自分のために 02

「スゲー山ん中だな。ここ本当に東京?」

 分かる。私も同じ反応した。
 虎杖くんとは馬が合いそう。

「東京も郊外はこんなもんよ?」

 高専の中を歩きながら、五条先生が答える。
 わりと毎日来てるけど。
 高専の中はいつも新鮮。
 仕組みはいまいちよく分かってないけど。
 偉い人が毎回高専の中の配置を変えているらしい。
 虎杖くんは一通り辺りを見渡すと、何かを思い出したような顔をする。

「伏黒は?」
「術師の治療を受けて今はグッスリさ」

 伏黒くんとは昨日のあれ以来、会っていない。

(……心配させちゃったこと謝らないとなぁ)

 後で五条先生にお願いして、寮に寄らせてもらおう。
 そんなことを思いながら、狭い小道を3人で歩く。
 向かう先は私がはじめて高専に来た時と同じ。

「とりあえず悠仁はこれから学長と面談ね」

 面談、と言う名の入学試験。
 懐かしいなぁ。
 夜蛾学長、虎杖くんにも質問攻めするのかな。
 何故何故攻撃。

「下手打つと入学拒否られるから頑張ってね。ちなみに皆実は一回不合格って言われてるから」

 五条先生が笑う。笑い事じゃないんだけど。
 でもあの学長の面談は本気で挑まないとマジで落とされかねない。

「頑張ってね、虎杖くん。夜蛾学長の面談わりとマジでやばいから。普通に不合格って言ってくるから」
「ええっ!? そしたら俺即死刑!?」

 虎杖くんが珍妙な顔で叫んだ。
 まあ、そういう反応するよね、分かる。
 私もそうだったなぁ。
 入学できると思って来てんのに、まさか拒否られることがあるとは思わないよねー。
 うんうん、と頷く私の耳に聞いたことのある声が届いた。

《なんだ、貴様が頭ではないのか》

 ん? この声……。
 虎杖くんの方をチラリとみたら、虎杖くんの頬に口が浮かんでた。

《力以外の序列はつまらんな。……ん、そこにいるのは皆実か。今日も変わらず良い香りだ。悪くない》

 ニヤリと口が笑った瞬間、虎杖くんがバチンと自分の顔を叩いた。

「悪い先生、皆実。たまに出てくるんだ」

 昨日も私たちの前に勝手に出てたけど。
 虎杖くんは気絶してたから、それを知らない。

「愉快な体になったねぇ。勝手に女子を口説く変態呪霊が棲みついて」

 最後の方のセリフはほぼ感情がこもってなかった。
 普通に怒るより怖い。
 私は前回の反省をいかして、両面宿儺の言葉には反応しないことを心に決めてる。抜かりはない! ……って、うわ!!

「皆実、そこ足場悪いから気をつけてね」

 五条先生言うのが遅いよ。
 ぬかるんだ地面に足が滑って、虎杖くんのほうに倒れそうになる。

「わわっ!」
「皆実、あぶねっ!」

 なんとか踏ん張って虎杖くんに倒れ込まずに済んだんだけど。
 私を受け止めようとした虎杖くんの顔が間近にあって。
 瞬きしたら、眼前にある虎杖くんの頬に口が現れた。

 レロッ

 唇に生暖かい感触が触れる。
 と同時、五条先生が虎杖くんの頬をバチンと叩いた。

「ごめんね。悠仁に対して悪気はないんだけど」
「大丈夫。俺もコイツ叩こうとしてた」
《クククッ、想像以上に美味だな、皆実》

 再び虎杖くんの顔に現れた両面宿儺がゲラゲラと笑った。
 全然理解が追いついてないんだけど。

(もしかして、私……宿儺に唇舐められた?)

 呆然とする私を前に、虎杖くんが自分の頬をまた叩いた。

「悠仁。ソイツ、表に出さないようにできる?」
「俺もそうしたいんだけど。言うこときかねーんだよ」

 虎杖くんが溜息を吐くと、今度は頬を押さえてる虎杖くんの手に口が現れる。

《そう逸るでない。貴様には借りがあるからな》
「あっまた!!」
《その娘を貴様から奪う日もそう遠くない。皆実、俺にすべて委ねる準備をしておけ》

 反応しちゃダメだ。
 私のその意図を読んでか、口は言葉を続ける。
 
《言っておくが、俺は此奴よりも強いぞ》

 本当余計なことばっか言う口。
 そもそも昨日五条先生が怒ったのもコレのせいだし。
 私はわざと大きなため息を吐いた。

「こっちも言いますけど、私は強ければ誰でもいいってわけじゃありませんから!」
《ならば、貴様の望むモノをくれてやるだけだが?》
「だからそういう意味じゃ……っ!」

 私が言い返そうとすると、五条先生が私の顔ごとグイッと引っ張った。

(……え?)
「五条先生!? ちょ……っ、え! 何やってんの!?」

 虎杖くんが顔を真っ赤にして取り乱してる。
 私の目の前には五条先生の顔があって。
 キス、なんて。
 嘘でしょ、虎杖くん見てるんだけど。

「んんーーっ!!」
「黙って消毒されなよ。……それか、その無防備どうにかしろ」
「む……ぅ、ん」

 言い返そうとして開いた私の口に、五条先生の舌が入りこんだ。

《ほう……いい顔をする。ますます俺のもとに下る姿が見たいものだ》

 宿儺が笑うと、五条先生は私から唇を離して。
 満足げに宿儺を見た。

「皆実は僕にしかこんな顔しないよ。残念でした」

 ベーッと舌を出して、五条先生は宿儺を挑発する。
 けれど宿儺はそんな挑発に乗ることなく、あくまで愉快そうに。
 
《小僧の身体、モノにしたら皆実を奪って、真っ先に殺してやる》

 五条先生に向かってしっかりと呪いの言葉を吐いた。
 対する五条先生も余裕そうに。

「宿儺に狙われるなんて光栄だね」

 五条先生がそう答えると、虎杖くんは自分の手をパシッと叩いた。

「……俺、生チュー初めて見た」
「今すぐ忘れて」

 虎杖くんの顔がまだ少し赤い。
 でもきっと私のほうが真っ赤だと思う。
 本当、最悪。

「つーか、皆実ごめんな。五条先生とそういう関係なのに、コイツが勝手に……その、キス、して」
「そういう関係じゃないし、虎杖くんのせいじゃないからいいよ。この話やめよう」

 早口で言ったけど、虎杖くんは後半の私の発言は無視した。

「え!? 付き合ってないのにチューしたの!? 先生!?」
「ま、僕達にもいろいろあるんだよ」

 五条先生はアハハと笑って軽ノリで答える。
 頼むから余計なことは言わないでくれ。

「全然わかんねーけど。……でも、皆実はなんで宿儺に狙われてるんだ?」
「いやぁ、ほんとだよね。あの両面宿儺に口説かれるなんて何したんだか」
「何もしてないです」
「あの、って……やっぱコイツ有名なの?」

 虎杖くんが素朴な疑問を口にする。
 たしかに私も、五条先生の話とか、虎杖くんの待遇でなんとなく両面宿儺がヤバい呪いって思っただけで。
 実際どうやばいのか知らない。
 私も気になって、五条先生を見上げると。
 五条先生は真面目に答えてくれた。

「両面宿儺は腕が4本、顔が2つある仮想の鬼神。だがそいつは実在した人間だよ。千年以上前の話だけどね」

 腕が4本もあって顔が2本なんて。
 全然想像つかないんだけど。阿修羅蔵的な?

「呪術全盛の時代、術師が総力をあげて彼に挑み敗れた。宿儺の名を冠し死後呪物として時代を渡る死蝋さえ僕らは消し去ることができなかった。紛うことなき呪いの王だ」

 呪いの王。
 五条先生にそう称させるってことはよっぽど……。

「先生とどっちが強い?」

 虎杖くんが尋ねる。
 私も不安に思って五条先生を見た。

「うーん、そうだね。力を取り戻した宿儺なら、ちょっとしんどいかな」

 五条先生にしては弱気な発言。
 それくらい、両面宿儺は強力な呪いってこと。
 分かってはいたけど、でも。

「負けちゃう?」

 私の不安を虎杖くんが代弁する。
 俯いた私の頭には五条先生の手が乗った。

「勝つさ」

 私を安心させるような五条先生の温もりが流れてくる。
 本当、こういうところがずるいんだよ。



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