反省 01

18 反省



「え、マジ?」

 五条先生の声かけに、虎杖くんが驚いた声を出す。
 私が五条先生の家に帰ってきて2日程経った頃、虎杖くんも五条先生の家に戻ってきた。

 ひさしぶりに3人で朝食を取って、今は各々食後の余韻に浸っているところ。
 五条先生は食後のカフェオレを満足げに口に含み、虎杖くんはその目の前で牛乳を飲んでいる。

 私はというと、キッチンで食器を洗っているところ。朝食は虎杖くんが作ってくれたため、皿洗いは私から買って出たのだ。

 そしてそんな私も、今の五条先生の発言に驚いていた。

「マジマジ。今日から2人とも復学予定だから、ちゃちゃっと準備しちゃってね」

 カフェオレを飲みながら、五条先生は平然とした顔で答える。
 あまりにも急な話に私は頭が追いつかないのだけど、虎杖くんは「っしゃー!」などと喜びの声とともにバンザイをしている。
 この理解力と適応力の差はなんだろうか。

「んじゃ、さっさと制服着替えてくる!」

 ゴキュッゴキュッと勢いよく牛乳を飲み干して、虎杖くんは地下へと駆けていく。
 嵐のように虎杖くんが消えるのと同時、食器洗いを終えた私は、自分用の食後のカフェオレを持って五条先生の目の前に腰掛けた。

「皆実も、早く着替えないと遅刻するよ」
「カフェオレ飲んだら着替えます。ていうか、決めてたなら昨日教えてくださいよ」
「いやいや、直前に言ったほうがテンションあがるでしょ? 僕エンターテイナーだから。悠仁の模範的な喜び方見た?」

 虎杖くんは五条先生との相性がいい。
 普通の人ならイラッとするような五条先生の言動も、虎杖くんは真正面から喜んで楽しむことができる。

「でもまあ、僕がバカやらなくても元気そうだね、悠仁は」

 そう口にして、五条先生は小さく笑った。
 適当なことを言っていたかと思えば、突然真面目なことを告げてくる。
 そんな五条先生に何と返すのが正しいのか分からなくて、私はカフェオレを飲みながら、五条先生に視線だけを向けた。

「ツギハギの呪霊、だっけ? ソイツ、人間の魂を変えて襲わせるらしいじゃん。それと戦ったってことは、悠仁はソレを殺したってことでしょ」

 たったそれだけの情報で、そこまで頭を回して。
 五条先生は虎杖くんの心の心配をしていた。
 実際『元人間』を殺したことは虎杖くんの心を苦しめ、七海さんがその心のケアをしてくれた。
 同時に、虎杖くんに引き金を引かせた私の心も、七海さんが救ってくれた。

(大人って、すごいよなぁ)

 10年後に自分がそんな大人になれているだろうかと。
 そんなことを考えながら、私はまたカフェオレを一口飲んだ。

「にしても……特級がホイホイ湧きすぎだな、最近」

 そしてまた話を変えるように、五条先生が私に新たな話題を振ってくる。
 五条先生は、ツギハギの呪霊のことを七海さんの報告でしか知らない。だから五条先生の告げる『ホイホイ湧いている特級』の代表は、恐らくあの火山頭。

「そういえば、五条先生と出会った火山頭の呪霊なんですけど」

 これは報告しておいた方がいいだろうと思って、私はマグカップをテーブルの上に置く。
 私の声に、五条先生は静かに耳を傾けた。

「ツギハギの呪霊がその火山頭の呪霊のこと知ってて……しかもその呪霊からの情報で私のことも知ってたんです」

 五条先生や虎杖くんはともかく、どうして呪霊たちのあいだで私の情報が交換されるのか、分からないのだけど。
 大事なのはそんなことではなく、そいつらが繋がりを持っているということ。

「やっぱりあのレベルが徒党を組んでるのか」

 五条先生は顎に手を当てて、考え込むように俯く。
 そしてまたすぐに、小さく口を開いた。

「他には?」
「え?」
「他に、ツギハギの呪霊とつるんでるヤツはいなかった? 見たり聞いたり。情報はなるべく多い方がいいからね」

 五条先生に問われて、私はまた口を噤む。



『私と会ったことは……悟には言わないほうがいい」



 傑さんの、最後の言葉が頭をよぎった。
 その言葉の真意はいまだに分からない。



『……悟を大事に思うなら、ね』



 けれどもし、あの傑さんが私の知っている傑さんで間違いないのなら。
 五条先生を思う気持ちはきっと嘘じゃない。

「……分かりません」

 何も見ていないし、聞いてもいない。
 そう嘘を吐いて、私はまたカフェオレを飲んだ。

「そう」

 五条先生もそこまで期待していなかったのか、同じ味のカフェオレを口に含む。
 甘い甘いカフェオレが私の嘘を流し込んでいく。

 でもこの嘘は、誰も傷つけない嘘だと私は信じていたから。

 私が重ねた嘘の中で、この嘘だけが……私の一生の後悔になることを、私は知らずにいた。



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