Secret Garden 〜黒狼侯爵の甘い罠〜 | ナノ













Secret Garden 〜黒狼侯爵の甘い罠〜


 もしもクリスマスがあったら、の話です。毎週更新予定日が水曜日なのですが、たまたま重なっていたのでクリスマスネタを書きました。
 イエスキリストの生誕祭なので架空のファンタジー世界ではありえないのですが、もしもいたら、のネタなので深く考えずに楽しんでいただければ幸いです。
 サンタの服は赤じゃなくて緑だとか白だとかこだわらず、トナカイじゃなくてロバだとかヤギだとかもこだわらず、トナカイも九頭じゃなく八頭だとかこだわらない方向でお願いします。





10、クリスマス

 近頃、ブルーベルが妙にそわそわしている。
 十二月に入ってからだ。ブルーベルがそわそわしだしたのは。
 背筋をしゃきん、とのばして暖炉の前に座っているけれど、本当に一体どうしたんだろう。
「ねぇ、ブルーベル。最近、どうしたの? なんだか様子がおかしいけれど」
 窓の外は薄暗く、すっかり真冬だった。いつもは僕の部屋で遊んでいるのだけれど、今日は広間で一緒にブルーベルと遊んでいる。木の床には茶色の絨毯が敷かれ、暖炉には薪がくべられて燃えていた。それだけではまだ寒いので、僕は足の上に膝掛を使っている。
 ブルーベルはというと、羊毛の暖かそうな服を着ていた。僕よりも厚着をしており、まるで雪ウサギのようだ。
 可愛いが、僕は不満だった。
 なぜなら、分厚すぎる服のせいでブルーベルの体の線がまったくわからなかったからだ。
 ブルーベルの美しい体のラインがわからない冬服なんて、僕は滅んでいいと本気で思う。
 むしろ、滅んでしまえ。
「おかしくないよ! 私、いい子だよ!」
 いい子? 一体何のことだろう。
 僕は眉を寄せる。ブルーベルは単純思考だから難しいことは考えていないだろうけれど、不可解な行動をとる理由までは見抜けない。
「ブルーベルは普段からいい子じゃない」
「え? 本当? 私、いい子?」
「うん」
 今度はブルーベルがにこにこし始めた。こんなに変なブルーベルは初めてだ。
 僕は不安になって、ブルーベルの傍へ近づいた。そして右手を持ち上げて、彼女の額へ触れる。
 熱はない。
 と、そこでブルーベルと目が合った。彼女はむっと頬を膨らませて僕を睨んでいる。
「なに? この手。私のこと、頭がおかしいと思ったの?」
 ぎくり、と僕は体が強張った。
 ブルーベルの僕を見る目が冷たい。
「えーっと…、ごめんね?」
 僕は手をおろした。
「いいよ、私もたまにウォルドにするし」
 あ。今、さらりと酷いことを言われた気がするぞ。
 もしかして僕、ブルーベルにおかしい人って思われているの? 
 はは…。
 どうしよう、否定できない。
 僕はどん底の気分に陥った。僕が変なのは、僕自身が一番知っているからだ。
「どうしたの、ウォルド」
 僕の顔を覗き込んでくるブルーベル。目がくるんとしており、まるで野リスのようだ。
「ううん、なんでもない」
「そう?」
 ブルーベルは暖炉の前へ近づくと、煙突を覗いた。しかも、どこかそわそわしている。
 今日のブルーベルはおかしい。
 僕は、本気で心配になってしまう。煙突なんかのぞいても、煤があるぐらいで何も無いのに。
 まさか、煙突を通って泥棒でも入ってくるとでもいうのか。
「ねえ、ウォルド。ウォルドはもう、決めた?」
「何を?」
「何って、サンタさんへのお願い」
「ブルーベル。サンタクロースなんているわけないだろ?」
「いるよ、サンタさん! 毎年クリスマスに、サンタさんがプレゼントを持ってきてくれるもの!」
「それは多分、ブルーベルのパパがこっそりプレゼントを置いているんだよ」
「嘘!」
「嘘じゃないよ。だって僕、サンタクロースからプレゼントなんて、一度ももらったことないし」
 ブルーベルが目を大きく見開いて僕を凝視した。そこで、僕は後悔してしまう。
「なんてね。嘘だよ。サンタさんからは毎年プレゼントを貰ってる。ブルーベルをちょっとからかっただけだよ」
 おどけてそう言ってみたのだけれど、ブルーベルは悲壮な顔をしていた。僕の言葉は、どうやら信じてもらえなかったようだ。
「なんで、サンタさんはウォルドにプレゼントを持ってきてくれないの? いい子にしていたら、サンタさんはプレゼントを持ってきてくれるはずなのに」
「いや、ブルーベル。僕、毎年ちゃんと貰ってるから」
「ウォルドの嘘つき」
 ブルーベルは一人で考え込み始めた。時間が経つにつ入れて、益々悲しそうになる。
 失態だった。
 サンタクロースを信じているブルーベルに、なんてことを言ってしまったのか。
 と、ここでブルーベルが顔を上げた。
「ウォルド。サンタさんがいたら、何が欲しい?」
「ブルーベル」
「え?」
「あ、いや、ううん。今は特に何も思い浮かばないかな」
 欲しいものは目の前にある。でも僕は与えてもらうのではなく、自分で手に入れたいんだ。
「本当に? 本当に欲しいものは何もないの?」
 ずい、とブルーベルが正面から体を寄せてきた。僕は思わず後ろへ手をついて背後へ下がる。だがそれを追うように、ブルーベルも近づいてきた。ずりずりと背後へ後退し、僕はついに壁際まで追い詰められてしまう。
「ちょ、ブルーベル」
「ウォルド。欲しいもの、教えて?」
 近い、近い、近い! ブルーベルの顔が、すぐ目の前にあった。キスでもされるんじゃないかって、疑ってしまう。
 いや、ブルーベルがしなくても僕がしてしまいそうだ。
 お願いだから、離れて!
「ううっ…」
 ブルーベルが僕の服を指でつまんで、くいくいと引っ張った。
「ねぇ、ウォルドってば。聞いてる?」
「き、聞いてるよ。でも欲しいものは本当に無いんだよ」
「そうなの?」
「あぁ、そういえば」
「何か欲しいものを思いついた?」
 ウォルドは首を振った。
「僕ね、流れ星って見たことが無いんだ。だから、一度ぐらいは流れ星を見てみたいなー、と思って」
「私も見たことない」
「一緒だね」
「じゃあ、クリスマスの前日は、一緒に流れ星鑑賞会ね。私、家を抜け出してウォルドの家に来るから、待ってて」
「えぇっ!」
「流れ星、見れるといいね」
「夜中に女の子が一人で出歩くのは良くないよ。そうだ。ここへ泊りに来たらいいよ。そうすれば、夜も一緒に過ごせるし」
 ブルーベルは両手を胸の前で組んだ。
「うん。そうする」
 クリスマスの日にブルーベルと一緒に過ごせる。
 僕はもう既に、一番のプレゼントを貰った気分だった。


 そうしてあっという間にクリスマス前日となった。
 夕食を一緒に食べて、後は寝るだけなのだが。
「…」
 ブルーベルと二人で屋敷の近くにある丘へ来ていた。
 しかも二人きりである。
 僕はブルーベルに、襲ってほしいと誘われているのだろうか。
 あまりにも無防備すぎる。
「うわぁ。お屋敷を抜け出す時、ドキドキしたー。ハンスさんに見つかったら、叱られちゃうし」
 ブルーベルが笑っていた。周囲は枯草の広がる草原地帯であり、深夜ということもあってかなり冷え込む。
「本気で星を見る気だったんだね」
「うん。流れ星、見れるといいねー」
 空を見上げれば、満天の星が広がっていた。蝋燭の明かりなどなくとも、遥か地平線の向こう側まではっきりとわかる。
「ブルーベル。いいの? いい子にしていないと、サンタさんがプレゼントをくれないよ」
「内緒でお屋敷を抜け出してきたから、もうとっくに悪い子だよ。ウォルドにプレゼントをくれないサンタさんなんて、嫌い」
「ブルーベル…」
 僕は、サンタクロース嫌いにさせてしまった責任を感じていた。ブルーベルの幻想を壊してしまうなんて、僕はなんて馬鹿だったんだろう。
「ウォルド」
 ブルーベルが僕の左手を握ってきた。
「ん? どうしたの、ブルーベル」
「一緒に座ろう? くっついて座ったら、あったかいよね」
 二人で地面へ腰を下ろした。
「…かなり厚着してきたけれど、顔とか手はやっぱり寒いね」
 僕は、照れくさいのを誤魔化すようにそう言った。ブルーベルは僕の両手をとって引き寄せると、僕の冷たい指先へ温かい息を吐く。その後、僕の手をずっと摩ってくれる。
「私が温めてあげる」
 思わず、ブルーベルを抱きしめたい衝動にかられた。でも、目の前のブルーベルは僕の冷えた手を温めようと必死に撫でてくれている。
「も、もういいよ。温かくなったから、一緒に星を見よう」
 二人で地面へ寝転んで、星を見た。周囲はとても静かで、世界が止まってしまったかのよう。
「ねえ、ウォルド。あの星、青くて綺麗。あっちのは緑色」
「本当だ。まるで宝石みたいだね。あの星を落として君にプレゼントできたらいいのに」
「お星さまの宝石なんて、素敵だね」
 まるで恋人同士の会話みたいだ。
 今、この場所に二人きり。
 邪魔をする者はいない。
 キスぐらい、してもいいんじゃないだろうか。
「ブルーベル」
 僕は星ではなく、隣に寝転んでいるブルーベルをずっと見ていた。
 顔をゆっくりと近づけていく。
「あ、ウォルド」
「えっ! 何? 何かな?」
「あれ、見て!」






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