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荒北くんと正反対ゲーム


「荒北くん、正反対ゲームをしよう!」


突然そう言ってきた苗字チャンの目がキラキラと無垢に輝いていたので、これはきっとろくな話じゃねーなとオレは瞬時に確信した。
コイツのこの目は厄介なんだ。

「正反対ゲーム? …聞いたことねェな」
「私が今考えたの。やり方はすっごく簡単、相手が言った文章と真逆のことを言う。それだけ」
「はぁ」
「例えば私が『砂糖は甘い』って言ったら、荒北くんは『砂糖は苦い』って答える。その問答を続けていって、間違えた時点での正解数で競うの」
「ヘンなゲームだな」
「ルールは、10秒以内に答えることと、言う時に必ず相手の目を見つめることね」
「すっげー簡単そうけどォ…」

机に頬杖をつきつつ気怠く言うと、苗字チャンはちっちっちっ、と舌を鳴らして指を振った。動作が古ィんだよなコイツ。

「素人はこれだからいけませんなぁ」
「苗字チャンだって今考えたばっかなんだから素人だよネ?」
「とにかくやってみよ! ねっ、お願い荒北くん」

うっ。
苗字チャン、頼むからそんな子犬みてーなつぶらな瞳でオレを見ないでくれ。何でも言う事聞いてあげたくなっちゃうからァ…。
これが惚れた弱みってやつかよ、と思いながら、オレの口は「わーったよ」と動いていた。苗字チャンが「やったぁ、ありがと!」と満面の笑顔でオレを見つめる。

「じゃあ私が先に出題者やるね! 初めてだし、第一問はサービス問題にしてあげる。準備はいい?」
「ドーゾ」
「では第一問! じゃじゃん!『私荒北靖友は、箱根学園自転車競技部に所属している』はい!」
「……私荒北靖友は、箱根学園自転車競技部に所属してい──ない」

めちゃくちゃ簡単だなと思いながら口を開いたが、発声すると案外違和感が生まれるもんだ。内心ヒヤリとする。

「ちょっと引っかかりそうになったでしょ」
「……ってねェよ」
「ふーん? ま、そういうことにしといてあげますか。じゃあ続けて第二問! 難易度上げるよ! 『私荒北靖友は、自分のことが大嫌いだ』はいどうぞ!」

拍子抜けした。コイツのことだから、もっとワケわかんねェ複雑なこと言ってくると思ったが。

深く考えず、オレは口を開く。


「私荒北靖友は、自分のことが──」


そこでハッとする。


このままだとオレは──とてつもなく恥ずかしい文章を言わされることになる……!!


言葉に詰まってしまうオレを見て、苗字チャンの口角がニヤリと吊り上がる。

……なるほど、理解したぜ。
つまりこのゲームの本質は、『相手にどれだけ恥ずかしいことを言わせるか』…!! 趣味悪ィゲームだな!!

「私荒北靖友は、自分のことが……」

きっつい。グッと歯を食いしばって、「大好きです……!!!」と言い切れば、苗字チャンは「あれ〜? クリアだけど時間ギリギリだったよ〜どうしたのかな〜?」とわざとらしく口を窄める。なんつー憎たらしい顔だ。コイツ…こうなることが分かってて勝負を持ちかけたな……!!

「ガンガン行くよ。第三問! 『特に自分の顔が大嫌いで、正直東堂尽八にも負けていると思います』」
「……特に自分の顔が……大好きで、正直東堂尽八にも……勝っていると思います……」

冷や汗出てきた。

「第四問。『鏡を見るたびに自分の顔の醜さにうんざりします』」
「……か、鏡を見るたびに、自分の顔の…美しさに……」
「荒北く〜ん? ちゃんと私の目を見つめて言わなきゃダメだよ〜?」

この野郎。

「グッ、惚れぼれします……!!」
「10秒ギリギリだったね。はい、第五問。『また私は自他共に認めていない紳士です』」
「また私は……自他共に認めている、変態…


──ってこんなんやってられっかヨ畜生!!!!」


ぷつんと堪忍袋の緒が切れた。思わず立ち上がって、ハァハァと息を荒くさせるオレに、「はい終了〜! 荒北選手、記録は4問〜!」と苗字チャンは楽しげに声を弾ませる。

「てっめェ…!! やり口が卑怯だぞ!!」
「ふ、勝つためには手段を選ばない、それが勝負師ってもんよ」

なーにが勝負師だよ、知れたようなことほざきやがって。
腰を下ろして、すでに勝ったつもりでいる苗字ちゃんに、「まだ勝負は終わってねーだろ」と口を開けば、彼女はほう? と胡乱げな眼差しを向けた。

「つまり、おまえを4ターン以内に負かせばオレの勝ちなんだろ?」
「まあ、そうなるけど……そんな簡単に覆せますかねぇ」

言っとくけど私、強いよ? と苗字チャンは挑戦的に微笑む。いや強いも何も遊ぶの初めてだろうがヨとツッコミたくなったが堪えて、オレも睨み返した。

完全に火が付いちまった。こうなったらどんな手を使ってでも勝って、そのクソ生意気な面を剥がしてヤンよ…!
オレは静かに口を開いた。

「『私は、荒北靖友くんのことが大嫌いです』」
「……!」

部屋の空気が変わった。わずかに動揺を見せた苗字チャンが、ちろりと唇に舌を這わせて、「なるほど、そう来たか」と呟く。

「……私は荒北靖友くんのことが、大好きです」

見つめ合ってこんなことを言われると(言わせてンだけどォ)、流石にオレもやや照れる。だがその色を一切表に出さず、オレは平然と次の出題をする。

「『荒北くんのことが嫌いで嫌いでェ、考えるだけで寒気がします』」
「………荒北くんのことが、好きで好きで、考えるだけで………ぅ、身体が、火照ります……」

声が萎んで、わかりやすく瞳が揺れる。悔しげに唇を噛む、その頬には少し赤みが差してきた。
……いい顔になってきたじゃナァイ。

「『私の冷たい身体を、荒北くんには知られたくないし、触って確かめてほしくないです』」
「……! わ、私の火照った身体を、荒北くんに知ってほしいし……」
「苗字チャン、どこ見てんのォ? オレの目を見つめて言わなきゃ失格だよねェ?」
「うっ……!! さわって……確かめてほしい、です……」

あー、ヤバ。
そそるわ、その顔。
ゾクゾクしてきた。

「『私は荒北くんに優しくされると干からびちゃうドSの淑女です』」

オレもワケわかんねェこと言ってんなマジで。
だが、これでトドメだ。

「わ、わた、しは……荒北くんにイジメられると、ぬ、濡れ………ちゃう、ドMの………


うわあああんもうヤダああああ!!!!」


耐えきれなくなったように叫ぶと、苗字チャンはすぐ傍にあったベッドへとボフン! と顔を突っ伏した。苗字選手、記録3問。「はいオレの勝ちィ」と淡々と事実を告げると、彼女はうるうるの涙目で「ひどい!! セクハラだ!! セクハラだあああ!!」とオレを糾弾する。隣の部屋のヤツに聞こえたら面倒だから、正直あんまり大声を出さないでほしい。

「勝負師ってのは勝つために手段を選ばない。自分でさっき言ってたよなァ?」
「ウッ……」
「さァて、それじゃ罰ゲームな」
「へ?」
「勝者へのご褒美、でもいいけどォ」

ま、どっちにしろすることは同じだからな。
ニンマリと口角を上げる、オレの笑顔はいっそ清々しいほど極悪人面だろう。

「そ、そんなの聞いてな」
「荒北くんにイジメられると濡れちゃうドMの変態だもんなァ、苗字チャンは」
「!! それは言わされただけで──むぐ!」

さっきの泣き顔で完全にスイッチが入ってしまった。身体に灯された火は未だオレを燻っていて、ちょっとやそっとじゃ収まりそうにない。さっき言わせたこと、全部事実だと身体で認めさせるまで帰してやれねェな、と思いながら、オレは彼女の唇に噛み付いた。

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