7、僕と一緒にお風呂に入ってよ 2 それは突然のことだった。 「ウォルド、危ない!」 ブルーベルの叫び声が庭園に響き渡った。眩暈を起こしたウォルドの体を支えようとして、ブルーベルは咄嗟に彼を抱きとめる。だが足の支えが不十分だったばかりに、ブルーベルはウォルドを抱きしめたまま転倒してしまった。今しがた収穫されたばかりの木苺が入った籠もひっくり返り、地面へ散らばる。 「……ごめん、ブルーベル」 ウォルドの顔色が悪く、意識がぼんやりしていた。すぐに駆け寄ってきたのは、ウォルドの世話をしている老執事のハンス。 「ウォルド様、すぐにお部屋へお連れ致します」 「平気だよ、これぐらい」 「長い間日差しを浴びて、疲れてしまったのでしょう。少し休みましょう」 ウォルドの手は、しっかりとブルーベルの手を握っていた。ブルーベルは彼を安心させようと、できる限り優しい声を出す。 「ウォルド、私も一緒に部屋へ行くから」 それに安心したのか、ウォルドはハンスに体を支えられて部屋へ戻ることにした。 ウォルドの寝室へ到着すると、ウォルドは寝台へと横になった。侍女や執事が慌ただしく出入りし、彼を着替えさせたり薬湯の準備がされる。漸く落ち着いたのは、ウォルドが用意された薬を飲んだ後。付き添いをしていたハンスが寝室から出ていき、ブルーベルはウォルドと二人きりになったのだ。 「ブルーベル、君のせいじゃないから。自分を責めないで」 ブルーベルは水に濡らした布で、ウォルドの額を拭いていた。 「ううん、違うわ。私のせいよ。日差しが強いとわかっていたのに。ごめんなさい」 「それは違うよ。庭に実っている木苺を収穫しようって誘ったのは、僕のほうだ。君と一緒に、食べたかったんだ」 薬が効いたのか、それとも少し休んだことが良かったのか。ウォルドの顔色はすっかり元通りになっていた。 「ブルーベル。…服が汚れてしまったね」 ブルーベルの麻で織られたスカートの裾には、転んだ時に踏みつけてしまった木苺の赤い果汁が染みついていた。 「こんなの、大したことじゃないわ」 ブルーベルはウォルドの頭を撫でた。 「僕なんかと一緒にいて、楽しい? 外には満足に行けないし、すぐ倒れるし」 「私は、ウォルドと一緒にいる時間が一番大好き」 「一緒にいる時間だけ? 僕のことは?」 「大好き」 ウォルドは頬を赤く染めた。暫くの間、何を話すわけでもなく、ブルーベルはウォルドの頭をずっと撫で付ける。 そうして三十分ほど経った頃。 ウォルドが寝台から身を起こした。 「そういえば、なんだか暑くなってきちゃった。滅多に汗なんてかかないのに、肌が汗ばんで気持ち悪い」 「拭いてあげようか?」 「僕の肌を?」 「うん」 ウォルドは微妙な顔をしていた。ブルーベルは、どうしてそんな顔をされるのかわからない。 「僕が服を脱いで、その肌を君が布で拭いてくれるの?」 もう一度同じ質問をしてきた。だがブルーベルは無理もない、と思う。 彼は先ほど倒れたばかりで、おそらくまだ頭がはっきりとしていないのだ。 記憶の混乱が起きてもおかしくはない。 「そうよ。私がウォルドの肌を布で拭くの」 ウォルドはなぜかまた、黙り込んでいた。だが次の瞬間、何かを閃いたかのような顔をする。 「ねえ、ブルーベル。それだったら、僕がお風呂に入るから背中を洗ってよ」 「え?」 「お願い。肌が汗ばんで気持ち悪いんだ。背中って、自分じゃ洗えてるかよくわからないし。ブルーベルにお願いをしてもいい?」 断りづらい空気だった。 「でも、今さっき倒れたばかりなのよ? お風呂になんて入って、平気なの?」 「平気だよ。さっき倒れたのは、暑さに参ってしまっただけだし」 「じゃあ、ハンスさんがいい、って言ったら、浴室で背中を洗ってあげる」 ウォルドがよし、と拳を握りしめていた。そんなに嬉しいことだろうか、とブルーベルは不思議に思う。 「じゃあ、僕がハンスに許可をとってくるよ! 待ってて!」 先ほど倒れたのが嘘のように、ベッドからおりて走り出すウォルド。 「ウォルド、走っちゃダメよ!」 ウォルドが立ち止った。そして照れくさそうに振り返る。 「うん、ごめんね。つい」 改めて、彼は部屋の出入り口へ向かい始めた。だがその歩き方はやけに早く、シュシュシュシュッと衣が擦れる音が響く。ブルーベルとしては彼がそんなに早く歩けるとは知らなかった為、ぽかん、とせずにはいられない。 そうしてウォルドは、部屋の扉を開けて廊下へ出ていった。 その直後に廊下を走る足音が聞こえてきたが、ブルーベルは聞かなかったことにした |