反魂人形 06
日が落ちていく時間帯。
TDLのときもそうだった。
夕暮れ時はどうしても、楽しい時間の終わりを知らせるみたいで寂しくなる。
(五条先生との旅行も……もう終わり)
そんなことをしみじみ考えてしまって、五条先生のことを見上げるけど。
隣にいる五条先生は終わりなんて全く考えてないみたいに鼻歌なんて歌ってた。
「ロープウェイってテンション上がるよねー。箱ごと揺らしたくなる」
私は五条先生に連れられるまま、ロープウェイに乗ってる。
高台に向かう小さな箱の中、五条先生は「揺らしたくて仕方ない」とウズウズしてる。
「絶対にやめてくださいね。壊れて落ちたら死にますから」
「そうなんだよねー。僕は落ちないけど皆実は落ちちゃうもんね」
「落ちるのが普通なんですよ」
そもそも乗ってるのは私だけじゃない。
一般人もいる中で空中を移動してる小さな箱を、こんなデカい大人が揺らしたら、おそらく通報される。
もし壊れて落ちたらそれこそ殺人鬼でしかない。
「ちぇー……あ。ほら、皆実。さっき僕たちがボート漕いでた池、アレだよ。もうあんなに小さい」
五条先生が指差す方を窓から覗くと、綺麗な水面が遥か下方に見える。
ボートを漕いでた時は広い池に見えたのに、上空から見下ろせば、私の掌に収まってしまいそうなくらいに小さい。
「綺麗な景色ですね」
「うん。この山頂の展望台から見下ろす夜景はとにかく絶景らしいから、早めに来てみた」
五条先生から渡された観光パンフレットにもそう書いていた。
日本有数の絶景の一つで、札幌観光では絶対に訪れるべきポイントだって。
カップル向けのスポットでもあるらしく、周囲を見渡せば男女のペアでロープウェイに乗っている人が多い。
「皆実、キョロキョロしちゃダメだよ」
ロープウェイの中を見渡していたら、五条先生に頭ごと引き寄せられて、五条先生の肩に頭が乗った。
「五条先生……」
「もちろんイチャつきたくてしてるけど。それだけじゃなくてさ、そことそこのカップル、男の方が皆実のことチラチラ見てるから、そろそろ女の子の機嫌が悪くなると思ってね」
言われて五条先生が告げたカップルに視線を向けたら、私と同い年くらいの高校生カップルと大学生くらいのカップルが目に映った。
たしかに、その2人の男の人たちとは何回か目が合ってたけど。
「はい、僕以外を目に映さなーい」
そのまま目まで塞がれて、何も見えなくなった。
せっかく景色を見に来たのに、これじゃあ何も見れない。
「ロープウェイから降りたら解放してあげる」
耳元で五条先生の声が降ってくる。
目を塞がれてるから、五条先生がどんなふうに私に囁いてるか分かんないけど。
ざわついてる空気と、五条先生の髪が掠める頬が、距離感を教えてくれてる。
「今は僕のことだけ考えてドキドキしてなさい」
言われなくてもドキドキしてるよ、先生のバカ。
◇◇◇
山頂にたどり着いたときには、ちょうど日が落ちて。
空はもう暗くなっていた。
「皆実」
辺りをキョロキョロしてる私を、迷子にならないように捕まえて。
五条先生が手を繋いでくれた。
指を絡めて、まるで恋人同士みたいに。
「嫌?」
私の顔を覗き込んで五条先生が尋ねてくる。
こんな場所で、こんなふうに手を握っていたら、他人からは恋人のように見えてしまうだろう。
でも、私はそれが……。
「嫌じゃ、ないです」
むしろ、嬉しいなんて……思っちゃって。
握り返した手が、言葉以上に想いを伝えてるの。
だから私の可愛げのない返事も、五条先生は笑ってくれて。
「じゃあ、そのままこっち」
胸の高鳴りが、繋いだ手を通して五条先生に伝わってる気がした。
五条先生と手を繋いで、展望台へ向かう。
もうすでに、寄り添いあって夜景を眺める人でそこは賑わっていた。
「……すごい」
空いている場所に、五条先生と2人で行って。
胸のあたりの高さの柵に、私は手を乗せる。五条先生は腰をかがめ、柵に頬杖をついた。
サングラスを少しずらして、五条先生は目の前で広がる景色に、口笛を鳴らす。
「うん、コレは来た甲斐あるね」
街に星が降っている。
街の明かりが、まるで意図的にライトアップされているかのように、綺麗に街を彩っていた。
『綺麗……』
『虎杖と釘崎はスゲェ喜びそうだな』
TDLのパレードと同じような煌めき。
でもあの時は賑やかで、今はとても静か。
同じ煌めきだけど、見え方は全然違って。
「……五条先生は、キラキラした世界をいっぱい知ってるんですね」
綺麗な景色を見下ろして、五条先生に告げる。
呟くような私の言葉に、五条先生は小さく笑った。
「そうだね。ま、都会はキラキラしたもので溢れてるからさ。ここまで綺麗なのはなかなかないけど。……でも、皆実は田舎育ちだから、星がこれくらい綺麗だったんじゃない?」
煌めく景色を見下ろしたまま、五条先生が問いかけてくる。
でも私の頭には、昔住んでいた場所の夜空が思い浮かばなかった。
「……意識して空を見上げたことなかったです」
思えばいつも俯いていた。
見上げるときにはいつも、傑さんがいて。
だからかつて私が見上げた空は、いつだって傑さんでいっぱいだったの。
「誰も来ない丘の上で……いつもこんなふうに、傑さんと景色を見ながらお話してました。……見えた景色は今と比べ物にならないくらい質素でしたけど」
明かりなんてほとんどない暗い街を見下ろして。
虫の鳴き声が響く、森の中で。
傑さんと見ていたあの景色が、私はとても好きだった。
「まーた、他の男のこと考えてるし。しかも傑ってさぁ……今一番思い出しちゃダメなヤツだよ」
五条先生がわざとらしく大きなため息を吐いた。
「でもまあ……皆実の『1番』はアイツに取られてるから仕方ないか」
薄く笑んだ五条先生に、言いたいことはたくさんあった。
でも喉のすぐそこまで出かけた言葉は全部、吐息になって消えていく。
私の『1番』の居場所が、もう傑さんじゃなくなってるって。
言いたいのに、今の私じゃそれを口にすることは許されない。
「……皆実」
泣きそうになった私の頬に触れる、五条先生の手は温かくて。
五条先生の瞳はサングラスに隠れて、私にはやっぱり見えないの。
「約束だろ。泣かないって」
まだ、泣いてない。
言い訳するけど、泣きそうなの。
だってこんなにも好きなのに、五条先生を裏切ってる私にはやっぱりそれが言えないんだよ。
「……皆実にはさ、僕の世界で心の底から笑ってもらいたいんだよ」
それは、私と五条先生のはじまりの約束。
「どんなに周りくどいことしても、必ずその約束を守るって……僕は僕に誓ってる」
自分に誓っているから、誰に何と言われても五条先生はその意志を変えないんだって。
五条先生の確かな気持ちが伝わってくる。
「今のままじゃ、皆実は心の底から笑えないだろ?」
一度死ぬ前、たしかに私は笑えてた。
心の底から、今が幸せだって思えてた。
でも生き返ってから、また呪いに怯えて、うまく笑えない私がいる。
五条先生がバカやって笑わせてくれても、やっぱりそこには微かな遠慮が混ざってしまって。
今の私は、五条先生のそばで……心の底から笑うことはできない。
そのことを、五条先生は私以上に理解してるんだ。
「だから……ちょっとだけ、僕と離れてみよっか」
触れたままの手が優しく私の頬を撫でる。
五条先生の指に、私の目からこぼれた雫が伝った。
「また勘違いしてるだろ」
勘違いかどうかも、分からないよ。
でも五条先生と離れなきゃいけないって、それが事実なら……それは『お別れ』以外の何でもないじゃん。
勘違いなんかじゃなくて、それが事実じゃんか。
でも五条先生は全然申し訳なさそうな顔してなくて。
触れた手が、いつもと変わらず優しくて。
私の涙を拭いながら、五条先生はいつもみたいに私のことをバカにして笑う。
「本当にちょっとだけ。……僕のことを考えずに過ごしてみてよ」
そんなの、無理に決まってるじゃん。
こんなにも、頭の中は五条先生でいっぱいなのに。
「今、無理とか思ったでしょ。それだよ。そういう思考になってるのがダメなの」
諭すように言って、五条先生が私の額を人差し指で突く。
「笑顔を消してでも僕のそばにいるんじゃなくて、笑顔を消さずに僕のそばにいてよ。僕は僕の隣で笑ってる皆実にそばにいてほしい」
それは拒絶なんかじゃなくて。
心の底からの願いだ、と。
そう告げるように五条先生の手が私の手を強く握った。
「嫌いだからとかじゃなくてさ、呪いも考えずに……皆実が純粋に僕のことを好きになれるように」
この笑顔が呪いの作ったものじゃないって。
呪いに怯えずに、呪いのせいだなんて思わずに。
五条先生に好きになってもらいたいって。
私もそう思うよ。
「少しだけ、僕のことを忘れられる場所で過ごしてみて」
五条先生のことを忘れられる場所なんて、きっとこの世のどこにもないのに。
それが五条先生の願いなら、断ることなんてできないじゃん。
「大丈夫。僕は絶対に迎えに来るよ。皆実に会えなくても、僕は皆実のことだけ考える。僕は皆実と違って、他の女を抱いたりしないし」
そんなこと、わざわざ言わなくていいのに。
でもその言葉がバカみたいに私を安心させてくれるの。
「僕はこれから先ずっと、皆実だけを想うよ」
五条先生は握ってる私の手を離す。
代わりに五条先生の腕が私の首に回って。
冷たい感触が私の首に落ちた。
「……これ」
視線を下げれば、私の首に指輪がぶら下がってる。
「首輪だよ。……放し飼いにするけど、野良猫にするつもりはないから」
その指輪に触れてみれば、内側に【Unlimited】の文字。
刻まれた言葉は、それが五条先生の証であることを主張していた。
「皆実」
綺麗な夜景を背景に、シンプルなリングがキラキラと光ってる。
そのキラキラが、私の霞む視界で揺れてるの。
「僕は、ちゃんと誓うよ。僕の気持ちはこの指輪に込めた」
私がまた、ちゃんと笑えるようになったら。
迎えに来てくれるって。
「だからオマエも、呪いに負けない呪術師になれ」
次に五条先生のもとへ帰るとき、強い私であるように。
込められた願いが、触れた指輪に刻まれていく。
「強くなれ」
嘘つきな私の、真実だけを求めて。
五条先生が私にキスをする。
「そんで……僕と誓える皆実になってよ」
別れのキスは、ざわめきと無数の光の元で、甘く溶けた。
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