情 08

 気づけば、薄暗い部屋の中に陽の光が差し込んでいた。

「……ぅ……ん」

 意識を取り戻す度に繰り返した五条先生とのキスも。
 朝日が昇ってしまえば、もう終わりのタイミング。

「皆実……悠仁がそろそろ起きるよ」

 私のことを見下ろして、五条先生が優しく言ってくれる。
 その顔はほんの少しだけ、疲れてるように見えた。
 でもそれも当然なの。
 私が意識を手放しても、五条先生は眠らずに私のことを見守ってくれていて。
 私が目を覚ます度に、私が満足するまで抱きしめてくれたから。
 疲れさせたのは私なの。
 私のせいで、一睡もできなかったはずなのに。

「……まだ……足りない?」

 足りることなんて、ありえないんだよ。
 でもこれ以上、私を甘やかしちゃダメだよ。

「……もう……タイムリミット…ですよね」

 五条先生に触れるだけのキスをして、私は五条先生の体を解放した。
 首に巻きつけていた腕を解いて、五条先生から目を逸らす。
 見つめていたら、どうしても求めてしまうから。
 その瞳を見ることなく、私は目を閉じた。
 そんなどうしようもない私の頭を、五条先生はあやすように撫でてくれる。

「……水、とってくるね」

 本当は、私がしなきゃいけないことなのに。
 五条先生がベッドを軋ませて、立ち上がる。
 サイドテーブルに置いていたスマホに手を伸ばして。
 そのスマホを弄りながら、五条先生は静かに部屋を出ていった。

「……五条先生」

 ベッドの上、起き上がって座り込む。
 五条先生の出て行った扉に、背を向けて。
 私以外誰もいなくなった部屋の中は、とても静かで、とても寂しい。
 布団を手繰り寄せれば愛しい香りが鼻腔いっぱいに広がった。

「……私、もう変になっちゃってるよ」

 呟いた言葉が部屋に木霊して、ひとりぼっちの私に返ってくる。
 変なの。
 五条先生が少し離れただけで、不安なの。
 呪って、依存して、五条先生の香りを抱いてないと、苦しいの。
 壊れた感情が、五条先生を求めることをやめてくれない。
 でもそれも全部、私が望んだ結果だった。

「……っ」
「また、泣いてるし」

 いつのまにか戻ってきた五条先生が、後ろから私のことを抱きしめた。
 五条先生の手にした水のペットボトルが、私の身体に触れて冷たい。
 身震いしたのは、そのせいなの。

「今度は何に泣いてんの? 僕がいなくなって、そんなに嫌だった?」

 呆れた声が、それでも私を安心させる。
 そばにいてくれるだけで、こんなにも心が落ち着くの。

「……オマエも、寂しんぼか」

 誰と一緒にしたのか、私には分からない。
 でも五条先生の頭に、私以外の誰かが浮かぶのも嫌なの。

「皆実」

 五条先生の、静かな声。
 泣いてる私の頭を何度も撫でて。
 そして、そのまま……私の頭を横に向かせた。

「……ぅ」

 横から現れた五条先生の顔。
 触れ合う唇が、悲しいくらいに、私の呪いを奪って。

「……僕と一緒に、北海道へ行こうか」

 唐突な提案は、確かな思惑を宿していた。


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