また明日 01

17 また明日



 ツギハギの呪力に身体を蝕まれた私は、しばらくの間、家入さんの診療室で1日1回脱血してもらうことになっていた。

「はい、終わり。大丈夫? ふらふらしない?」

 家入さんが私の下瞼の色をチェックして「視診では異常ないけど」と私の肩を叩いた。

「ありがとうございます。大丈夫そうです」
「そう。じゃあ、あともう少しここで安静にして。問題なければ帰っていいよ」

 淡々と言って、家入さんは私のカルテらしきものをパソコンに入力し始める。
 その後ろ姿を見つめながら、私は家入さんに話しかけた。

「虎杖くんは大丈夫そう、ですか?」
「んー。まあ絶対安静だけど、死んではないよ」

 つまりは重症ということ。
 私と合流したときにはすでにいろんなところから血を流してた。
 私が気絶した後も戦ってたんだとしたら、その重症度は察しがつく。

「お見舞いはもう少し先だな」
「……はい」

 反射的に手のひらをギュッと握りしめる。
 そんな私の反応に気づいたのか、家入さんが気分を変えるように話しかけてくれた。

「そういえば、綾瀬」
「はい」
「反転術式が使えるんだって?」

 唐突に尋ねられて私はキョトンとする。
 返事しない私を不思議に思ったのか、家入さんがくるりと回転椅子を回して私の方を振り返った。

「七海の怪我の止血、綾瀬がしたんだろ?」
「はっきりとは覚えてませんけど……反転術式なんてそんなたいそうなものでは……」
「止血は応急処置の基本だよ。それができてたおかげで七海の重症化を防げたと言っても過言じゃない」

 持っていたペンをくるくる回しながら薄く笑んで私のことを見つめる。

「やっぱあの時蘇ったのも、綾瀬の力?」

 そう問われて思わず口を噤んでしまう。
 あの日虎杖くんと一緒に蘇ることができたのは私の力なんかじゃない。
 あれは……。

「……違います。私には、できないですよ」
「ふーん。その自覚があるってことは、誰の力か知ってるわけだ?」

 家入さんの好奇に満ちた瞳が私の瞳に映り込む。
 私は家入さんから視線を逸らすことなく、苦笑を携えた。

「すみません。あの時のこともいまいちよく覚えてなくて。……でももし私に蘇生ができるなら、きっと七海さんの傷もちゃんと治すことができたと思うので。私の力じゃないだろうなって」
「まあたしかにね。……てことはやっぱり虎杖か? あーあ、五条はなんか知ってそうなのに教えてくんないし気になるなー」

 家入さんはペンをくるくる回しながら小さな舌打ちをする。でもため息ひとつでその空気を一転させた。

「さて、もう頃合いかな。体調の変化はない?」

 待機時間を終えて、絶対安静を解除される。
 私の身体を再度確認して、家入さんが問いかけてくれた。
 家入さんが私の身体を考慮して血を抜いてくれているから、怠さも気分不良もない。

「大丈夫です。けど……あの」

 でも、1つだけ、私は家入さんにお願いしたいことがあった。

「なんだ?」
「睡眠薬、もらえますか?」

 私のお願いに、家入さんが首を傾げた。

「寝不足か? 七海の隣は眠れない?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
「あ、やっぱり隣で寝てるんだ。七海やるぅ」

 家入さんがニヤリと頬を緩める。
 しっかりと家入さんの問答に乗せられてしまった。

(七海さん……ごめんなさい)

 私が困り顔をすると、家入さんは「ごめんごめん」と笑って、立ち上がった。

「五条には内緒にしとくから安心して」

 それで安心していいのかも悩ましいところだけれど。
 家入さんはそんな冗談を口にしつつ、奥の棚から褐色の瓶を2つと白色のケースを取り出して、また回転椅子へと腰掛けた。

「即効性かつ強力だけど副作用が強いのと、効きは悪いけど副作用はあんまりないの、どっちがいい?」

 パソコンで新たにカルテを打ち込みながら、家入さんが私に問いかけてくれる。

「副作用ってどんなのですか?」
「うーん、個人差あるけど必発は逆行性健忘」
「ぎゃっこう……?」
「コレ飲む前の記憶が消える。まあ、消えるっていってもせいぜい飲む寸前5分くらいの話だけど。後は倦怠感とかたまーに吐き気訴えるヤツもいるけど」

 丁寧に説明して、家入さんは2つの瓶を私の前に掲げた。

「じゃあ、即効性のほうで」
「オッケー。てゆーか、そんなに寝不足なの?」

 家入さんが錠剤をタブレットケースに移しながら、少しだけ心配そうな顔を向けてくれる。

「なかなかぐっすり眠れなくて」

 いらない嘘だけが上手になった、最低な顔がその瞳に綺麗に映りこんでた。



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