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「よっ、靖友、泉田」
「よっじゃねーよ!! ンでオメーがこんな時間に……っつか今どっから現れたァ!?」
「ああ、ちょっとさっきまでサウナにいてな。シャワー浴びて出てきたらお前ら二人が話してて、驚いたよ」
「いや驚いたのはこっちの方だからァ…。なにこんな時間までサウナにいんだよ、平日だぞ今日は!」
「オレもびっくりしたんだけど、どうやらサウナで寝てたらしいんだよな」
「ハァ!?!? さりげなく危ないことしてんじゃねェよおめーはァ!!」

本気で心配して言ってんのに、この野郎はいつもみてーにへらっへらした笑顔だ。女どもはコイツのこーいう余裕っぷりに惹かれるようだが、どー考えても単なる馬鹿だよナァ……。
と、呆れたところでオレは泉田が新開の名前を呼んだところで黙ったままなことに気づき、はっとして隣を見る。

あーらら……。風呂に入ってるというのに、見事に顔面蒼白だ。

「し、新開さん……今のボクらの話、聞いていたんですか」
「ああ、全部じゃないけど、後半の方はばっちし聞いてた。苗字ちゃん、オレのことが好きなんだな。そりゃ、初耳だったよ」
 
そう言って、ヒュウ!と笑う新開。

「おいテメ、なにを」

言ってんだバァカ、オメーだってさっきのが盛大な勘違いだって気づいてんだろ。
 
目で制す。が、ヤツはこちらを見向きもしない。オイぜってェ気づいてんだろ。何がしてーんだよ!

「新開さん、その、まさか、」
「苗字ちゃんのこと、前から可愛いと思ってたんだよな」
「!」
「わりーな泉田。ほんと、いいこと聞いたよ。じゃっ、オレ先にあがるな。お前らものぼせないうちに出ろよ」
「し、新開さ……!」

隣の泉田が悲痛な声を上げる中、ヤツはこちらに背を向けるその一瞬、泉田に見えない絶妙な角度でオレにウィンクをした。

………ははーん。ナルホドなァ。

なんとなく、ヤツが言いたいことがわかった気がする。しかし、どーも癪に障るな、新開の野郎は……。

泉田は呆然として、新開が風呂から出て行くのを見ている。オレはその様子を見て、ふうっとため息をつく。そろそろあっちーな。両肘をだして風呂の淵にひっかける。さァて、どーすっかねェ。

「泉田、こいつはまずいぜ」
「………」
「新開はな、女に手ェ出すの早えんだ」
「っ…………!!!」

声も出ねーみたいだな。そりゃ、大ピンチだもんな。
新開わりーな、ちょーーっとだけ色々吹聴させてもらうぜェ。やっぱこーいうのは、多少過激なこと言っといたほうがキクだろ。

「苗字チャン、処女だろ? あいつにカッ食われるちまうぞ、このままじゃ。しかもアイツのテクニックは相当らしい。女共は骨抜きになっちまうって話だ……」

「そ……そんな………!!!」

………さすがに言いすぎたか。でもこのぐらい言ってもヤツならありえそうだって思えちまうんだよな。っつうか、もしかしたら事実の可能性すらある。

「や…やめてください!! そんな……苗字さんでそんなこと、考えないでください!!」
「そーいうのはな。自分の女にしてから初めて言える台詞なんだよ、泉田ァ」
「……けど、ダメです……! そんなの絶対、ゼッタイ、ダメだ…!!」
 
泉田の声が震えている。ちらっと横目で伺うと、追い詰められてか、逆に目に力がこもってきたな。なんつーんだっけなァこーゆーの。あるだろ、コトワザ。泣きっ面にハチ? ちげーか。でも、いい傾向だ。

「…さっきのオレの話、覚えてんだろ? 苗字チャンが、避けられてるにも関わらず、健気におめェの心配してるってよォ。…なァんで、そこでチャンスだって思わねーんだよ。あれは、押せばまだいけるぜ。彼女の中でオメーは特別な存在なんだよ」

「!」

「その、新開がどーのっていうのはオレは違うと思ってるけどよォ。仮にそーだったとしても、いいじゃねーか奪っちまえば。オレならまずそーするネ。彼女の口から振られたわけじゃねーんだろ、諦めるには早いんじゃねェか?」

「―――でも、」

「でもボクにはインハイがあるから。か? イヤ…でもボクは新開さんには勝てない、かァ。それとも両方?」

「………」

あー、めんどくせェな。ンでオレがこんな世話焼かなくちゃなんねーんだよ。苗字チャンにも言われたけど、いい先輩にもほどがあるだろこれじゃよ……けっ、柄でもねー。

「余っ計な言い訳ぐだぐだ並べてよ、オレには全部逃げてるよーにしか聞こえねェな。っつーかよ、インハイへ向けて余念?取り除きたいって、彼女に対する想いを封印することが〈取り除く〉ことになんのかヨ。現時点で全然封印できてねーしそれに足引っ張られてんじゃねーかボケナスがァ!」

「……確かに、そうです」

「なら当たって砕けたほうがよっぽどスッキリすんだろ。悶々してるよりかは、そっちのが全然いいと思うけどなァ。あとォ……新開に勝てねェって思ってるみたいだけど、何でだよ」

「……何で、って……あらゆる面で、まだボクは新開さんには……」

「ハァ……っさけねーな。泉田、オメーはこの箱根学園のインハイのメンバーに選ばれた男だぞ。努力の量で言ったら、新開にも負けてねェよ。そして、これが一番大事だけどォ……苗字チャンに対する気持ちだったらテメーの方が上だ」

「………!」

「……どんな手を使ってでも奪い返せって言いてェところだがよ。オメーは馬鹿正直だから、もう小細工無しで正々堂々ぶつかってくのが一番いいんじゃナァイ? 変に見栄はったりかっこつけたりしねーで、そのまんまの自分で、持ってるもん全部さらけ出すぐらいの気持ちでぶつかれば……そうすりゃ……ひょっとしたら、ひょっとするんじゃねーかとオレは思うけどナァ」

「……そのままの……自分で……」
 
そこまで言ったところで一息ついて、隣を見る。
相変わらず泉田はうつむいていたが………お、ニオイが変わってきたぜ。

「……荒北さんの、言う通りだ。ボクは、今まで苗字さんに対して、本当の自分で接したことがありませんでした。彼女の前ではかっこつけたくて……新開さんみたいに、余裕のある、強い男であるところを見せたくて……でも、それでは、ダメなんですね。ボクはどうしたって、新開さんにはなれないのだから」

そうして、泉田は勢いよく立ち上がると、拳をぐっと握り締めてオレを見下ろす。

「荒北さん! ボク……正面から、ボクの全てでもって、苗字さんにアタックしてみます!そう……アブ!! 封印していたアブを、全開にして!!」


「………………は?」


「もう、彼女から逃げません。アブ……荒北さんの言葉で気づきました……ボクには強力な、パートナーがいる! ……アンディ! フランク! ボクに……ボクに力を、貸してくれ! 君達の力が、必要なんだ、アブゥ!」
 

……………ん?


ちょ、ちょっと待て。

なんだかいきなり躍起になったけど、どーも妙な方向に進んでねーか、コイツ。
オレがポカンとしている間にも、ヤツはひとりで自らの大胸筋と会話を続けている。


「…………アブ北…じゃなかった、荒北さん!!!」
「! お、おう」
「ありがとうございました。ボク……当たって砕けてきますね! それではお先に!」

と、言うと。泉田は「アブー!!!」と叫び、そのまま走って大浴場を出て行ってしまった。
残されたオレは、浴場の扉を見つめることしかできねー。

新開の存在をちらつかせて、ヤツに火をつける作戦だったわけだけれども………
一応火はついたみたいだ。けど…………これ、大丈夫か?


「…………オレ、シーラネ」


ま、役目は果たしたってことでェ。

 
つか、オレも出よ。なんか、やったら疲れたなァ………。




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