京都姉妹校交流会―団体戦―3 01
22 京都姉妹校交流会―団体戦―3
パンダ先輩が伏黒くんと真希先輩を連れ去って、この場には私と虎杖くん、そして東堂さんの3人が残った。
「俺は手を出さんぞ。虎杖、オマエが『黒閃』をキメるまでな!」
東堂さんの、まるで指導者のような口ぶりと、それに全く反論しない虎杖くんの姿に違和感を覚える。私が最後に会った虎杖くんは、東堂さんを止める役割だったはずだけど、いつの間に指導を受けるような仲になったんだろうって、そんな疑問が浮かんだ。
でもそんな疑問より先に、『黒閃』……以前、七海さんから聞いたことのある単語に反応して、私は即座に顔を上げた。
「『黒閃』をキメられずオマエがどんな目に遭おうと俺はオマエを見殺しにする!」
「押忍!」
そんな条件でいいわけないのに、虎杖くんは文句一つ言わずにそれを受け止めて。
「皆実」
私にその視線を向けた。
「虎杖くん、無茶はしないで」
「応! でも俺、たぶん皆実が思ってるより強くなってるから」
「でも……それでも相手は特級だから、五条先生が助けに来るまで……」
「皆実」
五条先生が、助けに来るまでどうか持ち堪えて……って、そう告げようとした私の唇を、虎杖くんはその胸で塞いだ。
「俺だけを、見てて」
キツく抱きしめて。
耳元で、たった一言そう告げて虎杖くんは私のことを解放する。その表情は私のことを安心させるように穏やかに緩んでいた。
でもその次、呪霊に視線を向けた虎杖くんは、その表情から優しさを全て消し去っていた。
「オマエ、話せるのか。……一つ聞きたいことがある」
呪霊にそう尋ねた、虎杖くんの纏う呪力の気配が濃くなる。
「オマエの仲間にツギハギ面の人型呪霊はいるか?」
《……いる、と言ったら?》
挑発するような呪霊の返事に、虎杖くんは間髪入れずに攻撃を仕掛ける。
けれどそれは呪霊も承知の上。華麗に避けて、虎杖くんとの距離を取った。
《軽率に距離を詰めない、そこは評価します》
そんなことを言いながらも呪霊は虎杖くんへの攻撃をやめない。呪力の鞠が虎杖くんを襲うように飛んでくる。けれどその鞠すらも、虎杖くんは身体を軽やかにしならせて避ける。そしてそのまま呪霊に蹴りかかった。けど……。
《だが威力はお粗末だ》
その蹴りの打撃には威力が微塵も感じられない。今までの虎杖くんの打撃の威力を知ってるからこそ、それが余計に不審で。
私が眉を寄せたのと同時、蹴りかかった反動で地面に倒れこみながら虎杖くんは静かに右手の拳を構えた。
「……っ!」
さっきの威力のない攻撃で呪霊は明らかに油断してる。呪霊の胴体はガラ空き。
まるでそれを狙っていたかのように、虎杖くんの拳が呪霊の胴体を狙って……。
「クソ!!」
けれど虎杖くんの打撃は軌道を外してしまう。呪霊が虎杖くんと距離を取るように飛び退いて、呪力を帯びた樹木が虎杖くんとの間合いを阻む。
振り出しに戻ったその戦局を見て、隣にいたはずの東堂さんが体を動かした。
「……東堂さん?」
「マイフレンド」
虎杖くんの焦りを読み解いたかのように、東堂さんが私の隣から消える。そうして虎杖くんのそばに歩み寄り、その頬を勢いよく叩いた。
「え……」
「『怒り』は術師にとって重要な起爆剤だ。相手を怒らせてしまったばかりに格下に遅れを取ることもある。逆もまた然り。『怒り』で呪力を乱し、実力を発揮できず負けることもな」
いきなりの殴打に、虎杖くんは何も言わない。むしろその殴打を受け入れて、東堂さんの言葉に耳を傾けている。
「綾瀬と伏黒を傷つけられ……そして何より親友である俺との蜜月に水を差され、オマエが怒髪衝天に陥ってしまうのはよぉーく理解できる。だがその怒り、オマエには余る。今は収めろ」
そうしてもう一発、東堂さんは虎杖くんの頬を叩いた。
「消えたか? 雑念は」
「ああ、雲一つねぇ」
虎杖くんがまた呪霊と相対する。その瞳には本当に東堂さんへの異論も、叩かれたことへの不服も、何の色も浮かばない。
私は隣に戻ってきた東堂さんを見上げた。
「……どうした?」
「いえ……。すごい信頼関係だなって」
少なくとも、交流戦前までは面識すらなかったはず。心を通わせたとしたら、私たちが虎杖くんを生贄にしたあの瞬間だけ。
この短時間で虎杖くんは東堂さんとの心の距離を明らかに縮めていた。
「生まれながらにして心通じる親友であれば、時間など関係ない。それに虎杖との信頼関係でいえば、オマエもなかなかのものだろう? 綾瀬」
その『信頼関係』がいったい何をさしているのかは分からないけれど……。東堂さんには虎杖くんとのキスも、寸前の抱擁すらも見られてしまっているから……言い訳のしようがなかった。
「安心しろ。無粋な詮索はしない。だが愛する者が進化する瞬間は見逃すな」
「あの、東堂さん……私」
さすがに虎杖くんとの関係だけは誤解のないように伝えておこうとしたけれど、東堂さんが私の唇に人差し指を押し当ててそれを止めた。
その視線の先には凄まじいくらいに呪霊へと集中した虎杖くんがいる。
「……っ」
悪寒に似た何かが身体中を駆け巡る。
瞬間、虎杖くんと呪霊との間で、呪力が黒く光った。
実際に見たことはない。七海さんから話に聞いていただけ。でも間違いなく、これは……。
「……『黒閃』」
「成ったな」
東堂さんが満足げな顔で口にする。
特級呪霊に目を向ければ、その身体に明らかな攻撃の痕を刻んでいた。どんなに術式をぶつけても呪具をぶつけてもまともな傷一つつけられなかったというのに。
「さて……綾瀬。虎杖が『黒閃』をキメたからには、そろそろ俺も傍観者で居続けるわけにはいかん」
そういう約束だった。『黒閃』をキメるまでは手を出さないと。『黒閃』をキメたからには、東堂さんも呪霊を祓うために加勢しなければならないのだ、と。
「オマエをここに一人置いていくことになるが、一つ約束だ」
虎杖くんが『黒閃』をキメるまでのあいだ、おそらく東堂さんはただそれを眺めてただけじゃない。虎杖くんの怒りを鎮める時以外ずっと私のそばにいたのは、私を守るためであり監視するためだったんだと思う。
もしも虎杖くんが呪霊にヤられそうになったら、私は間違いなく術式を使うから……私が虎杖くんの邪魔をしないように。
「加勢はするな。たとえ俺たちのためであっても、俺たちが危なくとも決して、オマエの呪力を行使するな」
それは約束、というよりも……命令に近い。有無を言わさない圧が、私の身体すらも強ばらせた。
「約束できなければ、俺はこのままここに残り、虎杖一人で呪霊と戦わせなければならない」
呪霊の動きを止めることのできるこの術式を、どうしてそこまで頑なに使わせたくないのか、その理由は分からないけれど。
私に頷く以外の選択肢はない。私がゆっくりと首を縦に振ると、東堂さんは満足げに頷き返して私に背を向けた。
「今のが『黒閃』……!」
そうして、自分の呪力に驚いている虎杖くんのもとへ、東堂さんが歩み寄った。
「呪力の味≠理解したんだ。オマエは今まで口に入れたことのない食材をなんとなく鍋に入れて煮込んでいるような状態だった」
東堂さんが虎杖くんの今の状況を分かりやすく説明してくれている。第一印象はただただ怖くて強さだけが滲み出ているイメージだったのに、目の前の彼は誰より理知的で冷静だった。
「だが『黒閃』を経て呪力という食材の味≠理解した今、呪術師として3秒前の自分とは別次元に立っている。コングラチュレーション、ブラザー」
東堂さんは虎杖くんを称賛し、そしてその隣に並ぶ。
「オマエは強くなれる」
確信したようにその言葉を吐いて、東堂さんも呪霊に相対する。
けれど虎杖くんの『黒閃』で傷ついた呪霊も、このわずかな時間のあいだで、自らの腕を治していた。
「治んのか!」
「呪霊の体は呪力でできている。人間たちとは違い治癒に高度な反転術式は必要ない。特級となればあの程度の怪我わけないさ」
そうであっても、東堂さんは余裕の表情を崩さない。勝機は此方にあり、とその顔に迷いなく書いていた。
「だが確実に呪力は削れるし、急所を潰せば終了だ。さあ、調理を始めようか」
虎杖くんと東堂さんが肩を並べて呪霊に相対する。
相手は特級……少年院の事件の時と状況は変わらないのに……むしろそれ以上に最悪な事態のはずなのに、なぜか2人の姿に1ミリの不安も感じなかった。
おそらく、呪霊側も同じ空気感を読み取ったのだろう。
《どうやら貴方達には多少本気を出した方がよさそうだ》
最大限の警戒を払いながら、呪霊が2人に攻撃を仕掛ける。池全体から蔓が襲い掛かるように伸びて、東堂さんと虎杖くんをその蔓に乗せて遥か上空へと連れていった。
「なんつー攻撃範囲!」
「ビビるな!その分強度と速度は低い!」
(高すぎてよく見えない……!)
目を凝らそうとしたら、虎杖くんと東堂さんが今度は蔓から落ちて天から降ってくる。落下する二人に向けて呪霊が容赦なく樹木の鞠を放つ。けれど二人は重力を無視して、軽やかに身体をしならせてその鞠を避けた。
(2人してどういう身体能力してるの……)
再び私の目の前に虎杖くんと東堂さん、そして特級呪霊が降りてくる。二人が降り立った場所に呪力を帯びた花が咲き、そして鋭利な蔓となってまた二人を襲うけど、それすら二人は華麗に避けてしまう。
「大丈夫か、虎杖!」
「無問題!」
「重畳! では俺の術式を解禁する!」
息ぴったりの共闘、そこでやっと東堂さんがそう口にした。考えてみれば、東堂さんの術式を私はまだ目にしていなかった。
(術式無しでこれだけ強いのに)
術式を使ったらいったいどうなるのか……想像すらできない。だからこそ東堂さんの動きから目が離せなかった。
「だが術式について詳しく説明している暇はない。俺からオマエに言えることはただ一つ! 止まるな! 俺を信じろ!」
「オッケー、2つね!」
それを合図に二人が呪霊に相対する。
けれどその瞬間、東堂さんの足が蔓に囚われた。そうして投げ出された先には、剣山のごとく岩から剥き出しになった無数の蔓の棘が東堂さんを待ってる。
「……っ!」
「綾瀬! 約束を忘れるな!」
わずかに足を動かした私に、東堂さんが告げる。術式を使わない、この状況でも東堂さんはその約束を私に突きつけた。
「東堂!」
東堂さんの背中が蔓に突き刺さる、その瞬間、手を叩くような乾いた音ともに私は思わず目を閉じた。
けれど東堂さんの叫び声は聞こえない。虎杖くんの悲痛の声も。
聞こえてくるのは、呪霊の呻き声だけ。
「……東堂、さん」
目を開けた先、無数の蔓にその身を突き刺された呪霊が映りこむ。視線を逸らせば、目を閉じる寸前まで呪霊がいた場所に東堂さんの姿があった。
《成程。単純、故に厄介な術式》
棘から体を抜いて、治癒を始めながら呪霊が東堂さんの術式を口にする。
「そう。俺の術式は相手と自分の位置を入れ替える。『不義遊戯』!」
その術式が発動したことで、まるで瞬間移動したかのように東堂さんと呪霊の位置が入れ替わったのだ。
「東堂!」
「しっ、相手が慣れる前に仕留めるぞ。因みに」
東堂さんと虎杖くんが呪霊に向かって走り出す。その度に東堂さんが手を叩いて、その位置が交差する。
「手を叩くのが、発動条件だ」
2人の姿が入れ替わる度、呪霊の動きが鈍くなる。東堂さんと呪霊か、呪霊と虎杖くんか、あるいは東堂さんと虎杖くんがそれぞれいつ入れ替わるか、考えれば考えるほどドツボにハマる。
けれど考えずに行動すれば、それぞれの体格差のせいで攻撃は大きく空振る可能性がある。
(だから……私に術式を使わせたくなかったんだ)
私が下手に術式を行使してしまえば、入れ替わりによる不意打ちの効果が消えてしまう。使い方にもよるだろうけど、今の状況で私と東堂さんの術式は確実に相性が悪い。
私にできるのは、2人の姿を見守ることだけ。
そうしてひたすら、東堂さんの拍手の音に魅せられていた、その時。
呪力が歪む感覚が、悪寒となって再び私の体を駆けた。
(まさか……)
『私の記録ですか? 4回。運が良かっただけですよ』
七海さんの言葉が頭をよぎる。
呪力が黒く光って、二度目の『黒閃』が目の前で弾けた。そこから息を吐く間もなく、3連続での『黒閃』……そして、再び鳴り響く、東堂さんの拍手の音。
「手を叩いたって術式を発動するとは限らない。単純だけどひっかかるよな」
入れ替わると予想していた虎杖くんの位置は変わらずそこにある。その不意打ちに呪霊は抗えず、4回目の『黒閃』が光った。
(……虎杖、くん)
けれど4連続の『黒閃』に虎杖くんは感動の色を見せることもなく、2人は呪霊への攻撃を畳み掛ける。東堂さんの術式と虎杖くんの呪力を纏った強打。でも攻撃を受ければ受けるほど呪霊も、東堂さんの術式に慣れてきてる。
呪霊の背後で花開くように樹木が種子を撒き散らし、東堂さんに襲いかかった。
(あの種子、伏黒くんのお腹に生えてたものと一緒……!)
だとしたら呪力での防御は逆効果。
「東堂さん!」
けれど私がそれを伝える前に、東堂さんは自らの呪力をすべて解いて、種子を弾き飛ばした。
そうして再び、攻撃を再開する。間髪入れずに攻め続けて。
次、虎杖くんが呪霊へと飛びかかろうとした瞬間。
「……それ、は」
東堂さんの拍手の音とともに、虎杖くんの姿が消える。虎杖くんがいた、その場所に現れたのは……。
『川底に真希さんの特級呪具。顔面の樹が格段に脆い』
「游雲……」
あのとき、伏黒くんが東堂さんに告げた言葉の意味が今になって分かる。
東堂さんの呪力を上乗せした打撃、確実に今まで当てた打撃の中でも最大威力の攻撃。
でも、その攻撃ですら呪霊を倒すには至らない。それどころか……。
《植物は呪力を孕みません。私の左腕は植物の命を奪い、呪力へと変換する。それが私に還元されることはない。その全てはこの供花≠ヨ》
呪霊の隠されていた左肩が顕になる。花が咲くその肩に歪な目玉がギョロリと剥き出しになって。
《出来ることなら使いたくなかった》
(これ、は……っ)
もう何度も経験した、呪力が歪む感覚。辺り一体の呪力が無秩序に無理矢理捻じ曲げられるような、この感覚を……私は嫌になる程よく、知ってるの。
「東堂!」
「来るなブラザー! とんでもない呪力出力だ!」
《しかしアナタの術式があれば躱すのは容易いでしょう。ならばどうするか》
東堂さんとの約束を忘れたわけじゃない。でもこのまま呪霊の好きにさせるわけにはいかないから……。
「流呪操術」
《領域展……》
私の術式と呪霊の強力な呪いが同時に発動しようとした、その寸前。
私たちを隠していた黒い帳≠ェ掻き消えるように上がった。
「帳≠ェ!」
東堂さんと虎杖くんが頭上に視線を移す。
私も導かれるように頭上へと視線を向けるけれど。
(……遅いよ)
その姿を目に映す前から、そこにいるのが誰か……私は知っていた。
「……五条先生」
私たちの遥か上空で、五条先生がその黒布を下ろして私たちを見つめていた。
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