固陋蠢愚 06
※皆実視点
目を覚ましたら、身体が軽くなっていた。
似た感覚をもう何度も経験している。
ただいつもと違うのは……この身を軽くしてくれたのが五条先生ではないということ。
たったそれだけだけど、それが何よりも重大だった。
視線を下げると、ベッドの縁に腰掛けて目を閉じている七海さんが目に映る。
ゆっくり身体を起こせば、その微かな動きを察知して、七海さんがこちらに視線を向けた。
「……おはようございます」
恐らく、眠っていないのだろう。
七海さんの目の下にはいつもよりも濃い隈が刻まれていた。
「七海……さん」
寝不足の顔も、その心配そうな顔も……全部、私のせい。
ツギハギの呪力に当てられた私を七海さんが介抱してくれた。でも実際にどんなふうに介抱されたか、記憶が曖昧だった。
それでも、その曖昧な記憶の中で……私から七海さんに迫ったことだけは、ハッキリと覚えてる。
だから、最低な迷惑をかけた自覚はちゃんとあって……。
「あの……」
謝って済む話じゃない。
けど、謝らずにもいられなくて。
「ごめ……なさ……っ」
掠れた声で告げようとした謝罪は、七海さんに阻まれた。
私の身体を労るように、七海さんが優しく私を抱きしめてくれている。
「こればかりは謝り始めたら互いにキリがありませんよ」
呪われた私を許すみたいに、七海さんの大きな手が私の頭を撫でてくれた。
「アレだけお小言を言っておいて、アナタの自己犠牲がなければ私は死んでいました。……今回の件は、アナタをちゃんと守れなかった私の責任です」
そんなわけないのに。
悪いのはどう考えても弱い私なのに。
やっぱり七海さんは、七海さんで。
「なので私の方から一言だけ、謝罪を。……でも、家で休んでいなさいという私の指示を破ったことだけは後でお説教ですからね」
そう告げる声音があまりにも優しいから、また涙が出た。
溢れてくる涙を、七海さんの指がすくって。
困り顔の七海さんが歪んだ視界の先に映る。
「もう……泣かないでください。アナタが泣きたくなるようなことをした自覚はありますけど」
「ちが……います……そうじゃ、なくて」
むしろ私が七海さんに酷いことをさせてしまったことが悔しいんだよ。
私の呪いを直にくらって、七海さんだって平気なはずない。
私の呪いで、七海さんが七海さんじゃなくなるのは……嫌だよ。
『美しい少女が絶望している姿を見る方が、楽しいよ』
もう大好きな人が、変わっちゃう姿は見たくないよ。
「七海さん……」
「……はい」
向かい合った私を、七海さんがまっすぐ見つめ返してくれる。
「七海さんは……変わらないでください」
優しくて、でも私を甘やかしすぎない。
そんな七海さんのままで、いてほしくて。
私の願いを聞いた七海さんは、小さく息を吐くようにして笑った。
「ええ。……変わりませんよ」
何の確証もない答えなのに。
気休めの言葉でも今はただ安心が欲しくて。
七海さんの胸に顔を埋めた。
そんな私の頭を、尚も七海さんは優しく撫でてくれて。
七海さんの温もりを、私はしばらくの間手放せなかった。
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