はじめての平穏 06

 心身ともに忙しかった入学初日。
 あっという間に過ぎた1日の最後に待つのは、五条先生の夕食採点タイム。

「このたまごスープ、殻が入ってるんだけどそういう料理? ハイセンスだね」
「すみません。でもまあ殻割ってるんですから破片が入ることくらいありますよ」
「溶くときに気付くよね?」
「気づかなかったから入ってるんですよ。すみませんってば」

 当然のごとく今日も酷評された。
 正直、私は別に料理得意なわけじゃないし。
 なんなら五条先生の料理美味しいし。
 どっちが作ったほうがいいかなんて明白なのに、絶対私がキッチンに立たされる。
 
「できる僕がやっても皆実が成長しないじゃん。何事も練習だよ」

 というのが五条先生の言い分だ。
 反論してみても結局論破されるから無駄なことはやめた。

「それより、入学初日はどうだった?」

 食後のカフェオレを飲みながら、五条先生が尋ねてくる。
 どうだったか、って聞かれると。

「疲れました」
「アハハッ、真希に散々吹っ飛ばされたもんね」

 五条先生は思い出して笑ってる。
 我ながらいい吹っ飛ばされっぷりだったと思う。

「でも、楽しかったです」

 久しぶりに呪いの声を気にせず過ごした気がする。
 高専の外の、微量な誰かの呪いは流れてたけど、距離が遠過ぎて呪いの声は小さかった。
 ただ一人、間近で微量な呪いを放ってた人がいたけど。

「真希先輩も、呪力がコントロールできないんですね」

 真希先輩の呪力だけは触れてもないのに私に流れてきていた。

「皆実とは少し違うよ。真希の身体に呪力は流れない。非呪術師と同じで生まれた呪力は漏出してる。……真希の近くはきつかった?」
「いえ。……真希先輩の呪いは、真希先輩らしかったので」

 真希先輩の負の感情は、真希先輩自身がすでに口に出していたものと同じだったから。
 全然陰湿じゃなくて、私を苦しめなかった。

「明日また学校に行くのが楽しみだって、そんなこと初めて思いました」

 そんな私の言葉を、五条先生は笑わなかった。
 小さな声で「そっか」なんて、珍しくそっけない返事で。

「あ、そうだ。皆実、デザートあるから食べようか」

 五条先生は話を切り上げるみたいにして、冷蔵庫のほうへ向かう。
 さっき夕飯を作った時に冷蔵庫にはデザートなんてなかった気がするけど。
 私が首を傾げてると、五条先生が小さな白い箱を持って戻ってきた。
 そういえば、そんな箱が冷蔵庫の中に不自然に置いてあった気がする。

「はい、どうぞ」

 私の目の前に小さな箱が置かれ、五条先生がその蓋を開ける。

「遅くなったけど、入学おめでとう」
 
 苺のショートケーキ。
 ケーキを載せたゴールドのトレーにはチョコペンで『入学おめでとう、皆実』と書いてあった。
 お祝いのケーキなんて、何年ぶりだろう。
 最後にこんなふうに祝ってもらえたのは、いつだっただろう。

「皆実、美味しい?」

 ほんとずるいなあ、この人。
 こんなの美味しいに決まってるじゃん。
 声に出したら泣いちゃいそうな気がして、うんうんって頷くことしかできなくて。

「これからたくさん、いろんなことをお祝いしよう」

 約束も、未来の話も大嫌いだったのに。
 期待しちゃう私はやっぱり五条先生に毒されてる。


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