#08#
真田先輩から、「もし、良ければ今後も幸村の見舞いに行ってやってはくれないか」的な事を言われた数日後。行く機会は無いだろうと思っていた矢先、機会は早くも訪れた。
騒がしくなる廊下。
聞こえてくる黄色い悲鳴。
あぁ、テニス部の先輩が来たんだなぁと心の何処かで思っていた。
転入して来た頃は何事かと思ったが、黄色い悲鳴が聞こえて来る時は、ほぼ100%の確率でテニス部の先輩が絡んでいると最近わかった。
今日も切原くんに用事何だろうなー、なんて頬杖を付きながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
「なぁ、今ちょっといいか?」
「···何?」
「柳先輩がお前を呼んでる」
「私···?」
珍しく切原くんに声をかけられたと思ったら、何と、柳先輩からのお呼び出しだと伝えられた。座ったままチラッと廊下を見れば、本当に柳先輩がいた。
「わかった。ありがとう、切原くん」
わざわざ呼びに来てくれた切原くんにお礼を言い、椅子から立ち上がり柳先輩の元へと向かった。女子からの刺さる視線が痛い。
「何か私に用事でしょうか?」
「あぁ、単刀直入に言おう。幸村がお前に用があるらしい。行ってやってくれないか」
「えっ、」と言いそうになった言葉を何とか飲み込んだ。1度しか会った事の無いテニス部の先輩。私との接点など美化委員でしかないのに。
「何でも、頼みたい事があるらしい」
「えーと。···後輩の切原くんでは無くて、何故私なんですか?」
頼み事ならば、直接後輩の切原くんに頼めばいいのではないかと思ったのだけれど、柳先輩は何故か笑みを浮かべていた。
「俺も聞いてみたんだが、切原では無理な話らしい。まぁ細かい事は気にしないで、行ってやってくれ」
いいのかな、私で。
と、不思議な申し訳無さが心に生まれた。
「そうですか。わかりました。いつ頃お伺いすればよろしいですか?」
「そうだな···。今週の日曜日は空いているか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。なら、日曜日に頼む」
「わかりました。あの、切原くんにもお聞きしたのですが、幸村先輩の好きな花はご存知でしょうか?」
「いや、すまないが俺にもわからない」
「そうですか。いえ、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ宜しく頼む」
柳先輩はそれだけ言うと、自分のクラスへと戻って行った。私も教室に戻り席に座ると、これまた珍しく切原くんが声をかけて来た。
「柳先輩、何だって?」
「···。幸村先輩が、お見舞いにまた来て欲しいって」
「お前に?」
「うん。だけど、詳しい事はわからない。頼みたい事があるらしくて」
「幸村部長に迷惑かけんなよ」
「わかってる。あ、···切原くん、何か渡したい物があるなら幸村先輩に渡しとくけど」
「とくにねェよ」
「え、手紙とかは?」
「はぁ!?お前さ、この間から俺をおちょくってんのか?」
驚かせたかなと思ったら、またもや怒らせてしまったらしい。やっぱり切原くんはよく分からない。ただ、彼は沸点が人よりもやや低いらしい事はわかった。
が、先程から私の前の席の知世ちゃんと言えば、肩を震わせて笑っている。
「いやぁ、そう言う意味じゃ···」
「赤也ってば、照れくさいなら照れくさいから渡したくないってハッキリ言えばいいのに。素直になれよ、青少年!」
「菅原テメェー、ふざけんな!誰が手紙なんか···」
「ってわけだから、赤也が手紙書いたら渡してやってよ。あおい」
「う、うん」
そんな事があったその週の金曜日。
切原くんから幸村先輩に手紙を預かる事になるとは、思いもしなかった。