──文化祭が始まった!!


「あっひゃっひゃっひゃっ、はぁ〜〜っあははは、っふ、なっはっはっはっ」

「名前ウケ過ぎでしょ」

「なんでそこで爆笑? 新開くんめっちゃかっこいいじゃん」

「いやっ、なんていうかさ、様になり過ぎじゃない!? こんな、狩野◯孝みたいなスーツが様になる高校生いるかよ、ッはっはっはっ」

「ごめん新開くん、名前のバカが失礼で」

「いいよ、苗字のバカは。それより、おめさん達にかっこいいって言ってもらえただけで十分さ」


そう言って、どこで借りたんだ? みたいな白くてテッカテカのスーツを着て爽やかにウィンクする新開。一緒に来た友達がきゃっきゃっとヤツにハートを飛ばす中、私といえば腹筋が吊りそうである。


「新開、あれやってよ、あれ、ドキュンポーズ。『おめさんの心臓はオレのもの』みたいな感じで」

「BQNポーズだよ勝手に改悪すんな。あと、お前に言われるとやりたくなくなる」

「よし! じゃあちーちゃん、ちょっと頼んでみ、ちーちゃんが頼めばやってくれるから」

「え〜じゃあ新開くん、BQNポーズやって〜」

「佐藤さんの頼みなら仕方ねえな」


と、新開はアップにした髪を撫で付けて、片目だけ閉じた状態でバキュン!と私の隣のちーちゃんに向けて打つ仕草をする。隠れ新開ファンのちーちゃんは悶絶している。彼女のために新開を指名したわけだが、よかったよかった。しかしマジで様になりすぎててだんだんムカついてきたな。

ほんと、自転車競技部の出しものがホスト喫茶と聞いた時は草生えまくったけど、やっぱこう見渡してみると、顔面偏差値高い部だなって思う。


「しかし東堂くんの指名率ヤバイね〜」

「あれ何分待ち? 30分ぐらい?」

「一時間超えてそ〜」


と、みんなに習って振り向いて、私も教室の後方の席で女子に囲まれている彼をそっと見る。本人も楽しそうだが、周りの女子達の熱気がヤバイ。なんかもうここから目にハートが浮かんでるの見えるもん。


「熱心だね〜、ファンサービスに」


はは、と苦笑しながら顔を前に戻してチューッとアイスコーヒーを啜っていると、真面目な顔をした新開と目が合った。言葉はないけど、『会わなくていいのかよ』と促されたので、黙って首を振る。

ちょっとでも見れただけで十分だ。至近距離で見たら、とうとう友達にもバレるぐらいに、テンパる自信がある。





さて、我ら三年生の本番はあくまでも明日の劇なのである。ということで、部活動をやってない私のような帰宅部の生徒は、展示や各部活動の目ぼしい出し物を巡り終えたら、そうそうに教室に帰って明日の最後の準備に取り掛かったりするわけだ。

………。

わけなんだ、けれども。


「名前、背中キツくない?」

「うん……私は大丈夫」

「腕も結構余裕あるね」

「うん……私は」

「キャー名前メッチャカワイー」

「清々しいまでの棒読みやめろや」



──この展開は聞いてない!

こんな服、というより衣装と言ったほうがいいか。今までの人生で一回たりとも着たことないし、これから先も着ることなんて無いと思っていた。

曝け出した肩がスースーする。ピッタリと身体に沿うようにデザインされた上半身、それに相反するように、ウエストから下の下半身はふんわり、フレア状になったスカートが広がっている。こういうドレスのことを「プリンセスライン」というのだと聞いたのは30分前。マネキンに着せられたそのブルーのゴージャスな衣装を見て「ほえーすげー」なんて馬鹿っぽい感想を漏らしていたら、何故か私が着ることになっていた。何を言ってるか分からないと思うが、私も分からない。

当然、私はシンデレラ役ではないし、これを着る立場の人間でも無いのだが、今この場にシンデレラ役の美少女、河合ちゃんがいないのである。彼女は今軟式テニス部の出し物、メイド喫茶で大勢の男子生徒を魅了している頃だろう。というわけで、ピンチヒッター的に、彼女と体型”だけ”似ている私がこのドレスに袖を通しているわけだ。

しかし、あまりにも、恥ずかしい。来ているだけで、羞恥心というダメージがどんどん蓄積されていく。だってこんなの可愛い子が着ないとギャグだぞ。マジで教室に女子しかいなくてよかった。


「名前、似合ってるじゃん」
「馬子にも衣装ってやつだね」
「好き勝手言ってくれるな〜ほんとな〜」
「え、写メとっていい?」
「それはマジで止めてお願いします」
「名前、綺麗だよ! 河合ちゃんにも負けてないよ! 後ろ姿だけなら!」
「うわ〜いやった〜〜!!」

「外野もモデルも黙って!! 刺すよ!!」


怖い。

私の背中にまわって、何やら待ち針を片手に色々と調整している服飾係の千葉ちゃんは、手芸部で賞もたくさん獲ってるガチのファッションデザイナー&スタイリストである。彼女のおかげで、我がクラスの衣装はどれも相当なクオリティに仕上がっていた。とりわけこのドレスは格別で、正直これだけで美術部門での入賞は狙えると思う。

まあ、明日までに仕上がれば、なんですけれども。

「ていうかほんとに私で良かったの…?」
「大丈夫、イメージだけ確認したかったから。河合さんが来たら最終調整する」
「千葉ちゃんあの……聞きにくいんだけど、明日までに間に合う……?」
「なんとかする」

非常に頼もしい返事だ。彼女がこう言ってんだったら大丈夫だろう。
千葉ちゃんに「名前、手を下ろしていいよ」と言われて、ふう、と手を下ろす。今までずっとタイタニックポーズだったのだ。このポーズ、二の腕にかなり乳酸が溜まるな。
千葉ちゃんは私の前に回りこんで、真剣な顔で上から下までジロジロと眺めている。うーん、仕事人って感じでかっこいい。

「名前、ちょっと教室の中歩き回ってみて」

そう言われて、ウィッスと返事して、そろりそろりと慎重に足を踏み出す。スカートで隠れているが、靴もプリンセス仕様だ。モノホンのガラスの靴では無いけど、それっぽいパーティー用のハイヒールである。これはクラスの女子のお姉さん提供。

作業がしやすいように、机が全部後ろに下げられた教室の中を、ゆっくりと歩き回る。千葉ちゃんや友達のみんなが「名前、もっとエレガンスに!」「もっと上品に!」と声をかけてくる。一人スマホを向けてる奴がいて、「おい、見せもんじゃねーぞ!」と声を荒げれば、千葉ちゃんから「プリンセスがそんな汚い言葉使うな!」と檄が飛んで押し黙る。くそっ、あの動画あとで絶対抹消してやるからな…。

と、ニヤニヤする友人を睨みながら、ぐぬぬと下唇を噛み締めたその時だ。


「──苗字さん! いるか? そろそろ交代、の………」


名前を呼ばれてはっと前を向けば、教室の入り口のところに、東堂くんが立っていた。私もちょうど入り口の方に向かって足を進めていたので、そこそこ近い距離で向き合う形になる。


「きゃー! 東堂くん!?」
「東堂さまだ!かっこいー!」


あまりにも唐突なバッティング。頭が理解できずに固まってしまう。クラスの女子達によるテンプレみたいな嬌声を受けている東堂くんも同じようで、立ち呆けている彼の視線は私にまっすぐ注がれていて、お互いポカンとした表情のまま数秒見つめ合って───


「――あっ、ご、ごめん東堂くん、今行く!」


慌てて逸らしたのは私だった。
そうだ、14時から学校の正門付近にある運営本部で受付することになってたんだっけ。スマホも時計も見られなかったからうっかり忘れてた……!!

「今すぐ着替えるね、ちょっと待ってて!」

よりにもよって一番見られたくない人に見られてしまって、顔が一気に熱くなる。俯いてそう叫んで、背を向けて教室の奥に逃げるように退避する。最悪だ、こんな、似合ってもないドレス姿を、思いっきり見られてしまった。あまりの恥ずかしさに、涙まで滲んでくる。

「ち、千葉ちゃんごめん、私委員の仕事があって行かなきゃだった。着替えるの手伝ってもらっていい?」
「あ、うん、それはいいんだけど……」

名前、あれ……と彼女が指差す方を見れば、東堂くんはその場から動いていなかった。

「…………、ごめん東堂くん。あの…外で待っててもらってもいい?」

着替えられないから…とおずおずとそう呼びかけると、その瞬間弾かれたように顔を逸らした東堂くんが、「す、すまん!」と、勢い良く扉を閉めた。

……みんながかっこよかったねー、ホスト姿のままだったねー、一緒に写メ撮ってもらえばよかったーと、呑気に喋るのを聞きながら、私はいそいそと着替えて、教室を出る。

東堂くんは、うちのクラスと隣のクラスの境目の壁によりかかって、腕を組んで私を待っていた。ただそれだけなのに、絵になりすぎてて、ごくりと唾を飲み込む。彼は、先程まで着ていたジャケットを脱いでいた。ピンクのシャツに、黒いベスト、ボルドーのネクタイという組み合わせは、普通の高校生がやったら完全にギャグだ。ややイケメンぐらいでも大火傷レベルの格好だ。なのに、東堂くんが着ると様になってしまうのだから、この人の美形とスタイルは改めて半端ないなと思う。

お待たせ、と声をかけると、ちらりと私に目を向けた東堂くんは、ああ、とぎこちなく頷いて、廊下を並んで歩き出す。
この階は出し物に使われてないけど、明日の準備に向けて劇やダンスの練習をしたり、作業をしたりする人で、お客さんはいないものの、廊下はそこそこ賑わっていた。

もう大詰めだなぁ……なんて作業に集中する生徒達に目を移しながら歩いていると、不意に東堂くんが口を開いた。

「さっきの……」
「ん?」
「……ドレス姿について、詳しく話を聞いてもいいか?」

そう言われて、はっと我に返る。

「──あっ、あれはね! シンデレラ役の子がさっきちょうど部活の出し物でいなかったから、代わりに私がモデルになってたの! それだけ!」

再び恥ずかしさがこみ上げてきて、焦った私の口はペラペラと回る。

「東堂くんも知ってるでしょ、軟式テニス部の河合ちゃん、あのめっちゃ可愛い子! あの子がシンデレラ役なんだけど、たまたまあの時クラスにいた女子の中で身長が同じだったのが私で…! だからなんていうか、まあ人間マネキンみたいな感じで、服飾係の子に試着するように頼まれてさ……ま、参っちゃうよね……」

要らんことまで一緒にわーっと説明して、あはは…と苦笑してみせると、東堂くんはこちらを見ずに、そうだったのか、と一言だけ呟いた。

「………」
「………」

そして沈黙。

いつもなら気まずくなってしまう彼との沈黙も、校内にかかるBGMや、廊下の騒がしさでそこまで気にならないのが助かった。
でもなんだろう、この沈黙は……。さすがにあのドレス姿には、東堂くんも色々思うところがあったのかもしれない。

「……苗字さんは、何役でも無いのだよな?」

お見苦しいものを見せてしまって申し訳ありません、と心の中で謝罪していたら、ふとそう声をかけられた。

「あ、うん……完全裏方……」

そう言うと、彼はふう、と息を落として、


「……やはり、苗字さんがシンデレラ役でなくて良かったかもしれんな」


と、ポツリと言った。


「………」


頭の中で彼のセリフを何度か反芻させる。

あっ、あー……、なるほどそういうこと……。

自分でわかっていても、好きな人にそう指摘されるのは結構キツくて、鼻の奥がツンとなった。それでも、俯いて私は笑ってみせる。

「あはは、まーそうだね、ほんと、私がシンデレラ役なんてお目汚しも」

いいとこだよね〜、と続けようとした時、「そういうことじゃない」とピシャリと鋭く遮られて、ひるんだ私は思わず彼を見上げた。


「逆だ。可愛すぎて、他の男に見せたくない」

「………」


目を見つめられてストレートにそう言い切られて、階段の途中で足が止まる。


――ああ……、そうだ。

東堂くんは、こういう人だった。

冗談でも私のことを笑ったり、馬鹿にしたりしないんだ、彼は。
そして、彼が私に向けて言ってくる甘い言葉は、多分、お世辞とか、からかってるわけでもなく、全部本心で。


「……、っ、ほんと……よく言えるよね、そういう恥ずかしいこと……」


また、やられてしまった。情けないほどに頬が熱くなる。もう隠しても意味ない気がしたが、ぐっと唇を噛んで顔を伏せた。


「ほんと、ホストの才能あるよ、東堂くん……」

「まさか。こんなこと、苗字さんにしか言わんよ」

「…………」


なんかもう、いっそのこと、ひどい人だよなって思う。

だって、自虐することも、道化になることも、嫌味を言うことも、彼は許してくれないのだ。私の逃げ道をことごとく潰してくる。そんなことされたら、私はもう、ただただ照れるしかできないのに。

ぎゅぅっと握り締められてるみたいに、心臓が痛い。恥ずかしさも、嬉しさも、悔しさも、全部ごっちゃになって、ただただ胸が熱かった。

パタパタと、忙しそうに私達の横を生徒が行き交う。廊下の途中で立ち止まってる私達に不思議そうな視線をよこす生徒もいたので、ふうっと気持ちを切り替えるために息を吐いて、ドスドスと彼を追い越す勢いで階段を降りる。

「――急ご、もうあんまり時間ないし」
「ああ、そうだな」
「……あのさ、東堂くんも、その格好、すごく、すごく……かっこいい、よ」

意を決してそう言うと、彼は少し驚いたように目を見開いて、その後「ありがとう」と穏やかに微笑んだ。
かっこいいだなんて、今日何度も言われてるだろうに、そう言う彼は本当に嬉しそうで。その笑顔に、私の心臓はまたきゅん、と収縮する。

「先程は、せっかく来てくれていたのに、接客できなくてすまなかったな」
「あ、気づいてたんだ……」
「もちろん。すぐに気が付いたよ」
「──あ、の。新開を指名したのは、一緒に回ってた友達に新開のファンがいて……それに東堂くん忙しそうだったし、だから、これ以上指名増やすの迷惑かなって思って……私は、東堂くんを指名、したい気持ちはあって……あの、」
「分かってるよ」

言葉と共に、ポン、と軽く頭の上に手が置かれた。だけどそれは一瞬で、すぐに離れていった。


「………」


――あぁ、ほんとに。

夢なら早く覚めてくれないかな。ドッキリだったら、早くネタバラシしてくれないかな。

心も体も、数センチ浮いているような、ふわふわした気持ちだ。こういうのを夢見心地っていうのかもしれない。

なんか……いいのかな。このまま、何事もなく文化祭が終わっちゃったら、私……こういう……こういう感じで……東堂くんの彼女になってしまうんだろうか。だってもう、会話が、付き合ってる人達の距離感に、すでになってる気もするし。

「――そうだ。苗字さん、何かホストとしてのオレに言って欲しいことはないか? 苗字さんのためだけの、出張ホスト喫茶サービスだ!」
「……え。うーん……突然言われてもな……。じゃあ、今度カラオケでLOVEどっきゅん歌って」
「? 聞いたことない曲だな」
「ホストの曲だよ。私のスマホに入ってるから、あとで暇だったら聞かせてあげる」

私のカラオケでの鉄板ネタ曲である。これをオタ芸付きでやるとかなりウケるのだ。
「ふむ、よく分からんが、任せろ」と得意げに笑う東堂くんを見て、よし言質は取ったぞ、と内心ほくそ笑む。あれを東堂くんがやるとか、実際に見たら腹筋が崩壊するぐらい笑えそうだ。


よく晴れた秋の日差しが注ぎ込む、賑やかな学校の雰囲気に合わせて、私と東堂くんの談笑も盛り上がる。


―――その時は、思いもしてなかった。


その翌日、先程の思考が悪い方向へ通じてしまい、大事件が起こってしまうことなんて。

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