自分のために 03
「遅いぞ、悟。8分遅刻だ」
夜蛾学長の待つ蔵へと3人でやってきた。
あれ? 遅刻?
時計を確認してみたら13時23分。
五条先生は13時半集合って言ってなかったっけ?
「アハハッ。15分も30分も一緒でしょ」
(一緒じゃない)
どうやら夜蛾学長の指定時刻は13時15分だったらしい。
私は即座に夜蛾学長に頭を下げた。
「すみません!」
「皆実が謝る必要はない。どうせ悟に適当な時間を告げられたんだろ」
「うわっ、偏見だ。ひっどーい」
「酷いのはオマエだ、悟。責める程でもない遅刻をする癖、直せと言ったハズだぞ」
夜蛾学長は小言を言いながら今日もカワイイを作っている。
やっぱりアンバランス。
隣を見たら、虎杖くんがまったく同じ考えを抱えた顔してた。
そんな私たちを放置して、五条先生は夜蛾学長のお説教にヘラヘラ答えた。
「責める程でもないなら責めないでくださいよ。どーせ人形作ってんだからいいでしょ、8分位」
反省する気ゼロだ。
8分はでかいよ、五条先生。
夜蛾学長も無駄だと思ったのか、お説教はやめて、虎杖くんに視線を向けた。
「……その子が?」
「虎杖悠仁です!! 好みのタイプはジェニファー・ローレンス。よろしくおなしゃす!!」
虎杖くんが元気に自己紹介する。
個性的な自己紹介だなぁ。
「皆実もなかなかに個性的な自己紹介だったよ。受かる気ゼロで」
「そんなことないと思いますけど」
思い返してみても、何が個性的なのか分からなかった。
私という人間をしっかり紹介したと思う。
「それより、誰ですか? じぇに……、なんだっけ」
「ジェニファー・ローレンス。スタイル抜群、巨乳美女だよ」
「へえ……」
虎杖くん、巨乳が好きなんだ。
反射的に自分の胸に視線を向けたら、別の視線を一緒に感じた。
「皆実も結構デカいよね」
「セクハラで訴えたいんですが」
五条先生の顔が完全に私の胸のほうに向いていた。
何度か着替えを見られてるけど、全然そういうことでからかってこないから胸のサイズとかあんまり興味ないのかと思ってた。
……のに。
「安心して。僕の好みなサイズだから」
「どこを安心しろと?」
日本語が難しすぎて頭を抱えた。
ていうか、そうだ。
今私が着けてる下着って全部五条先生が買い揃えてるんだった。
めちゃくちゃぴったりだし、サイズ把握してるんだよなぁ、この人……最悪だ。
私と五条先生がコソコソお喋りをする中、夜蛾学長は虎杖くんの面談を続ける。
「何しに来た」
「……面談」
「呪術高専にだ」
「呪術を習いに……?」
「その先の話だ。呪いを学び呪いを祓う術を身に付け、その先に何を求める」
「何っていうか、宿儺の指回収するんすよ。放っとくと危ないんで」
「何故?」
ああ、やっぱり出た。夜蛾学長の『何故』攻撃。
「はじまった」
五条先生もそう言ってクスッと笑った。
あれ、結構しんどいんだよなぁ。
「事件・事故・病気。君の知らない人間が日々死んでいくのは当たり前のことだ。それが呪いの被害となると看過できないというわけか?」
「そういう遺言なんでね。細かいことはどうでもいいっす。俺はとにかく人を助けたい」
虎杖くんらしい、絵に描いたような正義感。
でも夜蛾学長は不確かな言葉を良しとはしない。
「遺言……? つまり他人の指図で君は呪いに立ち向かうと? 不合格だ」
私の時と同じ。
その言葉と同時に、夜蛾学長の作った呪骸が立ち上がった。
「人形じゃなかったのか!?」
「『呪骸』……人形だよ、私の呪いが籠もっているがね」
喋っている間に、呪骸が虎杖くんに殴りかかる。
早すぎて私はすでに見失いかけたんだけど。
虎杖くんはしっかりその呪骸を捉えて、そのパンチをリュックで受け止めた。
「窮地にこそ人間の本音は出るものだ。納得のいく答えが聞けるまで攻撃は続くぞ」
「つーかそもそも他人じゃなくて、家族の遺言だっつーの!!」
虎杖くんはそう叫んで、ものすごい速さで襲いかかってくる呪骸を殴り返した。
「すご……」
「やるね。恵が認めるだけある」
虎杖くんの軽い身のこなしを見て、五条先生も楽しそうだ。
けど虎杖くんのパンチを反動にして、跳ね返ってきた呪骸がその勢いのまま虎杖くんにぶつかった。
ぶっ飛ばされた虎杖くんは壁に飛ばされる。
(受け身も上手い)
今のは気絶してもおかしくない打撃。
でも虎杖くんは頭を摩るだけ。
「家族も他人の内だろう」
呪骸の攻撃がいつ来るか分からない。
そんな状況下でも夜蛾学長の面談は止まらない。
「呪術師は常に死と隣り合わせ。自分の死だけではない。呪いに殺された人を横目に呪いの肉を裂かねばならんこともある」
呪霊によって引き起こされる事件の現場は悲惨。
それはこの身をもってよく知ってる。
転がる死体が人の形を留めていればマシな方。
「不快な仕事だ。ある程度のイカレ具合とモチベーションは不可欠」
自分の面談のときは必死だったから、あんまり考えてなかったけど。
夜蛾学長の言葉は現実に即した正論。
「……それを他人に言われたから? 笑わせるな。まだ死刑を先伸ばすためと言われた方が納得がいく」
「……! ざけんな、俺は」
「君は……自分が呪いに殺された時もそうやって祖父のせいにするのか」
私たちが無意識に考えてる矛盾を指摘してくる。
学長の名は本当に伊達じゃない。
「……アンタ、嫌なこと言うなぁ」
「気づきを与えるのが教育だ」
「俺は別に……」
答えようとした虎杖くんの左顔面に呪骸の右ストレートがくる。
でも虎杖くんは瞬間的にそれを察知して受け身をとった。
「皆実は悠仁に体術学ぶのもありかもね」
「虎杖くん、手加減しまくりそう」
「たしかに。巨乳好きだしね」
「叩きますよ」
「言う前から叩こうとしてんじゃん」
振り上げた手は五条先生に掴まれた。
私は心の中で舌打ちをして、虎杖くんに視線を戻す。
「死に際の心の在り様を想像するのは難しい。だがこれだけは断言できる。呪術師に悔いのない死などない」
瞬間、虎杖くんの纏う空気が少し変わった。
「今のままだと大好きな祖父を呪うことになるかもしれんぞ。……今一度問う。君は何しに呪術高専に来た」
正面から呪骸のパンチ。
虎杖くんは寸前でそのパンチを避けて、呪骸の身体を捕らえた。
一瞬の出来事。
瞬きする暇もなかった。
「『宿儺を喰う』。それは俺にしかできないんだって」
虎杖くんの静かな声が室内に響く。
「死刑から逃げられたとして、この使命からも逃げたらさ。飯食って風呂入って漫画読んで、ふと気持ちが途切れた時、『あぁ今、宿儺のせいで人が死んでるかもな』って凹んで」
まっすぐな虎杖くんの言葉が私の心に沈み込んだ。
「『俺には関係ねぇ』『俺のせいじゃねぇ』って自分に言い聞かせるのか? そんなのゴメンだね」
ちょっと前まで、呪いも知らないただの一般人だったのに。
そんなこと言えるなんてさ。
「自分が死ぬ時のことは分からんけど。生き様で後悔はしたくない」
強すぎるよね、虎杖くんは。
真っ直ぐな虎杖くんの言葉に、私は苦笑する。
夜蛾学長も少しだけ笑ったように見えた。
「悟。寮を案内……いや、この子もオマエの家か」
「え? 悠仁は寮ですよ」
「は?」
夜蛾学長が頓狂な声を出す。
(やっぱりそう思うよね)
私も夜蛾学長と同じ考えだったから、今朝部屋の片付けをしてた。
執行猶予つき秘匿死刑の要監視対象。
虎杖くんの処遇は私と一緒だから、当然五条先生の家で一緒に暮らすことになるんだと。
「いやいや、僕の家にはもう皆実がいるし。歳頃の男女を同じ屋根の下に住ませちゃダメでしょ」
「オマエと2人で住ませてる方が余程心配だが?」
「え、なんで? 僕最強なのに」
「俺はたまにオマエの倫理観が怖い」
夜蛾学長は頭を抱えてる。
でも学長の力をもってしても、私と五条先生の2人きりの同棲生活に終止符は打てなかった。
「もういい。……悟、寮を案内してやれ。それから諸々の警備の説明もな」
改めて、五条先生に指示を出し、夜蛾学長は虎杖くんに握手を求める。
「合格だ。ようこそ呪術高専へ」
そんな夜蛾学長に虎杖くんも手を伸ばそうとする。
あれ? 待って。たぶん、まだその呪骸……。
「虎杖くん、待って!」
「よろっ、ブッ!!」
私が言い終わらないうちに、解放された呪骸が虎杖くんを殴った。
私は少し早めに動いていたから、そのまま虎杖くんに駆け寄って、呪骸に触れた。
夜蛾学長の呪力が私に流れて、呪骸がただの人形に変わる。
「あっ、スマン。術式解くの忘れてた。ありがとう、皆実」
夜蛾学長が少し申し訳なさそうな顔をしてた。
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