京都姉妹校交流会―団体戦―0 01
19 京都姉妹校交流会―団体戦―0
まったくウケなかった猫耳と尻尾は、『可愛すぎて反省してるように見えないからムカつく』という言葉とともに野薔薇ちゃんが剥ぎ取ってくれて。
やっと羞恥プレイから解放されたところで、夜蛾学長が大きな咳払いを挟んだ。
「よし、じゃあみんな揃ったようだから説明を始めるぞ。……京都姉妹校交流会一日目 団体戦――」
その概要を、夜蛾学長が語り始めた。
その左脇で五条先生を絞めあげながら丁寧に、団体戦の仕組み、ルールを教えてくれる。
傍らで巫女装束のような格好をした女の人が、終始五条先生の無様な姿を見てクスクス笑っていた。
「相手を殺したり、再起不能の怪我を負わせることのないように。以上、開始時刻の正午まで解散」
その合図を機に、各校ミーティングに入る――はずだったのだが。
「ちょっとよろしいですか、夜蛾学長」
私たちの行動を遮るように、静かな声が流れた。
声のほうに視線を向けると、これまた平安時代の公家の物語に出てきそうな男子が右手を挙げていた。
「そちらは人数が増えて7人……まさか全員参加させるつもりですか?」
京都校は6人。対する東京校は私と虎杖君が増えて現在7人。
団体戦をするなら人数は合わせるべきだ。
元々の規定人数が6人で、人数が足りずに5人ならまだしも、増えてオーバーするのは論外。
(たしかに……。ここは戦力的に私が見学、だよね?)
そう思って、五条先生の方を向いたら。
夜蛾学長に絞めあげられたまま、待ってましたと言わんばかりに口角を釣り上げていた。
(……嫌な予感)
反射的に身構えるのと同時、五条先生がヘラヘラ笑いながら声を上げた。
「そだよー。ウチは7人参加する」
「……肯定、ですか」
五条先生がシレッと告げた言葉に、質問した男子が言葉を詰まらせる。
その背後で、ショートカットの美人が「何ですって?」と眉を顰めた。
(……あの人、なんとなく真希先輩と似てるような……?)
ショート美人のことを見つめながら、そんなことを思っていると、また五条先生がふざけた態度のまま付け加えた。
「大丈夫大丈夫。ソコのかわいいかわいい皆実ちゃんは戦力にならないから実質6人だよ。当初の参加予定の5人プラス悠仁の6人」
右手をパーにして、左手の人差し指のみを立てて、五条先生は京都校に向けて説明する。
「綾瀬皆実が戦えないのだとしても、参加させれば何らかの障害になる可能性はあるでしょう」
(……私の名前、知ってるんだ)
驚いている私に、公家男子の顔が向く。
目を閉じているのか、それとも薄目に見ているのかは分からないが、そのおかげで彼と視線は絡まない。
「うーん、そうだねぇー」
白々しさしか感じない五条先生の相槌に、真っ先に痺れを切らしたのは巫女装束の女の人だった。
「五条、アンタいい加減にしなさいよ。戦力にならないって言うならなんで参加させるのよ。そもそも人数オーバーなんて……」
「ハイハイ、歌姫は黙っててー」
「人の話を聞け!!」
歌姫、と呼ばれたその人の言葉を遮ると、五条先生は肢体を柔らかく捻って、夜蛾学長のホールドからもすり抜けた。
「だから人数オーバーのハンデとして……皆実は棘と一緒に行動させるよ」
「え?」
想定外の案に、私は間抜けな声を出してしまう。
咄嗟に狗巻先輩のほうを見たら、「しゃけしゃけ」なんて言ってのんきに胸元でバンザイをしてくれた。
「……それがどうハンデになんのよ」
「あっはは! さっすがだねぇ、歌姫! 歌姫は聞いてくれると思ったよ! 意味わかんないだろうから!」
「……殴っていい?」
「当たんなくてもよければどうぞ。でもまあ、歌姫の生徒たちはこの意味がちゃーんと分かってるみたいだよ?」
五条先生はまたしても楽しそうに口角を上げる。
その言葉を疑うつもりはなかったけれど、京都校の人たちに視線を向けたら、みんな難しい顔をしていた。
「棘の呪言対策……京都校としては嬉しい話でしょ? これだけの呪力を纏った子がそばにいる。それだけで棘の居場所を把握する手段となりえる」
普段私たちの前で呪言を使わないから全然イメージがわかないけれど。
確かに、狗巻先輩はその呪言で京都校の人みんなを意のままに操ることも可能なのだ。
そしてそれは京都校側からすれば、かなりの脅威。狗巻先輩が近くにいるのか遠くにいるのか、それが分かるだけでも違いは大きい。
でも……。
「……私の呪力って……そんなに、濃い?」
初対面の時の伏黒くんにも、たしか『えげつない呪力量』と言われた。
呪霊の如く漏出しているのだろうかと心配になっていると、私の呟きを耳にしたパンダ先輩がうんうんと頷いた。
「量で言えば、憂太と並ぶな。憂太の場合は自家発電っていうのがヤバいんだけど皆実は皆実で周りからの吸収量次第で憂太を超えかねないからヤバい」
「……憂太って」
「乙骨先輩。綾瀬がまだ会ったことない二年の先輩だ」
私の疑問を察して、目の前の伏黒くんが答えてくれる。
乙骨憂太……たしか、海外に行ってるとかで一度も会ったことのない先輩だ。
「京都は去年憂太にボコボコにされてるらしいからな。アイツと同じような空気纏ってるヤツ現れたら『戦力にならない』なんて言葉も信用できないし、参加を警戒するのも仕方ないよなぁ?」
真希先輩は愉快そうに言って、公家男子のことを見やる。
その視線に、公家男子が少しだけその表情を歪めた。
「でも……そしたら、私が狗巻先輩の足引っ張ることになりませんか?」
「まあ普通に考えればそうだな」
「そうだなって……」
淡々と答える真希先輩に私は困ってしまうのだけど。
そんな私の耳元にパンダ先輩が口を寄せた。
「『普通に考えれば』だぞ、皆実」
私にしか聞こえないような小さな声で、そんなことを呟いた。
私が首を傾げても、パンダ先輩はその発言の解説はしてくれなくて。
(『普通』じゃない考え方をすれば、足を引っ張らずに済む?)
言葉の通りに考えてみたけれど、私にはやっぱり普通の考え方しかできないのか、二人の言葉の真意は分からなかった。
そして分からないままの私を放って、五条先生が提案を重ねる。
「もちろん皆実には呪霊を祓うことも禁止させる。もし皆実が呪霊を祓っちゃったら、その時は無条件で京都校の勝利でかまわない。どう?」
「どうって……そこまでしてその子を参加させる意味があるの?」
歌姫さんが困り顔で尋ねるけれど、五条先生は「あるよ」とそっけなく返すのみ。
これ以上話が発展しないと分かった瞬間、ずっと黙っていたパイナップル頭の京都男子が大きなため息を吐いた。
「6人だろうと7人だろうと関係ない。好きにしろ」
興味なさげに呟いて、パイナップル頭の男子は踵を返す。
「待て、東堂。安易に決めるのは良くない。もし彼女を参加させて我々が負けたら……」
「何人増えようと関係ないと言っている。……まして身長も尻もたいして大きくない女が増えたところで何も問題ない」
恐らく、その『身長も尻もたいして大きくない女』は私のことだ。
男の人に真っ向から否定されるのが初めてで、あまりの新鮮さに目を丸くしてしまう。
隣からは「アイツ目見えてんのか?」なんて、驚愕したような虎杖くんと野薔薇ちゃんの声が聞こえた。
「東堂」
「もっとも、その女が乙骨の代わりたり得るなら……むしろ参加させろという回答以外存在しない。俺が相手する」
東堂と呼ばれた彼と視線が絡んで、思わず私は一歩後退してしまう。
そんな私の視界を遮るように、伏黒くんが私を背にかばってくれた。
けれど、それでも東堂さんの放つ気配は私にしっかりと刺さって。
「……分かったら早く済ませろ。コレで高田ちゃんの番組を見逃したら、俺はうっかり全員殺してしまうぞ」
その鬼気迫る勢いに気圧されて。
結局『狗巻先輩と行動すること』を条件に、私の交流戦参加が認められたのだった。
◇◇◇
団体戦を始める前に、作戦会議をするための部屋が各校別々に用意されているらしく。
私はみんなの後ろをついて東京校のミーティング部屋へと向かおうとしていた……のだが。
「皆実」
その声に呼ばれて、後ろを振り返ればそのまま手を引かれた。
「ちょ……っ、五条先生!?」
「しーっ」
みんなが階段を上っていく中、私は五条先生とともに、階段下の木陰に身を潜める。
背中を木の幹に預け、私は五条先生を見上げた。
「先生、私ミーティングが……」
「うん、知ってる。……でもさ」
そのまま五条先生の顔が降りてきて、抗議の声は全部、五条先生の吐息に飲み込まれた。
「せん、せ……っ、こんな……とこで」
「何? 恵に見られるのが嫌?」
そう問われたら、五条先生のこの突然のキスの理由にも察しがついた。
恐らく、さっき伏黒くんに抱きしめられていたことが原因。
「……僕の目の前でさぁ……恵もやってくれるよね、ホント。……ていうか、皆実も背中に手回しそうになってたでしょ。……棘と真希が止めなかったら、僕が割り込むとこだった」
「……っ、ん」
文句を言いながらも、五条先生のキスの雨が止まなくて。
こんなにも呼吸を乱されたら、この後みんなの元にどんな顔で戻ればいいのか分からなくなるのに。
「皆実を誰にも触らせたくないのにさ……触らせちゃう状況を作っちゃう僕も僕なんだけど」
虎杖くんと一緒に箱詰めにしたことも。
これから狗巻先輩と一緒に行動させることも。
全部、五条先生が仕組んだこと。
大きなため息を吐いて、五条先生は私のことをギュッと抱きしめた。
「……今だけ、僕の呪力吸って。……で、棘と一緒にいる間、せめて身体だけは僕でいっぱいにして」
強請るような声で言われたら、体が熱くなるから嫌なのに。
無限のイメージを解いて、五条先生の身体から溢れる呪力を全身で浴びる。
チクチクと、擦るような呪いの痛みが愛しくて。
「五条先生……」
五条先生の頬に手を添えて、キスをせがむように目を閉じた。
そうすれば甘い口づけが落ちて、身を焦すような熱が広がる。
この感覚を幾度繰り返して。
「五条、いる!? ……まったくどこ行ったのよ!? あの馬鹿は!!」
木陰の裏で歌姫さんの声がした。
「……タイムリミット、だね」
五条先生は笑って、最後にまたひとつキスを落とした。
そんなことをされれば、もっと縋りたくなるのに。
「……そういうわけだから、ぜっったい皆実に手出しちゃダメだよ。棘」
私に笑顔を向けたまま、五条先生が静かに告げる。
その言葉の意味を悟って、固まってしまう私の耳に、茂みの揺れる音が聞こえて。
「おーかか」
五条先生の背後に、狗巻先輩が立っていた。
ほんの少し文句言いたげな顔が、私たちを見つめている。
「仕方ないじゃん。怒んないでよ、棘。それと……皆実をよろしくね」
五条先生は私の頭を優しく撫でると、狗巻先輩に一言そう告げて。
次の瞬間には「歌姫〜〜」なんてのんびりした声で名前を呼んで、その人のもとに消えていった。
狗巻先輩と2人でこの場に取り残されて、なんとも言えない空気が私たちのあいだを漂った。
(……キスしてるの、見られたよね)
いつからそこにいたのか分からないけれど。
五条先生が狗巻先輩の名を呼ぶ直前までキスをしていたのだから、間違いなく見られている。
それが恥ずかしくて、思わず視線を逸らしたら、狗巻先輩が一気に私との距離を詰めた。
「皆実」
久しぶりに聞いた、狗巻先輩の声で紡がれた名前に。
私は逸らしたはずの視線を、簡単に戻してしまう。
「勝手にいなくなったら、また野薔薇が怒る」
「あ……えっと……ごめん、なさい」
私には呪言が効かないから、死ぬ前も2人きりのときはこうして話してくれていた。
でもおにぎり語を話さない狗巻先輩は、なんとなく知らない男の人みたいで、どこか照れ臭くて。
「顔、赤くなってる。……悟のせい?」
「狗巻、先輩」
頬に手を添えられたら、また顔に熱が上がっていく。
間違いなく、五条先生のせいで赤くなった頬だけど。
でもその赤色が濃くなった理由も、間違いなく狗巻先輩のせいで。
「……っ!」
「……悪い子だね。皆実は」
目と鼻の先、すべてが触れ合いそうなほどに顔を近づけて。
狗巻先輩は薄く笑った。
「行こう。……みんな心配する」
顔を離して、狗巻先輩は流れるように私の手を握った。
迷子を連れていくような所作なのに。
どうにも身体中が熱るのを止められなくて。
「……団体戦、よろしくね。皆実」
まだ、団体戦は始まらない。
それなのにもうすでに、五条先生を怒らせる未来が見えた気がした。
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