#18、強引な男
世の女性というものは、ちょっとぐらい強引な男のほうが好きらしい。
情報もとは、屋敷に働く侍女達だ。
強引に迫られたほうが、女性もどきっとして胸がときめくらしい。
「お坊ちゃま、どうぞこちらのドリンクを」
ハンスが木の杯に入った何かを差し出してきた。深緑色を通り越して、なんだか黒い液体が入っている。
「これは?」
「いつもの滋養にいい薬湯です」
おいしくない薬湯を飲み干した。体が弱い僕は、幼いころから薬湯を毎日飲んでいる。
「いつもと薬、変えたの? 味が違うけれど」
「はい、今日は旦那様が異国より手に入れた丸薬を潰して混ぜてみました」
反射的に吐きそうになった。
「それ……、飲んで大丈夫なの? お腹を壊さない?」
「私が毒見済みです」
ハンスは執事の鑑だ。僕はハンスへと木の杯を返した。
昼過ぎ。
僕は、強引な男、というものを実践してみることにした。
試す相手は当然、ブルーベルだ。
効果があればそれでいいし、効果がなければそれはそれで構わない。というのも、ブルーベルの好みが強引な男ではない、というのがわかるからだ。
今回は僕の部屋ではなく、庭園に面した一階の空き部屋で遊ぶことにした。いつもと違う環境ならば、進展があるかもしれないと思ったからだ。
今日こそは、ブルーベルが持つ空気に流されない。
ブルーベルと恋仲になるんだ!
僕は心に強くそう決心すると、窓から庭園を眺めているブルーベルの隣へ立った。そして、強引にブルーベルの肩を抱く。
「ブルーベル、庭園ばかり見ていないで僕を見てよ。そろそろ僕の相手もしてほしいな」
「ウォルド?」
「ほら、こっちにおいで。僕と一緒に愛を語らおう」
ブルーベルは眉間に皺を寄せて、僕の額に手を置いてきた。あ、これ知ってる。ブルーベルが僕の頭がおかしいと疑っている時にするやつだ。次に発言する言葉は、熱は無いね、だ。
「熱は、無いね」
予想通りの答えに、僕は思わず聖職者のような顔になってしまった。
「ふふ。君はいつも通りだね。さ、おいで、こっちに」
僕は強引にブルーベルの肩を抱いたまま歩いた。僕の身長が高ければ優雅にエスコートができるのだけれど、僕の身長はブルーベルより低い。それがちょっとだけ辛い。
そうして僕は、ブルーベルを連れて赤いソファーまでやってきた。二人掛けのソファーであり、肘置きや脚には薔薇の彫刻が施されている。そこへ、ブルーベルと一緒に座った。
「ウォルド。今日はどんなお喋りをしよっか」
ブルーベルが無邪気にそう言った。悪いけれど、今日はその手には乗らないよ。主導権を握るのはこの僕だ。
「僕はブルーベルのことがとっても大好きなのだけれど、ブルーベルは僕のこと好き?」
「うん」
「嬉しいな。……今日はね、少し趣向を変えて、いつもとは違う遊びをしようと思うんだ」
「どんな遊び?」
「恋人ごっこ。この僕が、大人の恋愛というものを教えてあげるよ」
ブルーベルは首を振った。
「いいよ、つまらなそうだし」
今日の僕はいつもと違うんだ。ブルーベルのその手には乗らないよ。
「少しぐらい付き合ってよ。可愛い子ウサギちゃん」
ブルーベルの顎に右手を当てて、軽く持ち上げた。こういった口説きの文句は、知人の受け売りだ。
「……」
僕はブルーベルの顎から手を下げて、今度はブルーベルの手を握った。指先を絡めて、いわゆる恋人繋ぎをする。
「ブルーベル。大人の恋愛はね、僕達子供には知らされないことをするんだよ」
「どんなことをするの?」
「それはね、例えば、こういうことをするんだよ」
僕はブルーベルの体へと自らの体を寄せた。そして狭いソファーの端へ追い込むと、ブルーベルの左頬へ手を添えて固定する。
「ウォルド?」
完全に捉えた。僕は確信とともに、ブルーベルの唇を奪おうと少し強引に迫る。
そしてブルーベルの唇へ触れる間際。
「ウォルド、ここどうしたの?」
ブルーベルが口を挟んだ。今いいところなのに、どうしてこの子はいつもいつもいつもいつもいつも、絶妙なタイミングで邪魔をするんだ。
「ここって?」
「ここ。何か入れてるの?」
僕はブルーベルが見ている先を追った。視線が行き着いた先は、僕の股間。
「なっ」
知らない間に、僕の股間にあるものが大きくなっていた。いったいどういうことだろう、これは。
しかも、ブルーベルが触ろうとしてくる。
「これ、なあに?」
「だ、ダメっ、ブルーベル!」
僕は慌てて椅子から立ち上がると、部屋から出た。
下半身が大きくなっていることなど、全く気が付かなかった。無意識だ。これはどういうことなのだろうか。
僕が下半身を両手で覆って立ち尽くしていると、お茶を運んできたハンスと目があった。
「おや、どうなされましたか、お坊ちゃま」
「い、いや、なんでもないよ」
ハンスの視線は、僕の下半身へと向いていた。むしろ、見ないほうがおかしい。僕の両手はしっかりと下半身を覆い隠すようにしているのだから。この不自然さに気付かないほうがどうかしている。
「おや。もう反応されてしまったのですか」
「は?」
「いえ、お坊ちゃまがブルーベルお嬢様とじっくりとお楽しみになれるように、絶倫状態になれるという幻の丸薬をお飲みいただいたのですよ」
僕の脳裏に、謎の黒い液体が浮かんだ。
「こ、子供になんてものを飲ませるんだよっ、バカ!」
前言撤回だ。ハンスは執事の鑑などではない。
「いけませんでしたか?」
「とりあえず、僕は自分の部屋へ一度戻る。ブルーベルに変なことを言わないように」
「はい」
僕は自分の部屋へ向かって走り出した。
股間を隠したまま。
そして、今日のことは一生許さないと、強くハンスを恨んだ。
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