流呪操術 03

 それから2日間。
 私は五条先生の家から出ることを許されなかった。
 出て行こうにも寝室とキッチンとトイレ以外、外に出る扉はもちろん、他の部屋にいくための扉も全て外側から鍵がかけられて開けられなかった。

 でも困ったなあ。
 これからもずっと外に出られないのかな。
 監視下ってつまりそういうことなんだろうけど。

 お皿を洗いながら考える。
 2日間作らされた食事に対する五条先生の発言は「うーん、60点? あ、でもこの目玉焼きは70点くらい」「顔は100点なのにねえ」「うん、普通」以下略。
 いずれの発言のときも笑顔だった。

 そんな評論家先生は今どこかへ出かけてる。
 呪いでも祓ってんのかな。
 そしてそのままご飯食べてくればいいと思う。

「ま、外に出ても私にはあんまりいいことないけど」

 この部屋は静かだから、居心地がいい。
 だからどうにかして外に出たいってわけではないけど。
 うーん……。

「五条先生と暮らすってのがなあ……」
「ドキドキしちゃう?」

 驚いてビクッと肩が揺れた。
 視線を横に向けると、五条先生の顔が間近にあって。
 思わず飛びのこうとしたけど、五条先生に腰を抱かれた。

「お、おかえりなさい……」
「うん、ただいま。ね、僕と暮らすのが何?」
「あはははは、幸せだなあって」
「うんうん、そうだよねー。そんな皆実にさらに幸せプレゼント。じゃっじゃーん」

 そう言って五条先生は私の腰を抱いたまま私の身体ごと向きを変えた。
 同時に体を解放される。
 眼前には衣装を着たマネキン一体。

「これどうやって持ってきたんですか」
「ん? こう、脇に抱えて」
「変質者すぎません?」

 ああまた五条先生の調子に乗せられてる。
 冷静になれ、私。
 冷静に、落ち着いて。
 私はマネキンの頭から足先まで半目で見つめた。

 黒基調で金色のボタンがついた学ランのような上衣。
 でも襟元は白地のセーラー服みたいになっていて。
 プリーツタイプのスカートは丈がやや短めで、腰元に白のベルトがついている。
 脚元はニーハイソックスにショートブーツ。
 見るからに……。

「コスプレ衣装か何かですか?」
「アハハッ、違うよ。これ、高専の制服」

 ああ、五条先生は教師なんだった。
 えと、東京都立呪術高等専門学校……だっけ。
 にしてもやたら着る人を選びそうな制服だなあ。

「誰かに届けるんですか?」
「うん。届けにきた」
「ん?」

 さっきからなんでこう話が噛み合わないんだろう。

「これ、皆実の制服だから」
「どうしよう、全然要領を得ないんですが」
「えぇ、皆実って意外とおバカ?」

 どうしよう。めちゃめちゃイライラするんだけど私カルシウム足りてないのかな。

「まあ、そう怒らないでよ。怒ってもかわいい顔なの本当にすごいよね。写真撮っとこー」

 カシャリとまた音がする。
 もういいや、怒ったところでこの人が楽しいだけだ。

「私、高専に通うんですか?」
「うん。そっちのほうが監視しやすいからね」
「私、呪いを祓ったりとかできませんよ」
「溜めるしか能ないもんねー……ってウソウソ。怒んない怒んない」

 五条先生のケラケラ笑いは止まらない。
 なんでも与えられた代わりに、この人はこの性格でみんなに嫌われるんだろうなあ。

「今失礼なこと思ったでしょ?」
「失礼なこと言いまくってる人がそれ言いますか?」
「たしかに。……で、本題に戻すけど」

 人をからかっていたかと思えばふと真面目なムードに切り替える。
 オンオフの切り替えが上手すぎてこっちがついていけない。

「皆実には高専に通ってもらう。呪力がある以上、その基礎知識と制御方法は知っておくべきだ。特に皆実の場合、呪力の制御は必須。制御できれば怪我をして流れる血に呪力を含ませないことだって可能だよ」

 何も考えてないみたいな顔してたくせに。
 この人はやっぱり先生なんだ、って納得してしまった。
 悔しいけど、この人の言う通りにしたら間違いない気がして。
 そりゃあ、この制服を着るのは気後れするけど。

「分かりました」
「うん。物分かりがよくて助かるよ」

 五条先生は私の頭を撫でる。
 でも何かを思い出したらしく「あ」と声をあげた。

「一応学校だからさ、実践任務とかあるわけだけど。…… 皆実は呪力コントロールできるまで術式使うの禁止ね」
「……術式とか使えませんけど」

 反論すると、五条先生は私の顔に自分の顔を近づけた。
 反射的に距離を取ろうとしたけど、やっぱりそれは五条先生に阻止された。
 私の頬を支えて、五条先生は自分のサングラスを外す。
 綺麗な瞳には嘘つきな私の顔が映ってる。

「僕の眼、誤魔化せると思う?」

 知らないよ、そんなこと。


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