Secret Garden 〜黒狼侯爵の甘い罠〜 | ナノ













Secret Garden 〜黒狼侯爵の甘い罠〜







14、

 僕はその日、神妙な面持ちだった。
 いつものように僕の部屋で、いつものように二人きりで、いつものように三人掛けの椅子にブルーベルと二人で並んで座っている。
 ブルーベルは僕の様子がおかしいことを察して、僕のことを窺っていた。
「ブルーベル。君に言わなければいけないことがあるんだ」
「なあに、ウォルド」
「君とはもう一緒に遊べないんだ。恋人ができたから。ごめんね」
 案の定、ブルーベルは大きく目を見開いて絶句していた。
 僕はどうしてこんなことになったのか。
 先日の出来事を思い出した。


 五日前。
 その日。屋敷に懐かしい友人が訪れた。悪友と言ってもいい間柄であり、僕よりも十近く歳が離れている。
 僕と同じ銀髪の髪の毛に、色素の濃い水色の瞳、顔だちは堀が深く、いわゆる美少年だ。
 そんな友人と一緒に、僕は客間で話をすることにした。
「僕ね、好きな女の子がいるんだ」
 何の前置きもなしに、唐突にそう告げた。彼はそういった僕の脈絡のない会話は慣れている為、適当に合わせてくれる。
「あぁ、ブルーベルちゃんのことだろ?」
「そう。でも僕のことなんか全然眼中にない、って感じで」
「ふうん」
「そこでお前に相談なのだけれど。この僕に、一生傍(そば)にいて欲しいって懇願させるにはどうしたらいい? ブルーベルに、この僕の存在がいかに大事かわからせたいんだ! そして、永遠にこの僕の元に繋ぎ止めておきたい」
「お前……、相変わらず発想がゲスだな。お子様の考えとは思えないぞ」
 ゲスって言われた。ゲスって。確かにこんなことを言うなんて、僕もゲスだってわかっているよ。でも、ブルーベルが全然僕に靡(なび)いてくれないんだもん! 仕方ないじゃないか。
「僕は、ブルーベルと一緒にもっとイチャイチャしたり、ツンツンしたり、チョメチョメがしたいんだよ。だというのに、ブルーベルってば鈍感だから、僕の気持ちに全然気づかないし、それどころか僕が恋人を作ったら祝福するって言うし!」
 僕は机に伏せて落ち込んだ。心が血の涙を流していたといってもいい。僕はこんなにもブルーベルを愛しているというのに、肝心のブルーベルはどこ吹く風だ。
 恋愛ごと自体に興味がないのか。
 それとも僕自身に異性としての魅力がないのか。
 判断はつかないけれど、後者だったら泣く。間違いなく泣く。
「病気だな」
 友人にそういわれて、僕は机をバンバンと叩いた。
「病気とか言うな! せめて、恋の病って言えよ!」
「それ、どう違うんだ?」
「僕が違うって言ったら、違うんだよっ」
「強引だなー」
「ていうか、考えろよっ。僕とブルーベルがくっつく方法をっ! 結婚式まで一直線になるような、凄い作戦を!」
「無茶言うな、そんな簡単にいくなら女の子の気持ちがわかるように努力なんてしないって」
 僕は机に顔を伏せて机をバンバンと叩いた。
「ブルーベル、ブルーベル、ブルーベル、ブルーベル!」
「あーっ! うるさいうるさいうるさいっ!」
「ぅう……っ」
 情けないのはわかっているよ。でも、ブルーベルが好きすぎて、頭がどうにかなってしまいそうなんだ。
「とりあえず、最初の話へ戻そう」
「?」
「ブルーベルちゃんを、お前の一生傍にいさせて欲しいと懇願させるにはどうしたらいい、だったか?」
「何かいい方法が?」
「こういうのはどうだ? ブルーベルちゃんに、恋人ができたからもう遊べない、って言うんだ」
「ふんふん、それで?」
「お前とブルーベルちゃんの距離は近すぎるんだ。近すぎるから、お互い一緒にいて当たり前みたいになっているんだろう」
「なるほど」
「だから、その均衡を崩してみるんだ。一緒にいて当たり前、という関係性を壊す。お前の話を聞く限り、ブルーベルちゃんも友達はお前ぐらいしかいない。違うか?」
「うん。ブルーベルが暮らしているミルフィスの村には、年が近い子はいないみたいだから」
「普段一緒にいて当たり前になっているお前と突然会えなくなるってわかったら、きっと傍にいてって懇願するよ」
 僕は眉を寄せて怪訝そうにした。
「そう上手くいくかなぁ……。もしもブルーベルに、おめでとう、ウォルド、って祝福されたらどうしたらいい?」
「その時はその時だよ。ウッソーとか言って適当に誤魔化したらいいんだよ」
 他人事だと思って!
 でも一度試してみることにした。うまくいけば喜べばいいし、失敗した時は上手く誤魔化すさ。
 僕はその後、久しぶりに再会した友人とひと時の会話を楽しんだ。


 そうして、現在に至る。
「君とはもう一緒に遊べないんだ。恋人ができたから。ごめんね」
 室内に、緊迫した空気が流れた。
 ブルーベルは少し考え込むような仕草を見せてから、納得したように頷いた。そして両手を胸の前に合わせて、ゆっくりと微笑む。
「おめでとう、ウォルド! 恋人ができたなんて、とても素晴らしいことだわ」
 僕はショックを受けた。だがすぐに否定しなければ、と口を動かそうとする。
 ウッソー、と。
「ウッ……」
「私もね。言わなければいけないことがあるの」
「え?」
「実は今、お付き合いしている人がいるの。隣村に住んでいるジョシュアよ」
「……」
 今、何を言った?
 お付き合いって、どういう意味だっけ。
 あれ? 何も考えられないぞ?
「ジョシュアとは幼い頃から知り合いだったんだけれど、最近告白をされたの。私、告白とか生まれて初めてだったし、とても驚いたんだけれど、せっかくだからお受けしたの」
「ご、ごめ……、なんだか突飛すぎて、整理が追い付かな……」
「ウォルドとはもう遊べなくなるって、どうやって伝えようかずっと悩んでいたのだけれど、ウォルドにも恋人ができたのなら、安心ね! 良かった!」
 この状況、どうなっているんだ?
 鈍感で天然なブルーベルに、彼氏?
 嘘だ、信じない。信じないぞ。確かにブルーベルのような天使を、他の男が放っておくわけないけどさ。
 この鈍いブルーベルの気持ちを射止めようと、僕がどれだけ苦労していると思っているんだ。
 そんな簡単にブルーベルを落とせるはずがない。
 ブルーベルを落とすなんて、絶対にできるわけがないんだ。
 だから誰か嘘だと言って!
「ブルーベル……」
 ブルーベルが拍手をしていた。ぱちぱちぱちと乾いた音が室内に空しく響く。
「ウォルド。私、あなたと一緒に遊んだ日々のことは忘れないわ。今まで有り難う! さようなら!」
 僕は目の前が真っ暗だった。
 呼吸をしているのかどうかもわからない。
 今まで有り難うって、何。
 さようならって、何。
 まるでもう永遠に会わないと言っているような。
 僕は椅子から立ち上がると、ゆらりとブルーベルの前へと移動した。
 そして、彼女を見下ろす。
「ブルーベル……」
 ブルーベルが不思議そうにしていた。
「ウォルド? どうかした?」
 僕は跪いて、ブルーベルの腰へと縋り付いた。
「そいつと別れてよ、ブルーベル! 僕、認めないからね!」
「ウォルド?」
 なりふりなど構っていられなかった。
 僕は泣きじゃくりながら首を振る。
「ごめんっ、さっきのウソなんだ。ちょっと君をからかっただけなんだよっ! 恋人なんていないんだよっ」
「……」
「ブルーベル、僕の傍に一生いてよ、やだよっ。君がいてくれるなら、なんだってするよ。僕が持っているもの、なんだってあげる。君が命じるなら、炎の海でも氷の山でも飛び越えてみせるよ。だから、他の奴の所へなんかいかないでっ」
 ブルーベルの腰に抱きついて、泣きながらそう告げた。鼻水も出てくるしぐちゃぐちゃだ。でも、体裁なんてそっちのけで必死に懇願した。
「ウォルド、泣かないで」
「ブルーベル、ブルーベル……。愚かな僕を見捨てないで。お願いだから、そんな奴のところになんていかないで。僕は君がいないと生きていけないよ」
「ウォルド」
「別れるって言うまで、絶対に君を離さないから! ここから出て行かせないからっ! ジョシュアなんかに君を渡すものかっ! 君は僕のものだ!」
 嫌だ。ブルーベルが他の男のものになるなんて、想像しただけで吐きそうになる。胃の中がどろどろに溶けてしまいそうだ。
 ブルーベルは、僕だけの天使なんだ。僕だけの大切な大切な女の子なんだ。






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