──私はDM欄に並ぶ数々のメッセージに、はあ、とため息をつく。


『さよちゃん、最近通話募集してないの?』

『ねーしようよー』

『最近のあなたは裏垢女子としての意識が低いとおもいます、自撮りの回数も最近低いし、通話募集ないし、このままだとみんなから見放されますよ』

『ひょっとして彼氏できた????』

『また毎日自撮り週間やってほしいです( ̄^ ̄)物足りないよー…』

『さよちゃん、こんばんは。最近、自撮りも少ないし通話募集も少ないし、オジサン、心配です(^_^;)なにか、悩みがあるなら、なんでも聞くよ!さよちゃんの可愛い声、また聞きたいな(なんつて、笑』



「………うっぜええええ……」

自分の声じゃ無いような、這うようなひっくい声が出る。おそらく私と通話した人は私と認識できないような声。(喘ぎ声はできるだけエロくなるように作ってるからね。)

巻島くんとの帰り道でちょっとはHP回復したけど、バイトから帰ってきて、くたくたで、明日から期末テストだから勉強もしなくちゃいけなくて、それが終わって簡単にシャワーを浴びて、あらかた寝る準備を終えて、ベッドの上で充電をしていたスマホを見てみれば、この通知の数。しかもこの内容。ため息も出るってもんだ。

私は大の字で寝転がると、まっしろな蛍光灯を見上げる。眩しくて顔を横に逸らすと、学習机の横の小さな本棚の上に置いてある、炊飯器ほどの大きさの招き猫の置物(私はこいつに「ぴえん」という名前を付けている)と目が合う。

「ぴえん……もう眠たいのにフォロワーがうるさいよ……」

ぴえんの妙に黒々とした、吸い込まれそうな瞳に向かってそう呼びかけても、当たり前だが応えはない。

私ははあ、とため息をついて、寝返りを打つ。

確かにフォロワーの言う通りで、最近私は自撮りも通話募集もサボっている。このアカウントの要である怪物が最近イマイチ調子よくないし、まぁ基本怪物はムラっ気があるやつなので、そういう時はマネージャーの私が怪物の代わりにフォロワーに適当な自撮りを提供してたりしたんだけど、なんかここ数週間はそういう気にもなれないし……。なんでかはわからないけど。
そんなふうに職務怠慢していたら、うるさいフォロワーからちょくちょくあのようなDMが届くようになってしまった。し、この前みたらフォロワーが数人減っていた。

(はー………ヤるかぁ………)

「私」としてはフォロワーが減ろうがお叱りDMが届こうかどうでもいいんだけど、「怪物」的にはせっかく掻き集めた「餌」達が不満を募らせている今の状況は芳しくないだろう。
私は、下腹部へと手を伸ばして、秘所を雑に弄りながら、怪物に問いかける。

「──どう? 今日いけそう?」

うんざりしながらそう言えば、しばらくして眠っていた怪物がぐるる、と眠りを阻害されて嫌そうな声を出しながらも、『ほんま突然やん……まぁ付き合ってやらんこともないけど、正直気乗りしませんわぁ』と同じくうんざり、というような感じで応えが返ってくる。ちなみに怪物の返答が何故関西弁なのかというと、私の気分です。

「じゃ、やりますかぁ」

私はツイート作成画面に無心で、『えーー、最近皆さんがうるさいので、久しぶりにエロイプ募集しまーす』と打ち込むと、それを送信する。
どうせこうやって呟くとぽこんぽこんとDMが届き始めて、いつもはその日の気分で相手を決めるんだけど、今日は趣向を変えてみた。


さよなら @sayonara_cat
今回は、このツイートに一番早くリプをした人とエロイプしようと思います。早い者勝ち!




さて、どうなるかな、と思いながら画面を見ていると、10秒もしないうちにリプライが返ってきた。
はえーな、と思って確認してみたら、そこに表示されていたアカウント名に、私は思わず「あ……」と呟いてしまった。

(kumoさんだ………)

「お願いします」だけの素っ気ないリプを送ってきた人は、私ししかフォローしてなくて、しかも私の日常の写真しかいいねをしないことで、私の中でちょっと変わったフォロワーさんとして認知されている、kumoさんだ。
なんか、意外だ。kumoさん、そういうのに興味ないのかと思ってた。いや、まあ、フォローされてから通話募集してなかったから、こういう機会を虎視眈々と狙ってたのかもしれないけど。
私はkumoさんの『お願いします』というリプに、『おめでとうございますあなたが一番です!! 私のDM欄へどぞー』と更にリプをくっつける。

どんな人なんだろう、kumoさん。全くその気じゃなかったけど、ちょっとだけワクワクしてきたぞ。

DM一覧画面を開いて1分ぐらいしたころだろうか。遅いなぁ、と思い始めたところで、ようやくkumoさんからDMが届いた。私は早速チャット画面に移る。


はじめまして、こんばんは



その律儀な文面に、クスリと笑ってしまった。
てか、これを打ち込むのに1分もかけてたの?
私は素早く文字を打ち込む。


こんばんはー

こうやって会話するのは初めてだけど、私は前からあなたのこと知ってましたよー



そう入力すると、



どういう意味ですか



と返ってきたので、私は口元を緩めながら、画面に指を滑らせる。


だってkumoさん、エッチな自撮りには全く無反応なのに、日常の写真にはいいねするでしょ? 変わってるなあって、前から認知してました(笑)



そう打ち込むと、画面の左下に、灰色に点滅する三点リーダの吹き出しが表れる。これは相手が何かを入力している、というサインだ。しばらく何かを打ち込んで、やめて、を繰り返してやっと現れた吹き出しに、私は思わず笑ってしまった。


すみません


いや、別に謝ることじゃないでしょ(笑)

kumoさんって面白いですね


まさか認知されてるとは思ってなくて

焦ってます



(なんか、可愛いなこの人……)

これからエッチしようとする相手なのに、和んでしまう。もう少し何でもないやり取りを続けたかったけど、怪物が『おい、さっさとヤって寝るべ』と急かすので、私ははいはい、と思いながら、画面をタップする。


で、どうしますー? 通話にします? チャットにします?


え?


え……?


あ、いや、チャットでお願いします

すみません、こういうことするの初めてで



「わお」

初めてさんかー。
なんかそんな気はしていたけども。これはちょっと、色々と手ほどきが必要になりそうだな。


もしかして、緊張してます?


はい


ですよね(笑)

そんな緊張しなくて大丈夫ですから

リラックスして、一緒に気持ちよくなりましょう



次の返答には、かなり時間がかかった。


はい



うーむ。相当カチコチに緊張してそうだなー。
よし、ここはいっちょ、と思って、私はパジャマを脱いで下着姿になると、ベッドに寝そべった状態で、首から下を写した。
そしてその写メをチャット画面に送る。


これが今の私の格好

今から私はkumoさんのエッチな操り人形になります

あと、こっから敬語禁止ね。

私に何したいか言ってくれたら、その通りにするよ。下着外せって言ったら下着外すし、おっぱい揉むって言ったら自分でおっぱい弄るよ。

あー、kumoさんに色々いじくられちゃうと思ったら、なんかもう興奮してきちゃった……身体がうずうずする……

早く命令して、kumoさん



──よし、ここまでお膳立てすれば大丈夫だろう。
しばらく画面を見守っていると、灰色の三点リーダが浮かんでは消えて、浮かんでは消えていく。
うーん、もうちょっと雰囲気が足りないか?


ハァ……kumoさんが命令してくれないから、さよ、もうブラ外しちゃった……ねぇ、弄っていい? あそこ、弄っていい??



実際には外してないんだけど、少しでもkumoさんが乗ってきやすいように、エロい雰囲気を演出する。
んー、これ、私自身が自慰する必要ないかも。チャH初心者のkumoさんイかせたら終了だな。と、内心思えば、怪物が『なんやねんそれ私起きた必要ないやん!!』とプンスカしている。もー、そんな怒らないでって。そもそもそんな乗り気じゃなかったじゃん。

と、再び現れたり消えたりする灰色の吹き出しを見ていたら、ぽん、と打ち込まれた言葉に私は「え……」と呟いてしまった。


やっぱり、無理だ



お……おっとお?
このパターンは予期してなくて、少し焦ってしまう。思わず仰向けからうつ伏せになって、私は思考を巡らせる。

(kumoさんこれ……童貞か? 童貞だな?)

一応18歳以下は全部弾いてる(ブロックしてる)けど、もちろん全く未経験で、そういうことに疎い人もいるだろう。私も(一応)処女だし。じゃあなんでこのアカウントフォローしたんだよって感じだけど。

よ、よーし、こうなったら。


そっかそっか

大丈夫だよー、安心して、こういう人も結構多いから



内心あなたが初めてですけどね、と思いながら、私は指を動かし続ける。
なんていうか、乗り気では無かったとはいえ、二年も裏アカを運営し続けてきたのだ。ここで彼を満足させられないまま帰らせるのは……ちょっとプライドに抵触するっていうか。


じゃあ、私が攻めるね!



うーん、攻めってあんまやったことないけど……頑張ろう。


kumoさんは今どんな格好してるのー?



と聞くと、今度はさほど時間がかからずに返信が来た。


パジャマ



「…………」

なんか、そもそも、この人やる気あるのかな……?


じゃあ、パンツだけになって。

でー、パンツの上からー、kumoさんのあそこをスリスリしちゃお!

スリスリスリスリスリスリスリスリ

どうかな? わたしのおてて、気持ちいい?



──これでどうだ!!

もはや使命感すら感じつつ、私はコメントを打ち込む。怪物はふてくされて寝てしまった。こっからはもう、この裏アカで磨かれた「私」のテクニックを全力投入して、なんとかkumoさんを天国まで連れて行く!!

と、ドキドキ(エロい意味合いは全くない)しながら画面を見守っていると、画面の左下では再び何かを迷っているように、灰色の三点リーダの吹き出しが出たり出なかったりをしている。

なにぃ、これでもまだ迷うか! と、私が追撃の一手を考えている時、それは突然現れた。


やっぱり無理っしょ



「……………」


俺にはできない

こんなことしたくない

お前にも、こんなことしてほしくない

こんなアカウント

危険すぎる



………は?

急に流暢に打ち出されるkumoさんのコメントに、思考が停止してしまう。
なに、この展開。
ていうか………え?

なんだかいやな胸騒ぎがしつつも、私は慌てて打ち込む。


どうしたの?

ごめん、なんか嫌な気分にさせちゃった?


ちがう

元からそういうことするつもりなかった

ただ俺は、お前が他の男とそういうことをするのに耐えられなかっただけで



「…………」


リア恋……勢?

たまにいる、「こんなこと危険だからやめてくれ、俺のものになってくれ」みたいなDM送ってくる人。
でも、その文面から伝わってくるのは、そういった勘違い勢とは違って、なぜかわからないけど、すごく切実なものが込められているようで、私は狼狽える。

その時、私の頭の中でぱちりと電撃が弾けた。


───やっぱり無理っショ


「………………」


まさか。
いや、そんなはずない。
そんなこと、あるわけない。

そう、理性では分かっているのに、その『可能性』に思い当たった瞬間、kumoさんのコメントが全部『彼』の声で再生されてしまって。それが恐ろしいほど現実的で、まるで耳元で実際に言われているようで。

そんなはずない、だって、そんなの、あまりに、

頭の中がパニックに陥る中、私は、小刻みに震える手で、スマホを操作する。
『彼』の名前を、打ち込んでは消して、打ち込んでは消して、打ち込んで、ああ神様、どうか違ってください、とお願いしながら、送信ボタンを押した。


もしかして、巻島くん?



それが実際何十秒だったかはわからない。
でも、まるで実際に手に取って触れられるような、重い重い、永遠にも感じられる時間が過ぎた。

そして、灰色の三点リーダの吹き出しは、今度は途切れることなく、私にとっての死刑宣告をぽこんと吐き出した。


……そうだ



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