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一直線に進む彼


私の彼はヘンタイだ。
それも「超」が付く、ね。

「塔一郎、それ何食べてるの?」
「アンディとフランクは混ぜ物が嫌いでね。塩とオリーブオイルで仕上げた素パスタを食べているよ!後は特別配合のプロテインとね」

私たちは中学の時からのお付き合い。
勿論昔からこんな筋肉マンではなかった。
良い身体はしていたけど今ほどヘンタイではなかった。

扉が開いてしまったのはかの自転車競技部の新開先輩と福富先輩の一声だったそうな。
そこから塔一郎はなんかこう…色々すごくなった。
一時期ぽっちゃりとしたけど今はだんだんと筋肉が仕上がりつつある。

彼の苦悩は知っていたし、その結果今結果を出しているのだからそれは喜ばしいこと。
喜ばしいことなんだけど…。


「アブ!名前!キミもバスケ部レギュラーなのだからもっと筋肉を育てたらどうだい?」
「ちゃんと筋トレしてるし!」
「僕が名前を付けてあげるよ」
「やめろ!いらないよ!」

なんだか以前よりもツッコミどころが多いきがする。
お互いに強豪スポーツ部だ。そして私たちは寮生活。
会える時間は限られていて、2年生になってからは一緒にお昼ご飯を食べるのがやっと。
でも最近はこんなやり取りが増えた気がする。

でも仕方がない。
だって、私の彼は超が付くヘンタイだけど、思い込んだら一直線でヘンタイに輪をかけて超が付くバカ真面目なんだから。

***

「正直、お前以外にアイツと付き合えるヤツいないと思うわ」

隣のクラスと合同で体育のバスケの時間。
男子側で休憩中のユキと女子側で休憩中の私がたまたま一緒になった。
塔一郎と中学生のころからの付き合いなので、ユキともそう。所謂幼馴染だ。

「私もそう思う」

中学生の時だって塔一郎は大人しい男子だったし、スポーツもイマイチ。
どちらかと言わなくてもユキのほうが圧倒的にモテていた。

「本来ならユキと塔一郎とで私の取り合いが起ってもおかしくない関係図だと思うの」
「は?少女漫画か?少女漫画のヒロイン気取りか?」
「いやまぁねぇな。私が塔一郎とユキとで揺れるなんてありえない」
「オレだってお前が仮に全裸で迫ってきても真顔でいられる自信がある」
「腹立つけど分からんでもない」

昔から塔一郎が好きだった。
不器用で、馬鹿真面目で。でもまつ毛パッチリの目が可愛くて、優しい。
ちょっと極端なところがあるけど。

「絶対浮気しそうなユキと比べ物にならないよ」
「てめぇ…」
「あいででででででででででギブギブギブ!!!」

流石にバカにしすぎたのかユキからアイアンクローを食らう。
痛い。
容赦なさすぎ!
と叫べば「ざまぁみろ」とおでこをパチッと叩かれた。


こんなやり取りをしたのが6月のこと。


夏休みに入ると塔一郎はインターハイの追い込みに入っていつも以上に練習に励んでいた。
ユキは…、一年生クライマーに負けてインハイメンバー落ちした。
いずれにせよ二人とはしばらくちゃんと会うことは無かった。
私も2年生ながらインターハイメンバーに入ることができて朝昼晩練習に励んでいたからお互いさまだけど。
それでもお互いに一生懸命励んでいるのを知っていたから寂しいなんて感情は無かった。
塔一郎は真面目で一直線だからそれでいい。一心不乱に進んでほしいと思う。
そしてその姿を想像して私も頑張ろうって思うから。

きっと彼は勝利して帰ってくるだろう。

そう信じて待っていたのに、現実は残酷なもので塔一郎本人も、箱根学園も敗北して帰って来たのだった。

彼らを乗せたバスが学校に戻ってきてそれを出迎えたとき、彼は頭にタオルをかぶせたまま、一瞬私を見たけどすぐに顔を逸らしてロッカールームに向かっていった。
声をかけたかったけど、まるで拒絶するような態度に怯んで追いかけることができなかった。
どうすることもできなくて涙を流していると背後から大きな手が頭に乗った。

「ユキ…」

背後から来られて頭に手が乗って強制的に視線が下がったからユキの顔も見えない。
でもきっと彼も泣いてる。
そういえばさっき荒北先輩と何か話していた。

何もできない自分が悔しくて涙が溢れた。

それから2日後に塔一郎から呼び出しの連絡があった。

「名前、出迎えてくれたのにあんな態度をとってしまってすまない」

申し訳なさそうに言う塔一郎。
その長いまつ毛が目の下に影を作っていた。
私がそっと塔一郎を抱きしめて「お疲れ様でした」と言うと、塔一郎はぎゅっと私のことを抱きしめ返した。

そしてまた少し月日が流れた。季節は10月の初旬。
段々と暑さも消え涼しくなってきたころ。

「塔一郎、お昼ご飯一緒に食べよ!」
「すまない名前。今日は少しメニューを考えたくて…。部室で済ませてしまおうと思う」
「…そっか。うん、頑張ってね!キャプテンだもんね!」

福富先輩からキャプテンを引き継いだ塔一郎。
きっと大変な重荷だと思う。
あの日から塔一郎は少し変わった。
元々自転車に関しては自信をつけていたしストイックでもあったから自信家のような部分があったけど、その自信が普段も滲み出るようになったな。と思う。

髪の毛も伸ばし始めた。
坊主っくりだったのが毛足が目立ってきた。
ユキや葦木場くんと打ち合わせしているときにはとても堂々としていた。
影で「最近泉田くん恰好良くない?」なんて女の子の声も聞こえる。
その声に対しては「彼のアブの雄叫びを聞いてもその気持ちがか変わらなければ本物ね」なんて上から目線の悪態をついて聞き流していた。

「…あんまアイツのこと責めてやらねーでくれよな」

ユキが珍しく気遣うような感じで話しかけてきた。

「責めてなんてないよ。ほら、今塔一郎は頑張り時でしょ?思い込んだら一直線だしね!」

彼女なんだから笑って待っててあげないとね!
そう無理やり笑顔を作ってユキに言うと「一緒に飯食うか」と言われて二人で屋上に向かった。


「ねぇねぇ、黒田くんと付き合ってるって本当!?」
「…はい?」

その日の午後に突然、対して仲良くもない、選択授業で同じ班になったことがある程度の女の子から聞かれた。
私が?ユキと?

「付き合ってないよ?」
「えー!そうなの?何かみんな噂してるから気になっちゃって!でも仲良いよね?」
「まぁ、仲は良いけど」

そうなんだぁ!うんうん、頑張ってね!
と意味が分からない励ましと共に彼女は去っていった。名前もはっきり覚えていないような間柄なのに、何だったのか。
ていうか、え、何その噂。私知らない。

なんだか胸騒ぎがして授業が終わると自転車競技部の方向へ駆け出した。

「塔一郎!」
「名前」

丁度部室に向かおうとしている背中が見えて叫んだ。
ゆっくりとこっちを向く。
…あ。
目が、冷たい。

「どうしたんだい?そんなに慌てて」

何故だろう。
いつも通りの物腰穏やかな口調なのに、心に冷水が垂れ込むように、冷たく感じる。
あれ、私いつもどうやって塔一郎と話してたっけ。
ていうか…最後にちゃんと会話したの、いつ…?

「あ…ごめん、特に用はないんだけど…。あの、今日の夜、久々に電話してもいいかな!?」

手のやり場がなくてきゅっと塔一郎のブレザーの裾を掴んだ。
以前は良く夜に電話していた。
なんてことはないただ雑談するだけの電話。会話の内容なんてあってないような、そんなくだらない電話。
でも最近はトレーニングで忙しいのか、部活の事で忙しいのか夜中の意味のない電話も無くなっていた。
塔一郎は一瞬顔を歪ませて、でも、また部活の皆に見せる凛々しい顔に戻って

「ごめん、今日も遅くなりそうだから無理だと思う」

そう言った。

そして

「何か聞いてほしいことがあるならきっとユキなら聞いてくれるよ」

そう言って、別に強く振りほどくわけでもなく、優しく、でもこれ以上引き留められない強い雰囲気を発して私に背を向けた。
私はただただ呆然とそこに立ち尽くすしかなかった。

***

「名前…」
「ユキ…」

部活が終わった後もどうしても寮に帰る気分になれなかった私は再度自転車競技部の部室近くに来ていた。
でも今会いに行っていいか分からず立ち往生。
秋の日は釣瓶落としと言ったもので辺りももう暗い。
流石に怒られるかな。と思いつつでも腰を上げることもできずに壁に背中をつけてしゃがみ込んでいた。
そこにユキが現れた。

「はは、確かにユキのほうが彼氏っぽいかも」
「お前もやっぱ聞いたんだな」

はーっと大きくため息をついて首の後ろをガシガシ掻いている。

「塔一郎、何か誤解してる?」

きっと彼も噂を耳にしているはず。
決して快くはないはずだ。
でも、今は彼が何をどう感じているのか皆目見当もつかない。それほどまでに私たちの会話は減っていた。

「あのよ、あんま言いたくはなかったんだけどよ…」

ユキが重い口を開いた。
そして色々なことを知らされた。

彼の重責。
初日のスプリントに敗北したことが箱根学園を敗北させたという自責。
罪。
周りからの声。
そしてユキ、彼にキャプテンの代わりを依頼したと。

初めて聞く彼の苦悩。
勿論、きっと大変なんだというのは分かっていた。
でもそんなに一人で抱え込めなくなるほどだとは知らなかった。

「なんで…」

相談もしてもらえない自分が情けなくて、相談をしてくれない塔一郎に腹が立って、悲しくなって涙が溢れた。
私はそんなに頼りない?
彼にとって私は必要ないのだろうか?

「私彼女なのに…ぅくっ…なんで…っ」
「アイツはバカが付くほど真面目だからな」
「そんな事ッ…ぐすっ…知ってッ…!」
「<誰からも褒められない覚悟>」
「…?」
「箱根学園のキャプテンは誰からも褒められない覚悟が必要だ。って、前キャプテンから言われたらしい」

…それで?
そう目で促すとユキは続けた。

「だからお前にも甘えらんなかったんだろ。アイツはバカ真面目で不器用だ。お前が一番良く知ってるだろ。…アイツ今いねぇけど、バイクないから多分ここに戻ってくる。お前も喝入れてやってくれよ」

そういうとユキはじゃーなと言って去っていった。

誰からも褒められない覚悟。
そのことばを頭で繰り返し描きながら、私は彼の帰りを待った。

***

30分くらい経っただろうか。
がしゃんという鍵の開く音がした。
塔一郎が帰ってきたようだ。

部室の明かりをつけることなく中央で正座していた。

精神統一でもしているのだろうか。
でももう、そんなの関係ない。

「塔一郎!」
「…!名前!!何でここに…」

ずかずかと部室に入り塔一郎に近づく。
彼は状況が上手く呑み込めていないのかその場に正座したままだ。
私はその前に仁王立ちした。
そして、

「塔一郎のバカ!!!!!!」

そう、肺活量の許すままに叫んだ。

「!?」
「バカ!バカバカバカ!筋肉バカ!バカ真面目!まつ毛!」
「ちょっ…名前!?」
「このおバカ!!!一人で背負い込むなバカ!私はそんなに頼りないか!!」
「あんた以外にキャプテンがいるわけないじゃん!」
「いつもみたくアブアブ言って自信たっぷりにしてればいいんだよ!」
「キャプテンだって!私の彼氏だって!塔一郎しかいないんだよ!」

ここまで一気にまくし立てた。
途中からは涙まみれになってぐしゃぐしゃだったけど、でも目を逸らさずに叫んだ。
そしてそのまま膝をついて彼の豊かな胸筋に向かって抱き着いた。

「誰からも褒められない覚悟が必要かもしれないけど、でも、私が塔一郎を褒める!!!」

だから勝手に一人にならないで。
そこまで言って後はわんわん泣いた。
塔一郎は黙っている。

ビクン

突然彼のアンディとフランクが動いた。
それに気づいて一度身を離す。
すると塔一郎はおもむろにジッパーを下げてその胸筋たちを外に開放した。
彼の鼓動をそのまま表すように慄いている。

「アブ!!!」

塔一郎はそう叫び、そして、私のことを強く抱きしめた。

「塔…一郎…?」
「名前…すまなかった。ボクはずっと自責の念に駆られるばかりで、ボク自身のこともキミのこともないがしろにしていた」
「お願いだから一人で悩まないで」
「…ああ。…ありがとう」
「ユキも大切な友達だけど、私の彼氏は塔一郎しかいないんだよ」
「名前…」

抱きしめる力が増した。

「ふふっ…塔一郎、痛いよ」
「ボクのことを許してくれるかい?」
「当たり前でしょ。彼女なんだから。私が甘やかしてあげる」

抱きしめる腕が緩んで、私もそれに合わせて顔を上げた。
彼の長いまつ毛がすぐそこにある。
暗い部室で照らすのは月の明かりだけ。

久しぶりに触れ合った体温が混ざり合う感覚が愛しかった。

***

「名前!一緒に昼食を食べよう!」

塔一郎がいつもの自信に溢れた表情で私を呼んだ。
それに応えるように近づくと彼は私の手を取りそのまま指を絡める。

「ふぇっ!?」
「さあ屋上へ行こうか」

ただでさえ堂々と呼ばれてみんなの注目を浴びているのに事もあろうに手まで繋ぎだす始末。
突然のことに羞恥で顔が赤くなる。
変な声も出たけど塔一郎はそんな事気にも留めずに屋上へ足を向けて行った。

すれ違う人みんなの注目を浴びている。
去年の東堂先輩とか新開先輩に見たいな親衛隊は塔一郎にはいないけど、彼も彼で有名人。
そして私はユキと付き合っていると噂されていた。
そんな二人が仲睦まじく(?)手を繋いで屋上に消えていく様は瞬く間に箱根学園に広まっていくだろう。

「あの…ちょっと、極端すぎでは…?」

屋上についてから彼に告げた。
しかし彼は一向に手を離そうとしない。
屋上と階段を繋ぐ扉を閉めた塔一郎はそのまま私を壁際に追い詰める。
私の背後には壁。そして正面には塔一郎の分厚い身体もといアンディとフランクが圧をかけてくる。

「色々な人が誤解をしているみたいだったからね。皆に教えてあげないといけない」

そういうと一度繋いでいた手をほどき、そのまま私の手を持ってその甲に唇を落とす。

「!?」
「ユキとの噂を聞いてボクが何も感じていないとでも思ったかい?」
「いやいや!あれは塔一郎にも原因がある!」
「そうだね。だからこうして名前が好きだってことを改めて伝えなければならないなと思って」
「真面目か!?真面目なのか!?」
「名前にもバカ真面目って言われたしね」
「…あれはっ!」
「だから、ちゃんとバカ真面目に君に愛情を伝えていくよ」

段々と近づいてくる顔。
あれ、塔一郎ってこんな大胆だったっけ…!?

「好きだよ。名前。誰にも渡さないし、もう決して離さない」

耳元でそう囁かれてそのまま唇を塞がれた。
彼は超がつくほどのバカ真面目。
愛し方もそれはそれはバカ真面目で思い込んだら一直線だということをこれからたくさん身をもって実感することになった。

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