04
急に締められていた首が軽くなり、スパーンッッと何かが横切っ行った。いきなり息を吸ったため、激しく噎せてしまう。
「ゲホゲホゲホッ!!···げほ」
「ウガァァァァッッ!!!」
私が噎せると同時に、鬼は断末魔を上げていた。鬼を見れば、両腕が無くなっていた。血がドロドロと流れて何ともグロテスクな光景が広がっていた。鬼は痛みに耐えて、目が血走っている。
(わぁー···、グロいわー)
「人の忠告は、きちんと聞くものですよ。橘さん、大丈夫ですか?」
教室に入って来た南野くんは、慣れた手つきで私の背中に腕を回して抱き起こした。
うわぁ、酸欠かなとても気持ちが悪い。
頭の中がぐわんぐわん回るの。
大丈夫じゃないけど、動けるし大丈夫なのかも···?
「気をつけた方がいいと、忠告したのに」
南野くん困ったように笑いながら、様子を伺うように私を見下ろしていた。
「だい、じょう···じゃない、かえで!」
いやいや、かえで、かえではどこに!寝てる場合じゃない。
慌てて立ち上がろうとすれば、南野くんに阻止されてしまう。
「彼女は大丈夫です。落ち着いて、貴女は霊力を多量に奪われ過ぎたようだ。無理に動いちゃダメだ」
「霊···力?」
「はい。橘さんは幽霊や妖怪が見える人、ですよね。それも結構な強力な霊力を持っているんですよ、貴女は」
何でわかるんだろう、と言う疑念は二の次にして思い当たる節がある。首を締められている時か。苦しくて分からなかったけれど、思い返してみれば、何かを吸い取られている感じがしていた。何と情けない。かえでを助けるつもりが、助けられなかった。
「ゆかり、ごめんね。私、あなたを守れなかった···」
いつの間にかかえでが私の側まで来ていて、片膝を床に着けて私の頬を手のひらでやんわり包んだ。かえでの瞳からは、涙が零れ落ちそうになっていて、胸が締め付けられた。
「こんなんじゃ、“お姉ちゃん”失格だね」
「え、お姉···ちゃん?」
私に、姉なんていただろうか。
今の両親にさえ、教えられた事は無いのだ。
「上手く伝えられる事が出来なくて、怪我をさせてしまった···」
「かえで···」
私の頭の中は気持ちの悪さと衝撃の事実に、思考回路がショート寸前。私達が話している間に、鬼は腕に霊気を溜めてバキッといっきに生やした。どうすんだ、あれ。
「彼女をお願いします、かえでさん」
「でも、あいつは強いわ!」
「大丈夫です。任せてください」
南野くんは私をかえでに預けると、すくっと立ち上がり、私達を背に庇うように立ち上がった。
「それから、オレがいいと言うまで目を閉じていてください。貴女達には、ちょっと“刺激”が強いと思います」
「南野くん?」
「かえで、とりあえず目を閉じよう」
「え、えぇ···」
何となく察して(予測出来て)しまい、私達は目を閉じた。
南野くんは目を閉じた私達を確認すると、一輪の薔薇を取り出した。
「彼女達を傷付けた罪、その身で償ってもらう。風華円舞陣!!」
ビュォォと風が吹き、赤い薔薇の花弁が舞い散る。
「この俺に勝てる訳がッッ!!?何ィィー···」
南野秀一は冷徹に表情を変え、鬼に向け薔薇を放った。強風の中で強靭な刃と化した花弁に刻まれていく鬼の肉体は、あっという間に細かな肉片と変わり、断末魔と共に存在自体が無くなった。
教室の歪みと鬼は消え去り、暖かな夕日が教室に差し込んだ。白いレースのカーテンが揺れて、柔らかな風が入って来る。
「もう大丈夫ですよ」
「お、鬼は!?」
(元に、戻った···?)
私達は目を開けて、辺りを見渡した。
しかしまだかえでは不安そうに声をあげて、私を抱き締めた。甘い優しい匂いが、鼻をくすぐった。どこかで嗅いだ事のある、確か···。
「倒しました。もう、橘さん。··ゆかりさんは狙われる事はないでしょう」
「えっ、狙われてたの、私」
ポカーンとしていると、南野くんは少々呆れたように笑った。そんな顔されてもなー、だって自分が狙われるなんて生まれて初めてだし。
「ゆかり···、よかった···」
「か、かえで。何も泣く事ないじゃん」
「彼女は、貴女を影で守っていたんですよ。姉として、妹を危険(妖怪達)から。···もう、話してあげてもいいんじゃないですか?」
かえでに南野くんが促した。
え、何、知り合いだったの?
聞けば私達は元々は双子の姉妹だったらしい。しかし、流産で流れてしまい何とか生き残った私が、今こうしてこの世に生を受けたと言うのだ。強い霊力を持って。赤子では何も出来ない私を、ずっとずっと見守って来てくれたと言うのだ。
空いた口が塞がらなかった。