固陋蠢愚 01
16 固陋蠢愚
※この章では五条悟以外のキャラとのR18が含まれますので苦手な方はご注意ください。
『皆実』
名前を呼ばれて顔を上げる。
目に映るのは、高専の制服を着た大好きな人の顔。
『すぐるさんっ!』
しゃがみ込んでくれた傑さんの首に手を回して。
私は、結い上げられたそのお団子に手を伸ばす。
そのままお団子を解いたら、傑さんは困ったように眉を下げた。
『こら……解いちゃ駄目だろう?』
その悲しげな顔が、少しでも笑顔に変わればいいなって。
そんなことを思いながら、私の小さな手が、何度も些細な悪戯を繰り返した。
『皆実』
時を経て、五条袈裟を着た傑さんが私の瞳に映る。
でもその顔は、迷いが晴れたように清々しかった。
この呪われた世界で、傑さんが少しでも幸せを感じることができたなら、それがすなわち私の幸せだった。
『傑さんのキスは……魔法みたいですね』
私の呪いを奪うための行為。
心も身体も嘘みたいに軽くなるのに、その一方で幸せに満ちていく。
『この魔法が嫌になったら、すぐに言ってくれ』
『そんな日は来ないですよ』
セーラー服を揺らして、私が自信満々に答えると、傑さんも小さく笑ってくれた。
『そうか。じゃあ……まだしばらくは皆実のキスは私が独り占めできるかな』
『傑さんが良ければ……ずっと独り占めしてもらいたいです』
私の髪を撫でて、傑さんが優しい口づけをくれる。
その口づけが、本当に、本当に、大好きだった。
『私も……傑さんを独り占め、したいです』
『……こういうときに、あまりかわいいことを言ってはいけないよ』
いつも子ども扱いなのに。
そのときだけは、傑さんが私を大人にしてくれた。
『……皆実』
傑さんに少しでも近づけるように、背伸びをして。
何度も何度もその姿に手を伸ばした。
『君の幸せをいつも想っているよ』
別れ際、さよならの代わりにくれるその言葉を、私は今もちゃんと覚えてる。
◇◇◇
ゆっくりと目を開ける。
視界の先に、先ほどまで見ていた大好きな顔は存在しない。
あの人には、夢の中だけでしか会えない。
(もう……この世のどこにもいるはずないの)
あれだけ私の身体の中を満たしていた傑さんの呪力が、あの日全部消えてなくなった。
その意味はたった一つ。
そしてその事実を、他でもない五条先生が肯定した。
それなのに……。
『まあでも、夏油の言ってた通り、君……とっても美味しそうだね』
どうしても、ツギハギの呪霊の言葉が気になってしまう。
あの呪霊が口にした『夏油』が傑さんであるはずがないと、そう分かっているのに。
(でも……)
発言の意味を考えれば、その『夏油』が少なからず私のことを知っているのだと分かる。
私と関係のある『夏油』という存在を、私は傑さんの他に知らない。
身体を起こして、隣のベッドに視線を移す。
空っぽのベッドの上にはメモ用紙が一枚置いてあった。
しっかり療養してください。少し出かけます
達筆な字で走り書きされた紙を拾い上げる。
眠る私を起こさぬように、静かに出て行ったのだろう。
七海さんのおかげで、身体はだいぶ軽くなった。
その分、私の中に巣食っていた呪いが七海さんに流れたのだから、休まなきゃいけないのは七海さんのほうなのに。
七海さんは、どこまでも『守る側』の人。
(……七海さん)
守られている私は、この言いつけの通りに過ごすべきだ。
でも、身体の中に残るツギハギの呪力が、その居場所を私に知らせてくる。
『皆実』
あの呪霊の言葉の真意を知りたい。
(ごめんなさい)
私の考えすぎならそれでいい。
それで誰かに迷惑をかけてしまったとしてもかまわない。
それくらい、私にとって……傑さんはまだ『忘れられない人』だった。
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コメント
2023/04/17 01:49 ユズ
とても面白いです!