人生で初めて本気で恋をして、人生で初めて本気で異性に想われて、人生で初めてその相手と交際することになった。

……と、こんな風に書くとまるで順風満帆だけど、その過程ではまぁ色々あった。逃げたり追われたり、泣いたり怒ったり笑ったり泣いたり、波乱も結構あった。でも、最終的には無事に結ばれることができた。

これがおとぎ話なら、ここで「めでたしめでたし」って出て終わりなんだけど、現実はそういうわけにはいかない。ハッピーエンドのその後も日常は続いていく。そして、相変わらず初めてだらけなお付き合いの中で、色々と新しく見えてくることや、気づいたことも山ほどあるわけで。

とりあえず、そんな新事実をいくつか記しておこうと思う。







付き合って分かったことその@


……東堂くんは、男子にもモテる。



「お前にはがっかりだよ」


ぼそ、っと。地を這うような低い声のそれは、ほぼ囁きぐらいのボリュームだったけど、静かな図書室、それにカウンター越しのこの距離感では丸聞こえだった。

っていうか、まあ聞かせるためにやってんだよね、これ。


「……返却期限は11月5日までです」


本のバーコードを読み取って、横の機械からジジジ、と出てきた返却期限の紙を背表紙に挟んで、私はその男子生徒に本を差し戻す。平然とした声で。無理をしてるわけじゃなく、こいつがこういうことを言ってくるのは今までにも何回かあったので、もう慣れてしまったんだよね。

けろりと対応する私に苛立ったのか、彼はちっ、と舌打ちをすると。


「どうせすぐに捨てられる。このあばずれが」


す、捨て台詞〜〜!!

本を片手にスタスタと図書室を去っていくそいつの後ろ姿に、私は心の中で思いっきり中指を立てる。塩でも巻いたろうか。でもここまで『捨て台詞』って感じの捨て台詞を吐かれると一周回ってなんだか笑えてくるけどね。あばずれだよ? ウケる〜。

しかし、東堂くん、顔が整ってるとはいえ、男子にここまで狂信的なファンがいるとは思ってなかったよ。カウンター越しに顔をじろじろ見られるのは男女ともに結構あるんだけど、暴言吐いてくるのは男子だけだ。しかも結構顔なじみ(よく本の貸し出しをする)の生徒だったりしたから、初めてやられた時はさすがにショックを受けた。

まぁ……もしかしたら、元々私が嫌われてた可能性もあるけどね。

ということで、今は静観してるけど、このままやられっぱなしなのも腹立つので、収まらないようなら証拠を集めて先生に言いつけてやろうとも考えてる。こちとらお前の名前もクラスも握ってんだからな、図書委員なめんなよ。(本当はそういうことしちゃダメだよ。)





付き合って分かったことそのA


……私は死ぬほど「恋バナ」が苦手だ。




「──で、名前。どこまで進んだの?」


女友達の会話あるある──話題が急に変わる!


「へ? ど、どこまで、とは……」
「決まってんじゃん、東堂くんとどこまで進んだのってことだよ!」

お昼休み、もう昼食も済んで、いつメンと駄弁っている時だった。

固まる私に、とぼけたって無駄だぞ〜と、彼女はニヤニヤと口元を緩めて、私にポッキーを付き出した。
内容が内容で、うぐ、と言葉に詰まっていると、別の子が口を開く。

「キスぐらいした?」
「あー……」

少し考えて、「いや、まだ……です」と答えると、なんだまだかぁ〜と一同にきゃっきゃと反応する女友達。声がでかくて、違うグループの女子や男子に聞かれてるんじゃないかと思うとヒヤヒヤする。

「ま、でもイメージ通りかも」
「うん、東堂くんがそんながっついてたらやだわ、私」
「紳士って感じだもんね〜〜、卒業するまで手ぇ出してこなそう」

と、ここで「「「わかる〜〜!!」」」の大合唱。

「卒業までどころか、結婚するまでかもよ」
「ありえる。古風なとこあるもんね東堂くん」
「え〜〜でも私それはやだな〜〜」
「私もやだわー」
「………………わはは」

い、言えねえ……付き合ったその日にキスしちゃってるだなんて、口が裂けても言えねえ。しかも結構もう……。

「いや、けど東堂さまだって男だよ? 名前が誘ったら絶対抗えないって!」
「きゃー! それヤバイ!」

あれ、なんだろうこの流れ。

「うんうん、そうだよやっちゃいなよ〜名前」
「名前ならやれるよ!」
「えー……なにを?」

嫌な予感がしつつもそう尋ねると、彼女は口元に手をあてて、声を潜めて、

「東堂くんのドーテー、貰っちゃいなよ」

……そう言うと、ぎやぁぁ〜〜!! と今日一番の盛り上がりを見せる彼女達。やばいよ、もう誰もこの子らを止めることはできないよ。

「東堂くんのドーテーとか、プレミアもんだよね」
「言えてる言えてる」

いや言えてねーよ。
……と心の中でツッコむものの、私は口に出せない。

(ごめん東堂くん……こんな話題に興じてしまう彼女を許して……!)

って、普段東堂くんのことをチェリーくんと呼んでからかってる私が言えたことでも無いんですが。

「え、え、でもさ〜、東堂くんってドーテーなの?」
「だって高校3年間で彼女できたの名前が初めてじゃん」
「いや、あんだけモテんだよ? 中学の時に捨ててるかもしれないやんけ」
「無い無い、私東堂くんと同中だった子知ってるけどいなかったって言ってたもん」
「マジ!? 名前〜、よかったね」
「いや………あのっすね、」
「──あっ見て!名前顔真っ赤!!」
「ホントだ〜! 名前か〜わいい〜!!」
「名前のそんな顔初めて見た」
「乙女だ〜〜!!」


ああもう勘弁してくれ〜〜っ………!!!





付き合って分かったことそのB


東堂くんは、意外と………。

……………意外と、大胆だ。




「っ、ま、待って、東堂くん……!」


ここ図書室だから、と焦る私の声なんて聞こえてないみたいに、するりと腰に手がまわる。逃げるように身体よじっても背後には本棚があるから無駄で、押し返そうとする手は簡単に捕まってしまって、そのまま抱きすくめられてしまえば、私は震える息を肺から逃がすことしかできない。

首筋に熱を持った唇を押し当てられて、ひ、と情けない声が漏れた。

「ばか、人がきたらどうすんの……っ!」
「少しの間だけだ」

だから、苗字さん。

そう、吐息と共に耳元に落とし込まれるように囁かれると、身体が燃えるように熱くなって、なにがなんだかわからなくなる。

ああ、こちらを見下ろす彼の眼差しの、なんとまあ甘いことよ!


「──いいだろう?」


目が合ってしまえば、もう私は抗えないのだ。





なんでこんなことになったんだっけ、と酸素が不足する頭でぼんやり考える。

ええと、そう、放課後、いつものように一緒に並んで勉強してて。集中してたら、肩を軽く叩かれて、ちょっと来いってジェスチャーをされて。てっきり抜けて休憩するのかと思ったら、彼はなぜか逆に図書室の奥へと迷いなく進んでいって、不思議だなと思いながらも、なんか探し物でもあるのかと特に疑わずについていった。
そして、とうとう、図書委員の私ですら見回りの時にしか足を踏み入れないような人気のない突き当たりまで来ると、きょろきょろと辺りを見回した彼は、しぃーと唇の前に指を一本たてて、私を手招きして。訝しげに思いつつも近よった私は、そのまま捉えられてしまって───今に至ると。

何回してもキスは慣れないし、何回しても死ぬほど恥ずかしい、と思う。
本を読んで想像していたそれよりずっと生々しかった感触もそうだし、時折響く水音はやらしく聞こえるし、変な声は漏れるし、それにどんどん溺れていって、理性が剥がされて、自分がこれまでずっと押し殺してきた女の部分を、彼に無理やり引き出されていく感じ、とか。

そんな私を見て、東堂くんが興奮してるのが伝わってきてしまうこと、とか。彼がさらけ出してく男の部分に、私は私でゾクゾクしちゃってることとか。


「苗字さん、可愛い……」

「っ、ぅ……」


──ああ、これもそう。


付き合ってわかったことC。

私はどうしようもなく、彼の「可愛い」に弱い。


付き合う前からちょくちょく言われてきて、付き合ってからは輪をかけて口に出すようになった彼のそれに、私は毎回毎回、屈辱とすら表現していいほどの羞恥を覚えてしまう。一気に顔があつくなってくるし、鼓動は早鐘を打ち、目には涙が滲む。本当に、なんでこんなに過敏に反応してしまうかわからない。東堂くんにも「いい加減慣れろ」「お前、誰に言われてもこんな顔するのか?」って時々呆れられるけど、自分でも謎。

普通に言われるだけでもそんな感じなのに、今みたいに、キスの合間に囁かれたりしたらもう、効果はばつぐんだ。理性も何もかも溶かされてしまって、すっかり解かれた口元は彼の舌の侵入を易々と許してしまう。
深くて、情熱的で、貪るようなって表現がつきそうな激しいキスでも、東堂くんの舌の動きはどこまでも丁寧だ。だからこそ、まるで私だけが溺れているみたいで、いつも死にたくなるほど恥ずかしくなるんだ。
優しく口付けされて、吸われて、舌先で上顎をなぞられると、甘い痺れが背中を走って腰から力が抜けた。と、その時ぐっと私の足を割って東堂くんの膝が差し込まれて、そのままぎゅっと抱きしめられる。くっ、と彼が小さく、でもさぞや愉快そうに喉を鳴らす音が聞こえて、彼の肩に埋めた顔が悔しさに歪んだ。このばか、と手をグーにして胸元を叩く。

「少しだけって、言った……!」

息も絶えだえにそう非難すると、彼はすまんすまんと朗らに、特に上機嫌さを隠すこともなく言う。

「苗字さんがあんまりにも可愛かったから、止められなくなってしまった」
「……っ!!」

これだよこれ!!!!!

「か……可愛いって言っておけば許されると思ってるとか、最悪でしょ」
「何を言っている? オレはいつでも本心だ。苗字さんは可愛いよ、キスだけで腰が砕けてしまうところとかな」
「〜〜!! お、覚えとけよこんにゃろう……!!」

うわ。東堂くんがあまりにもあんまりで、ついつい捨て台詞みたいなことを口走ってしまったじゃないか。くそっ、あの男子生徒を馬鹿にできない。

「ところで、どうする?」
「は?」
「このまま続」
「却下」
「……ならオレがお姫様抱っこで」
「却下!」

即答を重ねれば、じゃあどうするんだ、と彼は口を尖らせる。
3秒ほど考え込んでから口を開いた。

「ここでちょっとお喋りしてから戻って勉強」
「……図書委員的に、地べたに座って話し込むのは問題ないのか?」
「ないわけないでしょっ、苦渋の案だわ!」

ってか全部あんたのせいだわ! と、小声でキリキリと怒ると、彼はまた愉快そうにくっくっくと笑う。と、ごくごく自然な流れでひょいっとお姫様抱っこされて、すぐ近く、窓側に等間隔に並べられたボックスソファの上に下ろされた。

そして、ひと房だけ出てる前髪をさらっと流すと、フッと見事なドヤ顔を決めて。


「ここなら問題ないだろう、プリンセス?」

「……! ちょ、調子に乗るなっ、このエロエロ王子!」



えー、付き合って分かったこと、ラスト。

東堂くんは私に甘いし───私も東堂くんに、甘い! 終わり!

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