心の師 01

14 心の師



 北海道旅行から戻って翌日。
 五条先生と一緒に、私はとあるマンションの一室の前に佇んでいた。

(立地のいいマンションだなー)

 辺りを見渡す私の隣で、五条先生がインターホンを鳴らす。
 ピーンポーンと軽やかな音色が響き、私は家主の登場を待って肩を強張らせていた……んだけど。

 ピーンポーンピンポンピンポンピピピピンポーン

(……嘘でしょ)

 五条先生がインターホンを連打し始め、私は思わずその指を掴んだ。

「ちょっと皆実、指退けて。押せないじゃん」
「これ以上押さなくていいです! そんなに鳴らさなくても聞こえてますって」

 初めから印象悪くしてどうするつもりなんだろう、この人。
 五条先生はやれやれ顔で私を見下ろしてるけど、果てしなくコッチの方がやれやれだよ。

「イヤ、どう考えても聞こえてないっしょ。だってこの僕がピンポン押してもう10秒は軽く経過してるのにまだ扉開かないっておかしくない? 普通走って玄関に来るでしょ。イケメン最強呪術師五条先生がわざわざやってきてんだからさ」
(……謙遜とは)
「皆実」
「……何も言ってないはずなんですけど」

 私が眉を下げると、五条先生は私と視線を合わせるように腰をかがめてきた。

「ったく、皆実も皆実だよね。僕としばらく会えなくなるんだからもうちょっと寂しそうにしょんぼりしろよ」
「してますよ、コレでも」
「いーや、北海道にいるときは『五条先生、離さないで』って僕にしがみついてチョーかわいかった」
「大きな声でやめてもらえません?」
「でも事実じゃん?」

 事実だから言い返せない。でも今ここで言うような話でもないじゃん。
 真面目な時には嫌になるくらい空気読んでくれるのに。
 わざと空気読まないようにしてるんだって分かるから、余計に恥ずかしくなる。

「皆実、顔真っ赤だよ? 何、昨日あんなにシたのにまだシたくなっちゃった?」
「違……っ」

 否定しようとした私の顔は、もうすでに五条先生の手にホールドされていて。

「今から七海と会うのにそんなエッチな顔しちゃダメだよ」 

 そんなこと言うなら、今すぐこの状況を解いて冷静にさせてほしいのに。
 五条先生の顔がどんどん私に近づいてきて。

「すみません、別件の電話があって出るのが遅く……」

 ガチャリ、と開いた扉の向こう。
 スーツ姿で特徴的な眼鏡をした、金髪の男性が扉を開けて固まっていた。

(……待って、今、私……)

 五条先生とキスする0.2秒前。
 もう鼻はくっついていて、あと数ミリ動かせば、唇が触れ合うところに五条先生がいて。

「……っ」

 慌てた私とは真逆に、五条先生は冷静に顔の向きごと家主さんの方に向けた。

「遅ぇよ、七海。待ちくたび」
「失礼しました。ごゆっくり」

 早口で言って、家主さんが扉を勢いよく閉める。
 けど、その扉がガコンと凄まじい音を鳴らして止まった。寸前で五条先生が扉の隙間に足を引っ掛けたらしい。

(すっごく痛そうだけど……)

 恐らく術式を使ってるから、足が挟まってるように見えるだけ。
 扉を閉めきれずに、家主さんが大きな舌打ちをした。

「オイオイオイオイオイ七海ィ」
「人違いです」
「こんな不躾な後輩間違うわけないだろ。ったく、キスくらいで照れてないで開けろ」
「アナタはもう少し羞恥心を学んできてはいかがですか」

 五条先生と対等に言葉を交わしている。

(たしか……五条先生の後輩さん、だったよね)

 五条先生の後輩といえば、その代表は伊地知さんだ。常に五条先生に怯えて、五条先生の命令とあらば顔を青くしてでも「御意」と答える、あの伊地知さんだ。
 五条先生の後輩さんは、みんなそういう人なのだろうと勝手に想像していた。
 今回私を少しの間引き取るという話も、五条先生が無理矢理受け入れさせた話なんだろうって。

「いいから扉開けろよ、足が痛いだろうが」
「術式解いていただければ、開けますよ。一度閉めますが」
「オウオウオウオウ、じゃあこの扉ごと破壊してやろうか?」
「その柄の悪さでよく教職が務まりますね」

 五条先生に怯むことなく言葉を返す。その家主さんが盛大なため息と共に私へと視線を移した。

「挨拶が遅れてすみませんね。初めまして、七海建人です」
「え……あ、綾瀬皆実です、初めまして」
「ねえ、扉開けてからやってくんない???」

 扉に挟まれた五条先生を挟んで、私と七海さんは挨拶を交わす。

 それが、私と七海さんの初対面だった。



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