幼魚と逆罰 01

15 幼魚と逆罰



『皆実』

 その声は、とても懐かしい。
 日に日に思い出す回数が減っている、その人の声が夢の中で響く。

『君の中の私を……忘れてはいけないよ』

 それはきっと。
 傑さんを忘れようとした私を咎める言葉なんだと。
 この夢の続きを知らない私は、そう思っていた。
 


◇◇◇



【記録――2018年9月
     神奈川県川崎市
     キネマシネマ

     上映終了後
     男子高校生3名の変死体を
     従業員が発見

     死因 頭部変形による
     脳圧上昇 呼吸麻痺】



◇◇◇



 夢の途中、まだその続きが知りたくて、眠りに縋っていたら。

「綾瀬さん」

 その声がやけに近くで聞こえたから、ゆっくり目を開けた。
 目を開けて、すぐそばで海色の瞳と視線が交差する。

「……っ!?」

 ふかふかのマットレスの上、寝ぼけた私を七海さんが肩をすくめて見下ろしていた。慌てて私は身体を起こす。

「お、おはようございます」
「おはようございます、綾瀬さん。寝起きで申し訳ありませんが、急いで支度を」

 すでに髪を整えて仕事着を着た七海さんが、私にそう命じる。
 たしか昨晩の段階では任務の予定などなかったはず。
 緊急任務が入ったのか、あるいは早朝から筋トレをさせるつもりなのか。
 急ぐことを忘れて考えている私に、七海さんがもう一度声をかけた。

「任務ですので早く」
「え? あっ、はい!」

 慌ててベッドから降りて洗面所に向かう。
 適当に顔をパシャパシャと洗って、歯ブラシを手に取った。
 同時並行で、ヘアブラシを使って髪を梳いて。
 洗面所から出て寝室に戻る。
 ハンガーに掛けている制服を手に取った。

「はほほふんへほはひはふ!(※あと5分で終わります!)」
「そんなに慌てなくていいです。歯磨き終わってから喋ってください」

 脱衣所に行ってパジャマを脱ぎ、スカートとニーハイソックスを履く。この時期にどう考えても暑すぎる格好だけど、制服がこれなのだから仕方ない。
 学ランを適当に羽織って、また洗面所に戻り、うがいをする。
 時計を見たらちょうど5分。

「七海さん、支度終わりました!」

 急げば5分で支度できるんだなと感動しながら、キッチンでコーヒーを飲む七海さんのもとに駆け寄った。
 そんな私を、やっぱり七海さんは困り顔で見下ろす。この困り顔も、もう見慣れたもの。
 というか、恐らくこの表情が『困り顔』なのだと認識できるようになった、というのが正しいんだと思う。

「髪、はねてますよ。ここまで急がれるとは思っていなかったので『急げ』などと言いましたが、伊地知君が迎えに来るまであと10分くらいあります」

 そう言って、七海さんがまだ少し散らかってる私の髪に手を伸ばした。

「今日はアナタが会いたい人にも少しだけ会えますよ」
「え?」

 私が顔を上げると、七海さんは静かに頷いて。

「髪、そのままでいいんですか?」
「……い、急いで直すので伊地知さんの迎えが来たら教えてください!」

 七海さんの気遣いをありがたく受け取って、私は少しだけ丁寧に自分の髪を結い上げた。



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