京都姉妹校交流会―団体戦―2 01

21 京都姉妹校交流会―団体戦―2



※五条視点


「フフフ、面白い子じゃないか」

 モニターに流れる真希の映像を見て、冥さんが楽しげに呟いた。さっさと2級にあげてやればいいのに、と。僕もその意見に大賛成。
 身体能力だけで言えば、おそらく高専トップクラス。呪力がなくともそれを差し引いて何ら問題ない呪具の使い手。4級に留まらせておく意味なんてまったくない。

「僕もそう思ってるんだけどさー、禪院家が邪魔してるくさいんだよね。さっさと手の平返して認めてやりゃいいのにさ」
「フフッ、金以外のしがらみは理解できないな」
「相変わらずの守銭奴ね」

 言いながら、僕はモニターを眺める。
 真希の映像が流れ、別のモニターでは恵の映像、また他のモニターにはパンダと野薔薇が映っている。京都校の面々も次々にモニター越しに姿を表すのに。

「それよりさっきからよく皆実と悠仁周りの映像切れるね」

 あからさまなくらいに、皆実と悠仁が映らない。偶然にしてはあまりにも偏りがあるし、本来なら他の面々よりも監視していなければならないはずの2人が映らないなんて、不自然にも程がある。
 けど、そんなことを言ったところで冥さんは素知らぬ顔で嘯くだけ。

「動物は気まぐれだからね。視覚を共有するのは疲れるし」
「えー本当かなぁ」

 冥さん相手に回りくどい言い方は時間の無駄だ。そこに金銭が介在しているなら尚更、本当のことは顔にも出さない。もしも秘密を共有するなら最高の相手だけど、逆に秘密を暴きたい相手としては厄介。
 だから……僕はあえて、直接的な言葉を選ぶことにした。

「ぶっちゃけ冥さんってどっち側?」
「どっち? 私は金の味方だよ。金に換えられないモノに価値はないからね。なにせ金に換えられないんだから」
「いくら積んだんだか」

 これ以上の問答は繰り返しても意味がない。
 歌姫はワケが分からない様子だし、後ろのジジイはだんまり。

(まあ、皆実のそばには棘がいるし、悠仁は僕仕込みだからね)

 少年院の事件の時とはワケが違う。二度同じ手を食う僕じゃない。権威やしきたりなんていうクソの役にも立たないものに固執したバカどもの考えなんて、一つ紐解いてしまえば芋蔓式にだいたい全部分かるものだ。

(何を企んでるか知らないけど、もう簡単にどうこうされる皆実と悠仁じゃないんだよ)

 現状で心配することは、ひとつもない。ここでイライラしても無駄な糖分消費。
 けれど、冷静さを取り戻すべく僕が一息吐くと同時、壁に貼り付けた呪符が1枚燃え上がった。

「お、動いたね」

 赤色、ということは祓ったのは東京校。モニターを見てみれば、メカ丸を倒したパンダが低級呪霊を一体祓った。
 それにしても低級呪霊すら全然祓われてる気配がない。完全にゲームの趣旨が変わってる。

「1対1かぁ。皆ゲームに興味なさ過ぎない?」
「なんで仲良くできないのかしら」
「歌姫に似たんでしょ」
「私はアンタだけよ」

 なんて、もう少し歌姫を揶揄って遊ぼうと思ったんだけど。
 僕の思考は一気にモニターの画面に惹きつけられる。これはもう反射的なもの。
 一瞬……といっても、2秒くらいは確実に捉えられていた。
 ゲーム開始と同時に全然映らなくなった皆実と、棘の映像。本来は嬉しいはずのその映像が、僕の心を掻き見出した。

(いや……待て待て待て)
「冥さん、烏戻して!!」
「フフ、烏は気まぐれだと言っているだろう?」
「金ならいくらでも積むから」
「前払い以外は承知しかねる」
「ああーー」

 一瞬映った、その映像の中で、棘が皆実の頭を撫でていた。それだけなら良くあることと受け流すことも……いや、たぶんできないけど。問題は棘に頭を撫でられた皆実の顔だ。なんであんな真っ赤になってた? え、マジでなんで? 何した?

「ないわ……あの顔はないわ、マジで」

 ああいうカワイイ顔は、マジで僕の前以外してほしくないんだけど。何回言えば皆実は理解するんだろうか。やっぱバカなのか。

「おや、てっきり君のお気に入りは伏黒君だと思っていたけれど、鞍替えしたのか?」
「僕は生徒みんなを気に入ってるよ」

 ただ、皆実は生徒の括りに収めきれなかっただけのこと。
 皆実への感情を表すなら『お気に入り』なんて簡単な言葉で済ませやしない。もっと複雑で、ずっと仄暗い……決して綺麗とは呼べない感情を、僕は皆実に向けている。けど、そんなことはだーれも知らなくていいこと。

「皆実は後でお説教確定だねぇ、これは」
「フフフ、いいじゃないか。交流会らしくて」
「どんな交流だよ。先生は認めません」
「それは先生の発言じゃなく、一個人の私情だろう? 五条君を転がすなんてやるじゃないか、彼女」
「はぁ!? 五条アンタ、学生に手出そうとしてんの!?」

 楽しそうな冥さんとは正反対に、歌姫は軽蔑まじりの声をあげた。

(ていうか、もう手出した後なんだけどね)

 正直に答えたら歌姫がもっと取り乱しそうだからそれはそれで楽しそうなんだけど、夜蛾学長が聞けば迷わず皆実を僕から引き離して寮に入れそうだし。
 ここは、うまーく濁すとして。

「なに? 歌姫、まさか僕に嫉妬!?」
「しねぇよ!!」
「あっそ。でも皆実は嫉妬してるっぽいよ」
「はぁ?なんでよ」
「歌姫が僕のこと好きだから?」
「笑えない冗談やめてくれる?」

 まあ半分冗談だけど。
 でも最後に木陰で皆実にキスした時、皆実を置いて歌姫のところに向かう僕を見る皆実の顔といったら……。
 めちゃくちゃ不安そうで、思わず部屋に閉じ込めたくなるくらいかわいかった。写真撮り損ねたのが惜しいくらい。

(そういうわけで、僕はちょーご機嫌だったんだけど)

 上機嫌でいられる時間はそう長くなかった。
 いや、さすがに僕もバカじゃないから、交流会に参加させる時点で皆実が僕の機嫌を1.2回は損ねさせることは予想していたけど。相手は恵か……あるいは悠仁あたりだろうと勝手に想像していただけで。

(棘と一緒に行動は……安易だったな)

 本当に成長すればするほど、余計に他人を魅了する子だよね、皆実は。

「ていうか話誤魔化そうとしてるけど、学生に手出すとかやめなさいよ。完全に犯罪だから。アンタが公的に捕まるのは大歓迎だけど」
「やっぱり僕が皆実とイイ仲なの嫉妬してんじゃーん。実は僕のこと大好きでしょ」

 僕が戯けて口にすれば、歌姫は懲りずにまたもお茶を投げてくる。が、当然僕には当たらない。いやぁ、お茶と湯呑みの無駄遣い。

「誰がアンタなんか好きになるかよ! そもそも、あんな可愛い子がアンタみたいな精神年齢小学生以下の男を好きになるわけないでしょ!」
「うっそ、こんなグッドルッキングガイ好きになるしかなくない?」
「フフフ、相変わらず自分の容姿が端麗な自覚はあるんだね、五条君」

 僕と歌姫のやり取りに、静かに声を挟んで、冥さんが目の前の大画面を指した。僕たちの視線を誘導するように綺麗な所作で。

「それより、いいのかい? 二人とも。話していたら見逃してしまうかもしれないよ。戦局が変わる瞬間を」

 モニターではちょうど真希と真依が戦っているところが映る。こちらは十中八九、真希が勝つだろう。別画面には単独で歩いているパンダの姿、また別の画面には恵と憲紀の戦ってる姿が映っていた。戦況は恵が押されてる感じか。

(もしも今、戦局が変わるとすれば……恵たち)

 2人で何か話しているようだけど……恵の様子が少しおかしい。
 恵は昔から、どこか一歩引いたところに立っている。それがたった1人の姉と2人きりで生きていくための処世術だったのかもしれないけど、その癖が戦闘にも顕著に出ている。
 そして、ごく稀に……その癖がわずかに壊れる時がある。

(うん。……やっぱり)

 恵の呪力の質が変わったのが、モニター越しにも分かる。
 次いで式神の扱い方も先ほどとはまったく違う洗練されたものに変わっていた。

(うまいな)

 解除前の式神を囮に使って、憲紀の気を引く。
 そうして本命の式神を……最近調伏した『満象』を顕現させた。

「伏黒君もやるようになったじゃないか。以前見かけた時はまだ小さい子どもだったのに」
「まぁね。僕仕込みだから」

 でーも、恵はあと一歩足りない。
 センスだけで言えば、かなり良いものを持ってる。でも恵はそれを最大限に活かしきれない。そこが、同じく僕から指導を受けた悠仁との差。
 そして、この差は……おそらくかなり大きい。

「ねぇ、冥さん。もう1人僕仕込みの面白い子、見たくない?」
「それは興味あるけれど、私も自由自在に烏を動かせるわけじゃないからね」

 さりげなく提案をしてみたつもりだったけれど、やはり本心は見抜かれたみたいで、冥さんに軽くかわされてしまう。
 モニターの状況から考えて、今皆実のそばにいるのは棘、悠仁のそばにいるのは葵だ。他のメンバーの居場所もだいたい把握できている。この状況で京都校のメンツを使ってどうこうすることもできないんだから、いい加減2人をモニターに映してもいいと思うんだけど。

(まだ……何か企んでんのか)

 沈黙を貫いてるジジイに視線を向けても、何の反応もない。
 慌てる様子もなければ苛立つ様子もない。ただひたすら、何かを待っているような……。

「……っ!」

 不意に呪符がすべて赤い炎に包まれて燃えあがる。
 予想にもしていなかったことに、僕はすぐモニターへと視線を向けるがそこには何も映らない。

「団体戦終了……? しかも全部東京校!」
「妙だな。烏達が誰も何も見ていない」

 冥さんの動揺は演技じゃない。ジジイのほうも同じ。あからさまではないが、先ほどまでの不気味な冷静さはない。
 ということはつまり……。

「GTGの生徒達が祓ったって言いたい所だけど」
「未登録の呪力でも札は赤く燃える」
「外部の人間……侵入者ってことですか?」
「天元様の結界が機能してないってこと?」

 夜蛾学長と歌姫、そして冥さんがそれぞれの考えを口にする。おそらく、そのすべてが正解。
 この非常事態に、さすがのジジイも重たい腰を上げる気になったみたいだ。

「外部であろうと内部であろうと不測の事態には変わるまい」
「俺は天元様の所に。悟は楽巖寺学長と学生の保護を。冥はここで区画内の学生の位置を特定。悟達に逐一報告してくれ」
「委細承知。賞与期待してますよ」

 夜蛾学長の指示を受け、冥さんは新たに呪力を捻出し始める。それに合わせるように僕も立ち上がった。

「ほらお爺ちゃん、散歩の時間ですよ! 昼ごはんはさっき食べたでしょ!」

 のんきな言葉を口にしたけれど、のんびり散歩をする気はさらさらない。
 一歩扉の外に足を踏み出せば、僕も……ジジイも歌姫も呪力を行使して最大速度で駆け出した。

(……いや、これは間に合わないか)

 校外に出れば、頭上で下りかけている漆黒の帳=Bけれどこれはフェイク。おそらく歌姫とジジイはまだ間に合う、なんてお気楽に考えてそうだよね。ああ、ほら。

「五条! 帳≠ェ下りきる前にアンタだけ先行け!」
「いや無理」
「はぁ!?」

 実質あの帳≠ヘもう完成してる。視覚効果より術式効果を優先してあるのか。いずれにせよ、帳≠ェ完成している以上、僕がどんなに素早く進もうが一旦行き止まりだ。あくまで、一旦≠セけど。

「ま、下りた所で破りゃいい話でしょ」

 半端な呪詛師が下ろした帳≠破るのは容易な話。トリッキーな仕掛けを組んだところくらいは褒めてあげてもいいけど、それだけだ。僕の前では意味がない。
 下りた帳≠フ目の前に着地して、手を伸ばす。漆黒の仕切りに指先を触れさせようとして……。
 電撃でも駆けたかと思わんばかりの不快音とともに、僕の指が弾かれた。

「……?」

 弾かれた指を見つめ、帳≠ノ編み込まれた術式に目を凝らす。

(なんだ、この違和感……。ただの帳≠カゃない?)

 一般的な帳≠ニは明らかに違う。帳≠フ中に編み込まれた呪力自体は量も質もたいしたものじゃない。僕を弾くなんて到底ありえないはずなのに……。

「ちょっと、なんでアンタが弾かれて私が入れんのよ」

 その答えを、歌姫がその身をもって示してくれた。

「成程」

 相手の考えを悟ってしまえば、自ずと口角が上がってしまう。よく考えたものだと、ある種、敵を賞賛する意味で。

「歌姫、お爺ちゃん、先に行って。この帳=c…五条悟≠フ侵入を拒む代わりにその他全ての者≠ェ出入り可能な結界だ」

 自分で言うのも何だけど、そうすれば足し引きの辻褄は合う。反論しないところからして、ジジイも歌姫も納得してるんだろう。
 それよりも問題は……。

「余程腕が立つ呪詛師がいる。しかもこちらの情報をある程度把握してるね」

 相当用意周到に準備した相手。これほどの策が練れるヤツらがこの帳≠フ中にいる。そしてその中にいるのは……まだ未熟な呪術師たち。

「ほら行った行った。何が目的か知らないけど1人でも死んだら僕らの負けだ」

 僕を排除してまで帳を下ろしたってことは、まず間違いなくヤツらは帳≠フ中の生徒たちを殺しにかかる。
 状況は少年院の事件とまったく同じだ。



『五条先生』



 嫌な予感を過らせるかのように、皆実の声が頭で響く。僕がいて、あの時と同じ結末になんか絶対させない。

(……敵もナメたことしてくれんじゃん)

 こんなもので僕を足止めできたと思ってんなら、上のジジイたちよりも頭が沸いている。

(さっさとコレをぶっ壊して……交流会を再開しないとね)

 皆実だけじゃない。他の大事な教え子たちも、誰1人死なせはしない。

「久々に……本気出しちゃおうか」

 冷静な思考を手繰り寄せて、僕は黒布を首元に下ろした。


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