6、ウォルドの秘密 はっきり言おう。 僕は、恋愛ごとには明るくない。こと女性の扱いに関しては、情けないぐらいに何もわからない。 そんなわけで。 手紙でその道に詳しい男性へ相談をしてみた。返事が来たのは数日後で、僕は心を浮つかせながら一人自室に引きこもって手紙を開封した。 そうして内容を確認したのだけれど。 『意中の女性を口説くには、つばをつけて下さい。とりあえずつばをつけた者勝ちです』 本当に女性の扱いに詳しいのだろうか、と目を疑うような文章だった。なんで女性はこんな奴がいいんだろう、と脳裏に浮かんだ彼に顔を引き攣らせてしまう。 僕としてはもっと詳しい手順や、女性の喜ぶことが聞きたいのだ。こんな下種な内容が知りたかったわけじゃない。 だから、もう一度手紙を送り返した。 『今度こんなふざけた手紙を送ったらお前のアレを切り落とすから』 勿論本気じゃないよ! 僕だって男だから、同じ男のアレを切るなんて想像しただけでお腹がキュウッてなってしまうもの。 でもまぁ、そんな殺意のこもった脅しがきいたのか。 今度の手紙にはまともな内容が書かれていた。 『最初は仲良くお喋りをしたりして、徐々に距離を縮め、自然と手を繋いだりすることができるようになればいいと思います』 まぁ、こんなものだろう、といった内容だった。僕とブルーベルの年齢を考えれば、妥当なスキンシップだ。 手紙が届いた翌日。 ブルーベルが僕の元へ訪れた。継母にまた鞭で打たれたらしく、目の前で泣きじゃくっている。 「僕と一緒にここで暮らしたらいいよ」 そう言うと、ブルーベルは首を振った。 「パパが心配だから」 僕のほうからブルーベルの継母に文句を言えたらいいのだけれど、今のところ僕には何の権力もない。祖父に何とかしてもらえないかとお願いをしたことがあるけれど、貴族同士の派閥が違うらしく、口出しできないとのことだった。 僕は貴族という肩書をこれほど腹立たしく、役に立たないと思ったことはない。 でも僕が怒ったら、ブルーベルは僕に心配をかけさせまいと相談をしてくれなくなるだろう。 だから、僕は黙ってブルーベルの服を脱がせて下着姿にする。 すっかり手馴れてしまったなぁ、と思った。 我ながら、ブルーベルの服を脱がせることに関しては他の誰よりも上手いと自負している。 ブルーベルが嫌がれば嫌がって抵抗するほど、何故か上手く服を脱がせることができるのだ。 自分でもうっとりするほどの手つきで。 最初は恥ずかしがって逃げようとするブルーベルも、僕が傷薬の入った軟膏の木箱を手にすれば大人しくなった。彼女が鞭で打たれているのは大抵足なのだが、薬が塗りにくいから、という理由で下着姿にしている。 決して僕がブルーベルの下着姿を見たいからではない。 大好きなブルーベルに、そんな不純な動機を抱いて服を脱がせるなんて、有り得ないよ。 品性の欠片もないし。 泣いている女の子に下心を抱くなんて、ケダモノがすることさ! 勿論、全部嘘だけど! 大好きなブルーベルのことは、体の隅々まで知っておきたい、っていうのが本音だよね。 僕の将来のお嫁さんになる子だし。 因みにこの未来は確定事項だ。 もう僕の人生設計に組み込んである。 「ウォルド、私、足は自分で薬を塗れるから…」 ブルーベルが頬を赤くしながら小声で言った。 ははっ。 そんなの許可しない。 「何を言ってるの、ブルーベル。君は僕が寝込んだらいつも色々してくれるだろう? 僕だって君に色々してあげたいんだよ。お願いだから、これぐらいのことはさせて」 「ウォルド…」 ブルーベルの手当てを他の誰かに任せるなんて殺意がわくし、ブルーベルの体へ触れてもいいのは将来夫となるこの僕だけだ。 それに。 ブルーベルが一人で自分の怪我の手当てをしている、と考えただけで泣きそうだった。そんな可哀想なこと、絶対にできない。ブルーベルの悲しみを癒すのは僕だけの権利であって、ブルーベルが大好きなパパであろうと許さない。 僕って結構嫉妬深いんだな。 恥ずかしいからブルーベルの前では余裕ぶっておこう。束縛しすぎてブルーベルに嫌われたら、目も当てられないし。 「はい、済んだよ」 手当が終わると、僕はブルーベルに服を着せた。ブルーベルは相変わらず、天使のような笑みを浮かべている。 もう、この笑顔を見る為だけに僕は生まれてきた気がする。 いや、きっとそうに違いない。 「有り難う、ウォルド。私、あなたがいてくれて良かった」 ブルーベルってさ、本当にズルいよね。純粋に僕を信じてるって顔で、全く疑っていないんだから。僕がどれだけ君が大好きでいつも心の中がドロドロしているのか、気づきもしないんだろう。 それともわかってて牽制してるの? 演技だったら泣くよ? 僕、泣いちゃうよ? 「どういたしまして、ブルーベル。そういえば、ちょっと寒くない?」 外は真夏で、寒いわけがない。だが僕の体は肉があまりついておらず、代謝が悪いせいか体温も低い。ゆえに、真夏でも手足は氷のように冷たかった。 「私は寒くないけれど…」 「寒いから抱きついていい?」 ブルーベルが頷く前に、僕はブルーベルの体を抱きしめた。ブルーベルは僕の手を握ってその冷たさに驚いたのか、僕にはわからないようにしつつも悲しそうにしている。その表情を見て、僕も悲しくなってしまった。彼女にそんな顔をさせたくないのに、普通に抱きしめただけで悲しませてしまうのだから。 「私が、温めてあげる」 ブルーベルが僕の体を抱き返してきた。僕の鼓動が痛いぐらいに速くなり、柄にもなく緊張してしまう。けれどもブルーベルのいい匂いに、そんなことはどうでもよくなった。 あぁ、神様。ブルーベルと引き合わせてくれて有り難う。 僕はブルーベルを満足いくまでずっと抱きしめていた。その内にブルーベルは眠ってしまい、夕方に僕のベッドの上で目覚めることになるのだけれど(当然、僕がベッドまで運んだ)、その間僕は彼女の隣に寝転んで寝顔を心行くまで堪能した。彼女が目を覚ましそうになった時、僕も今目が覚めた風を装った。ずっと寝顔を見ていたことが知られて気持ち悪がられたら、僕は立ち直れない。 だからこの事は彼女には一生秘密だ。 |