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巻島くんとゆるキャラ


午前で一番キツイ時間帯、三時限目を乗り越えて、私が休憩中に机に突っ伏していると、頭上から声がふってきた。

「おい、苗字起きろ」
「拒否」
「拒否じゃねえショ」

だいぶうつらうつらしてたけど、妙な語尾で一発で巻島だとわかる。次の授業がなんだったかを思い出すと、何故こいつが私の席に来たのかすぐに目論見がついた。

「また数学の予習してこなかったの……? 毎回じゃないかキミ……」
「るっせえ。部活で忙しいんショこっちは」
「私だって部活やってるわい……」
「いいから起きろ」

そういうとヤツは相変わらず突っ伏している私の頭をわしゃわしゃしてきた。細長い指が髪の毛を乱暴にかき分ける感触。あれ、若干気持ちいい。この手にシャンプーしてもらいたいかも……。

「髪の毛抜くぞ」
「それはひどいっショ〜〜!! 痛いの嫌っショ〜〜!」
「真似すんなショ!!」
「……はぁ〜〜〜ったくも〜〜〜〜」

まあ、友人のピンチを黙って見過ごすわけにもいくまい。私は思いっきり身体を伸ばして起き上がると、ぼさぼさにされた頭を手ぐしで整える。巻島はノートとシャープペンを片手にこちらを見下ろしていた。

「おはようございます巻島くん」
「起きるのが遅いショ。お前授業中にも寝てただろ、どんだけ寝るんだよ……」
「眠い時に寝るのがモットーだもんね」
「野球部より寝る女って噂になってたぞ」
「えっそれはさすがに嫌だな」
「それが嫌なら少しは気を付けろっショ」
「なんていう究極の二択………まあ睡眠をとるけど」
「即決かよ」

こりゃダメだ、とため息をつく巻島をよそ目に、ふわあとあくびを噛みながら、私は鞄から英語ノートを引っ張り出した。

「……ほらよ、お望みの品ですぜっ旦那」
「すまねえな。恩に着るショ」

私のノートを受け取ると、巻島は現在お留守中の私の隣の席に座り、自分のノートに今日の予習範囲を書き写す作業を始めた。

「わからないところがあったら聞いてね」
「おう」

カリカリと、かなりの勢いで書き進めていく音が隣から聞こえる。数学の授業の前はいつも大体こんな感じ。巻島は、1,2年と同じクラスで割と仲が良かった私をいつも頼ってくる。毎回のことなので、よく友達からは付き合ってるんじゃないかって聞かれるけど、全くそんな事実はない。

ケータイをいじっていると、巻島が長く息を吐く音が聞こえた。ふと隣を見ると、無事休み時間終わりまでに全部写せたらしい。やれやれといった感じで首を左右にひねっている。そして立ち上がると、私の席までやってきた。

「お、終わった?」
「なんとか。今日もありがとな」
「いえいえ」
「………なあ、こいつは何ショ?」
「ん?」

巻島が机の上にノートを広げる。今日の予習をまとめてあったページだ。ヤツの細長い指は、その隅っこに私が昨日描いた落書きを指している。

「あ、見つかっちゃったか」
「この不細工なのは犬なのか、猫なのか、それとも地球外生命体なのか?」
「UMAじゃないわ! 一応クマだわ!」
「く……クマぁ!? これが!? クハッ、見えねーッショ!」

細い体を揺らしながら、巻島は大爆笑しはじめた。おお、自転車に乗ってなくてもピークスパイダーは見れるのか……なんて考えてる場合ではない。私が全力を注ぎこんで描いた力作のクマちゃんが、全否定されようとしている。私は座った状態で身を乗り出した。

「ちょっと笑いすぎ! 可愛いじゃんこれ! わからないかなこの愛くるしさ!」
「あ、愛くるしい……!? 不気味の間違いだろ! はーー腹痛ぇ……何でこんなモン描いたショ……!」
「ぶ……部活のゆるキャラを考えようかなって思って」
「ハ? ゆるキャラ?」
「うん。もうすぐ引退だし、我が天文学部の知名度をもっと上げるためにも、なにか下級生に引き継いでいけるものを考えようと思ったんだよね」
「―――で、ゆるキャラ?」
「うん」

私が頷くと、また巻島はぶはっと吹き出して爆笑し始めた。「馬鹿っショ、ここに馬鹿がいるショ」と指さしてヒィヒィ言ってる。私、2年とちょっとこいつと同じクラスだったけど、こんなに爆笑してるとこ初めて見るかもしれない。ものすごく馬鹿にされてるけど、ひょっとしたらすっごく貴重な一瞬なんじゃないか? いやでもムカつくものはムカつくわ。

「もーーーそんな笑うなら今度からノート見せない」

「! う……わ、悪かったショ、それは勘弁してくれ」

――数学のノートの力、絶大なり。巻島は急にテンションが戻ったと思ったら、私に謝罪してきた。ふむ、今後また何か馬鹿にされたり調子に乗られたら今の方法を使おう。

「しかしあんたがそんなに笑うの初めて見たわ」
「オレも相当久々っショ……まさか苗字にこんなに絵心が無かったとは」
「ひどいな、可愛いじゃん。不細工じゃないよ」
「いやぁ、なかなかこれは……芸術的にすら思えてくるショ……」
「絶対褒めてないしそれ。愛嬌あって可愛いと思うのになぁ…へこむわ…」

正直、私だって自分に絵心があるとは思ってない。美術の成績も悪かった。でも、昨日描いたこのクマちゃんは割とうまく描けた気がしたんだ。今日の部活で発表しようかなぁ……って、そこまで考えてたんだ。自然とため息がでる。
ふとノートから顔を上げて、いまだ私の席の前に立っている巻島を見上げたら、ばちっと目が合った後慌てて逸らされた。どうしたの? と私がその疑問を挟みこむ前に、巻島はそれを牽制するかのように声を出す。

「あーーー、まぁ、そうかもな。そういう意味では、似てるかもしんねえショ」


「え? なにが?」


「このクマと、苗字」


「……………………」
「……………………」



……え? 私とこのクマちゃんが、似ている?



「――――えっ私さすがにここまで不細工じゃないよ!」

「いやいやいやそれは無いショお前!! 今まで散々可愛いって言ってたじゃねえか!!」


「…………あれ?」


私はここで気づいた。巻島の頬はほんのり赤くなっていた。元が色白だから、はっきりとわかる。…そういえば、私とクマが似てると言った時、なぜか妙に恥ずかしそうにしていた気がする。

巻島が最初不細工だ不気味だと散々こけにしてきたクマ……でも私が可愛い可愛い言ってきたクマ……そんなクマと私が似ているという巻島………

「―――ちょっと頭がこんがらがってきたんだけど、ま、巻島は私のことを褒めてんの? けなしてんの? どっちなの?」

「…………そういうこと聞くなショ」

「え……えっ? えっ、まさか私のこと可愛いって言ってくれてる…?」

「…………」

「な、ワケないよね、あはは、ごめん………」

「―――あ〜〜〜もう、クソっ!!」


いきなり大きな声を出したと思えば、巻島は片手を私の机についてこちらへグイッと迫った。驚く間もないまま、その細い目に捉えられる。


「そのまさかショ! 可愛いって意味だよ、こんなこと言わせるなっつの! 最初ので気づいとけ馬鹿!!」

「…………!!!」


その時、タイミング良く4時限目の予鈴が鳴った。何も言えない私から視線を逸らすと、相変わらず顔が赤い巻島は「英語のノート、サンキュな」とだけ言って、私の席から離れていった。

その後の4時限目、私はこのノートの落書きから、ずっと目が離せなかった。


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