05
姉がいたなんて、15年知らずに生きて来たし、両親にも何も言われていなかった。かえでは15年間もの間、どんな気持ちで過ごしていたんだろう。
「そんな顔しないで。お父さんやお母さんは、私のお墓参りには来てくれていたの」
「へ?」
「それでね?私のゆかりは今このくらいだーとか今日は初めてハイハイしたんだよーとか、逐一報告してくれたわ」
ちょっと待って、私そんな事知らない。
お墓参りに行くのだって、ほらひいばあちゃんのお墓参りに行くよ。だけしか言われてなかったもの。あ、でも思い当たる節が1つだけ。お墓参りに行くと、必ず小さなお地蔵さまの所に行って、手を合わせていたっけ。
『ほら、あなたも手を合わせなさい』
って、まさかあれがお姉ちゃんの?
「最初のうちはね、あなたを恨んだ時もあったわ」
「かえで···」
「だって、どうして私1人だけ生きられなかったんだろうって。恨んで恨んで、そして私も霊力が強すぎたせいで、あなたを病気にしてしまった。でも、悪霊になりかけた時にね、閻魔さまの小さい方?に助けて頂いて、悪霊にならなくてすんだの」
(それって、···コエンマ様じゃない?)
「私はゆかりを病気にしてしまった罪を償う為に、今日まであなたのそばにいたの」
「今日、まで?」
まるでもう、かえでがいなくなってしまうような言い方···。
「私の霊力は、もう以前より前から無くなっていたの。だけど、あなたが妖怪に狙われていると知った時、最後でいいからどうしてもってあなたを守りたかった。···結局、守ったあげられなかったけれど」
ふっ、と柔らかく優しい微笑みを浮かべたかえでは、私を大切な物を扱うように抱き締めた。
「あなたと過ごした2ヶ月間。とっても楽しかった。一緒に話して、勉強して、馬鹿げた話をしたりして、一緒に帰ったり、朝迎えに行ったりして···」
ちらちら···キラキラとラメのようなオレンジ色をした暖かな光が、かえでを包んで行く。
「か、かえで···?」
お別れが近いんだ。
なのに、言いたい事はあるはずなのに言葉が出て来なくて。
「出来ることなら、もうちょっと一緒にいたかった」
「かえで、私、忘れないよ」
ツーンと鼻の奥が熱くなって、視界が滲んで来る。
「ゆかり、私の分までしっかり最後まで生きて」
「うん、うん···」
「これからは、私がいなくても大丈夫そうね。ねぇ、ゆかり。生まれ変わったらまた、ゆかりと一緒の姉妹か、兄弟になりたいな。それが今の、私の気持ち···」
「私もだよ、お姉ちゃん···」
かえでの体が透明になって行く。
最後に見たお姉ちゃんの表情は、なんでか満足そうで寂しそうで、最後にとびっきりの笑顔を見せた後で、ぱぁっ、消えて行った。
優しい金木犀の香りがした気がした。
* * *
「大丈夫ですか?」
「南野くん。···ありがとう」
制服の袖で涙を拭っていると、南野くんはハンカチを差し出してくれた。
「お姉ちゃん。かえでの事、知ってたんだね」
「えぇ」
「そっか、ありがとう」
「オレは何もしていませんよ」
困ったように笑う南野くん。
だけどかえでにとっては見える人で、話せる人だったから。
「うん。だけどありがとう。あ、このハンカチ、洗って返すから」
「わざわざいいのに」
「よろしくないよ···。南野くん、ありがとう、助けに来てくれて。それと、かえでの事。話を出来る人がいて、かえでが1人にならずにすんだから」
じゃあ、と南野くんに別れを告げて。
寂しいはずなのに、胸の中が暖かくて。
帰り道に、かえでのお墓参りに行ったのだった。