 そんな真緒くんを放っておけるわけなくて。 真緒くんが少しでも、私に安寧を求めているなら、それに応えてあげたくて。 「少なくとも……私は真緒くんの代わりを見つけられないよ」 顔を上げた真緒くんに、私はいつものように笑いかける。 「懐中電灯は、ありふれていて誰にでも手に入る。……それってアイドルとしてはすごいことじゃない?」 「……え?」 真緒くんは意味が分からないというような顔で私のことを見つめていた。 正直、私も自分の言っていることが矛盾だらけで伝わる自信もないのだけど。 でも、その矛盾は……。 いつだって、私が真緒くんに抱いている気持ちと同じだから。 「アイドルって、舞台に立ってるから誰も触れられないでしょ?」 「……それは、そうだな」 「でも真緒くんの笑顔はね、観ている私たちに寄り添ってくれるの。真緒くんは誰かのためじゃなくて……みんなのために。でもそれを、みんなと括らないで……みんなを、それぞれ一人としてちゃんと見て笑ってくれるから」 自分の言葉で、自分の心が傷ついていくのに、真緒くんの不安を解きたいからこの口は止まらない。 「みんな、真緒くんの笑顔を手に入れられるんだよ」 真緒くんの輝きが懐中電灯だと言うなら、それはみんなが手に入れられる輝きだからだと思う。 決してありふれた代替のきくものでないのだと。 「だから大丈夫。自信持って」 だって、真緒くんの代替がきくなら……。 私の想いだって、代わりの誰かに向けられるはずでしょ? 「あんず……」 心を隠して笑ったら、真緒くんの震えは収まった。 だって言葉は本音だから。 嘘は何一つ、吐いていないから。 「やっぱり、お前は天才だな」 真緒くんの手が放れていく。 それを寂しいと思うけれど、私は縋ることなどできない。 「へへんっ、プロデューサーだからね!」 そんな言葉で強気に振る舞うことでしか、私でいられない。 予防線を張り巡らせないと、すぐに心が真緒くんに囚われるから。 「……絶対、優勝できるよ」 そうしたら、真緒くんは正真正銘『みんなのアイドル』になる。 私の、自慢のアイドルに。 「あんず……」 「真緒くん? どうしたの?」 真緒くんがぎこちない顔をするから、私は首をかしげる。また何か不安になったのかと尋ねようとしたら……真緒くんが私の頬に触れた。 「……お前、泣いてる」 真緒くんの指に、私の涙の雫が絡めとられる。 まったく、気づかなかった。 どうして……なんて、思わないけど。 涙が出る理由なんて、ありすぎてむしろ分からないから。 「えっ、あちゃあ……感極まって泣いちゃったよ! ごめんごめん!」 「あんず……」 「ほら、帰ろう! 遅くなるよ!」 「あんず!」 ああ、ダメだ。 最悪だ。 なんで、こんな大事な時に……。 「あんず……なんで泣いてんの?」 真緒くんが私の肩を掴んで離さない。 知られたくない。知られてはいけない。 「こらっ、真緒くん、近い近い! ……もしスキャンダルとかになったらどうするのー? SS前なんだから……」 「話そらすな」 そらさせてよ。 本当のことを口にして、幸せになる人なんてどこにもいないのに。 「あんず」 真緒くんの瞳は、私をダメにするんだ。 「あぁ……もう。……最悪だぁ」 どうして、君だったんだろう。 「SSの前だから……まだ、許されるかな」 みんなのアイドルになる前の。 まだ小さな星の、真緒くんなら。 ううん、すでに許されないよね。 だって真緒くんはもうアイドルなんだから。 それでも私は、たった一度でも、真緒くんを……私だけのものにしたかったんだ。 「ごめんね、真緒くん。……やっぱり、言えないや」 私はプロデューサーだから。 私を信じて一緒に戦ってきてくれたみんなを、私は裏切りたくない。 それくらいの気持ちなんだよ。 私の真緒くんへの気持ちなんて。 到底ファンの子に顔向けできないような、そんな程度の想いなんだよ。 だから……この想いは……。 「俺は……あんずが好きだよ」 真緒くんの唇が優しく私の頬に触れた。 一瞬、何が起きたのか分からなかった。 でも続けて紡がれた真緒くんの言葉で、私は現実に引き戻される。 「『みんなのアイドル』になる前に、言っておくよ……俺の本音」 そんなの、ずるいでしょ。 だって、それって……SSに優勝したら、もう言えないってことだもん。 分かってるよ。分かってるから、私は言わなかったんだよ。 なのに。 そんなことも全部分かってて、真緒くんは『本音』を口にするんだね。 「ひどいよ。……応援、できなくなるじゃん」 「あんずはするだろ。だから、俺が本音を伝えても……自分の気持ちは口にしない」 全部、バレてる。 見透かされてる。 そうだよね。私たちは似てるから。 好きだよ。真緒くんのこと。 だけど……。 「……SS優勝してね」 ◇◇◇ みんなの手に入る笑顔を、真緒くんはステージで振りまいている。 でも、私にはその笑顔が手に入らない。だって真緒くんは私のことを見ようとしないから。 真緒くんの嘘つき。 私には、手に入らないよ……君の輝きが。 「あんず」 凛月くんが優しく私の肩を叩いた。 「笑ってあげなよ。……まーくんは、あんずの笑顔が『好き』なんだからさ」 真緒くんと同じように、凛月くんの赤い瞳が私の心を見透かす。 大好きな幼なじみのことだもんね。 凛月くんには、全部お見通しだよね。 「いつか……まーくんが天頂の星になれたら、あんずのことを照らしてくれるよ。今はまだ照らせなくても」 本当に凛月くんは物の例えが上手だね。 その言葉はあくまで真緒くんの幼なじみとして告げる優しさだけのものかもしれない。 でも私はその言葉を信じるよ。 だって信じることしかできないから。 だから、息を吸い込んで……笑顔を作る。 「スバルくん! 北斗くん、真くん!」 名前を呼んだら、彼らは……声援の渦にいるのに、私の声に気づいてくれる。 歌いながら笑顔をくれる。 だから、きっと大丈夫。 「……真緒くん!」 私は彼の名を呼ぶ。 そうしたら、真緒くんは反射的に私のことを見た。 本当に意図してなかったのだと思う。 その顔から一瞬だけ笑顔が消えたから。 「おめでとう!」 今だけは、とびっきりの笑顔を。 彼らが頂点に立てたことが嬉しいことに変わりはないから。 「……まーくんは、まだまだだねー」 凛月くんは肩を竦めて笑っていた。 それもそうだと思う。 だって真緒くんが、その時だけはアイドルらしくない笑顔を見せてしまったから。 私によく見せる……困って眉を下げた、労ってほしい時の笑顔。 (……大好きだよ) 心の中でなら、伝えてもいいよね。 いつか、君が本当に天頂の星になったら……。 私の気持ちごと全部、照らしてくれると、信じてるから。 clap Exit コメント ×
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