Secret Garden 〜黒狼侯爵の甘い罠〜 | ナノ













Secret Garden 〜黒狼侯爵の甘い罠〜







12、ウォルド、拗ねる

 最近、ブルーベルが一緒に遊んでくれない。

 事の発端は、ブルーベルの風邪だ。
 僕にうつすといけないから、と屋敷へ全然遊びに来てくれなくなったのだ。
 もう一週間以上、ブルーベルと会っていない。
 僕以外の、別の友達ができてしまったのではないのか。
 それとも、飽きられてしまったか。
 僕は悶々としながら毎日を屋敷で過ごしていた。
 そう。
 朝も。
 昼も。
 夜も。
 無為に過ごす内に、やがて年が明けてしまった。

 僕は、寝台の上で抜け殻になっていた。頭の中が真っ白だし、もう何もやる気が起きない。
 ブルーベルに会えないだけで、干からびてしまった。
 全部。
「僕……、何かしたっけ」
 ブルーベルに嫌われることだけはするまいと、注意してきたつもりだ。
 まさか。
 ブルーベルに僕の秘蔵のコレクションを見られてしまったのだろうか。
 いやいやいや。
 あれらはチェストの奥、それも鍵付きの引き出しに厳重に保管してある。
 してあるはずだ……。
 僕は寝台から降りると、チェストへ向かった。鍵は常に持ち歩いており、執事のハンスに見られないようにしてある。
 以前、見られたことがあるからだ。
 あれは記憶から抹消したい出来事だった。
 ハンスは口が堅いから誰にも言わないだろうけれど。
 それはいいとして。
 僕はチェストの引き出しにある鍵穴へ、鍵を差し込んだ。引き出しを開くと、中に保管してあるものを取り出す。
 ブルーベルの成長を書き記した羊皮紙。
 ブルーベルに貰ったどんぐりの玩具。
 ブルーベルと一緒に作った木の葉の仮面。
 ブルーベルへの思いを書き綴った恋文。
 よし、大丈夫。ちゃんと揃っている。誰かに見られた形跡も無い。
「これを見られたわけじゃないってことは……」
 どうしてブルーベルは会いに来てくれなくなったんだろう。理由がわからない。他の心当たりも無いし。
 やっぱり嫌われた?
 僕は頭を抱えて蹲った。
 絶望的だ。
 もうダメだ。
 僕はこのまま死ぬんだ。
 床にごろごろと転がって、のた打ち回った。
 壁の端から壁の端まで転がって、力尽きてしまう。
「このまま僕の体に苔と茸が生えてしまうのかな」
 気分が鬱蒼とした。
 ブルーベルに会えないだけで、声が聞けないだけで、こんなふうになってしまうだなんて。
 いつから僕はこんなにも弱くなってしまったのだろう。
 一人でウジウジしていると、廊下を誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。その足音は部屋の前で停止する。
「ウォルドー。遊びに来たよー」
 幻聴かと思った。というのも、聞こえてきたのはブルーベルの声だったからだ。
 僕は飛び起きると、すぐさま扉を開けようとした。だが踏みとどまる。
「い、今頃、何の用事。僕とはもう遊ばないんじゃないの?」
「どうしたの、ウォルド。一緒に遊ぼうよ」
「やだ」
「なんで?」
「なんでって……」
「扉、開けてもいい?」
「だ、駄目っ」
 僕は、扉が開きそうになるのを阻止しようと、ドアノブを掴んだ。
「あ、あれ? 開かない」
「……」
「ちょ、ウォルド? 扉の前に何か置いてる? 何かが引っかかっているみたいで開かないんだけれど」
「さぁ、なんで開かないんだろうねー。わからないや」
 ブルーベルが扉の向こう側から全体重をかけて押してきた。僕は絶対に部屋の中に入れまいと、僕も全体重をかけて扉を押す。
「あれぇ……? おかしいなぁ。ハンスさんを呼んできたほうがいいかなぁ」
 尚も、ブルーベルが扉を押してきた。ブルーベルと僕ならば、ブルーベルのほうが力が強い。
 一瞬、扉が少しだけ開いてしまった。ブルーベルと僕の目が合う。
「っ」
「ウォルド! そこで何をしてるの!」
「えいっ」
 僕は扉をばたん、と閉めてしまった。
「もう、ウォルド、そこで何を遊んでいるのよっ。中に入れてよー」
「やだ」
「どうして?」
「どうしてもっ」
 扉を挟んで、お互い押し合いっこをしていた。そのうちに、ブルーベルの押す力が弱くなってくる。
「もー。疲れた。せっかくウォルドに喜んでもらおうと思って、これを持ってきたのに」
 何を持ってきたのだろう。
 僕は気になってしまう。
 でも、僕は怒っているんだ。
 この僕をずーっと放っておいた、ブルーベルが悪いんだ。
「……」
「ウォルド、これ、ここに置いておくからね。私、帰るから」
 え?
 ちょっと、早すぎない?
 もうちょっと粘ってよ!
 寂しいじゃないかっ。
 僕がそんな不平不満を心の中に吐露していると、ブルーベルの遠ざかっていく足音が聞こえてきた。
 僕は、どうして部屋の中に入れてあげなかったのかを悔やむ。
 でも、あの時はどうしても素直になれなかったのだ。
 僕はこんなにも君のことばかりを考えて考えて考えてずっと辛かったのに、ブルーベルときたらこれまで僕を放っておいたことなど無かったように明るい声だったのだ。
 僕はブルーベルに会えなくてとっても悲しかったのに、ブルーベルは全く平気そうだった。
 そのことが、とても腹が立ったのだ。
「ふんだ。別に、ブルーベルに会えなくても寂しくないよ」
 そう呟いて、部屋の扉を開いた。ブルーベルが一体何を置いて行ったのか、気になったからだ。
 扉の端に、淡い茶色の何かが置かれていた。僕はそれを手に取ると、広げてみる。
「これ……」
 どうやら手編みのケープらしかった。
 僕はまさか、と思う。
「ブルーベルが編んでくれたのかな……。僕のために」
 肩へ羽織ってみた。サイズはぴったりだ。僕はそれを羽織ったまま、くるくると回ってみるのだが。
 そこで、廊下に飾られているショーケースキャビネットに、ブルーベルがいることに気付いた。
 僕のことを、覗き見しているのだ。
 とても嬉しそうに。
「ご機嫌、直った?」
 僕は感極まってしまい、ブルーベルへ駆け寄った。そのまま、ブルーベルを抱きしめる。
「ありがとう、ブルーベル。僕、これ、大事にするからっ」
「編み物は得意じゃないからあまり上手にできていないけれど、ごめんね」
「いいよ。僕にとっては、これが世界で一番のケープだよ」
「風邪をひいている間ね、退屈だったから編み物をしていたの。本当はウォルドに早く会いたかったんだけれど、これを編み上げて早くウォルドにプレゼントしたかったんだ。だから、会いに来るのが遅くなっちゃったの。ごめんね」
「ごめんね、ブルーベル。意地悪をして」
「ううん、何も思ってないよ」
「ブルーベルが大好きだ」
「私もウォルドのこと大好き」
 やっぱり、僕にはブルーベルしか考えられない。僕のお嫁さんになる子は、ブルーベルしかいないよ!
 僕はブルーベルを抱きしめたまま、泣いてしまった。
「……」
「ウォルド、どうしたの? 泣いているの?」
「嬉しすぎて……」
「そっか。よしよし」
 ブルーベルが僕の頭を優しく撫でてくれた。
 あぁ、僕はなんて情けないのだろう。
 でも今だけは、こうしていたい。
 ブルーベルの手が、温かすぎるから。
 彼女は僕には勿体なさすぎるほどの、天使だ。
「ブルーベル。君に、会いたかったよ。寂しかったんだ」
「うん。わかってる」
 僕はひとしきり泣いた後、いつものようにブルーベルを部屋へ招いて一緒に遊んだ。
 僕が泣いたことをブルーベルはからかったりしないし、笑ったりもしない。
 ただやんわりと微笑んでいる。
 それがなんだか、ウォルドも泣くことがあるのね、と言われているようで照れくさい。
 本当に、ブルーベルには恥ずかしいところを見られてばっかりだ。






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