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東堂くんとガチャ


ガチャ──。

それは排出率0.01%にすべてを賭けたオタク共の夢の跡。
『推しを引きたい』ただそれだけを願いながら、あらゆる神に祈り、あらゆるジンクスを試し、それ以外の欲望を一切捨て、裸で挑む大勝負。

運命を掴むことはできるのか。
その果てに待っているものは、生か死か──。





「……苗字さん、一体さっきから何をやっているんだ?」

「………」

「苗字さん!」


呼ぶ声にハッとしてスマホから顔を上げると、隣の席の東堂くんが、いつの間にか私の席の前に立っていた。なんだか難しい顔でこちらを見下ろしている。

「東堂くん、どうしたの?」
「……相当集中していたようだな。今日は朝から休憩中ずーっとスマホばかり弄っているが、何をしているんだ?」
「あぁ……」

伝わらないだろうなと思いながら、「石を集めてるんだよね……」と一応笑顔を見せて言うと、東堂くんは石…? と首をひねる。デスヨネー。

「えっと、要するにゲームだよ。ゲームの中で石……そのゲームで使えるお金みたいなものを集めてるの」
「ふむ……ゲームか、なるほど」

理解してくれたようなので、そのまま立ち去ってくれるかと思いきや、東堂くんは「──だが」としかめっ面で口を開いた。

「学校で、隣にオレがいるにも関わらず、取り憑かれたようにスマホに向かうのはどうかと思うぞ。大体画面と顔が近い、目を悪くする!」
「は、はあ……」
「ゲームなら家でやればいいだろう! せっかく学校にいるのだ、学校でしかできないことをするべきだ。例えばオレと話すとか、オレと話すとかな!」
「…………。それじゃ間に合わないんだよ」

うつむいて、ぼそりと呟く。急に声に影が差した私に驚いたのか、東堂くんが「え」と零す。

だって、ピックアップ期間は待ってくれない。愛しの推しは限定キャラ。ここを逃すと次のピックアップがいつか分からない。

──私、苗字名前(17)は、昨晩未明、爆死した。

1年間、この時のために掻き集めたダイヤだった。私は学生で、校則でバイトも禁止されてる身だ。課金はできないから、無料石で挑むしか無かった。
だから、この一年間他のガチャを一切引かなかった。この間にも数々の魅力的なキャラが実装されて、何度『10回連続で引く』に指を伸ばしかけたことだろう。でも、私はそれをしなかった。推しを引くために。

そして、貯まった684個の石と、56枚の召喚チケット。

これだけあれば、さすがに一人は来てくれるはず。そう思って望んだ世紀の大戦で、私は──砕け散った。
0個になった石とチケットを見ながら、ただただ呆然とするしかなかった深夜2時……。人って本当に絶望すると涙すら出なくなる生き物なんですね。

だが!
まだ、ピックアップ期間が終わるまで、時間はある!

なんとかあと10連……! この10連で確率が収束して、一気に2人とか来てくれる未来だってまだ残されている。
そのために私は、全力を惜しまない。たとえ睡眠時間を削ることになっても、たとえそこが学校の中であっても!

………というようなことを、オタク特有の押し付けがましさを出さないように、オブラートに包んで。目の前の、オタクという煩悩の塊の人種からは程遠い、俗世離れした美しい人に説明をすると、彼は相変わらず渋い顔で「ふむ……」と口元に手をやった。

「大体のことはわかった。が、一つ質問がある」
「なんでしょう」
「先程から苗字さんが頻繁に口にする、“推し”とはなんだ?」
「あー……そっか、一般人には馴染みない言葉だよね。平たく言えば、言葉には表せないほど一番好きなキャラ、ってとこかな」
「一番好きな……。ちなみに苗字さんのその推しとやらは、男なのか?」
「え? うん、男……だね」

なんでそんなこと訊くんだろう、と思いながらそう答えると、東堂くんは途端に顔色を変えて、「やはり男なのか…!」とその綺麗な眉を歪めた。そして、その固い顔で「…どんな男なのか見せてもらえるか?」と私を見下ろす。急に要求をされて、少々戸惑う私。
まあ、断る理由もないので、ネットで検索して出てきた愛しの彼の画像を開いて、「彼です」と東堂くんに差し出した。

私のスマホを持ち上げて、彼は画面を凝視する。目が細まったり、角度を変えて眺めたり、まるで骨董品を品定めする人みたいだ。

「……苗字さん、こういう男がタイプなのか?」
「え?」

タイプ……というと、なんていうか、ちょっと現実っぽくなっちゃうけど。
まあ、それほど差異はないか。

「そうだね、タイプかな」
「!」

艶やかな黒髪に、涼しい目元。中性的な美しさも残しつつ、体格には男っぽい逞しさもあって。で、重要なのがツンデレ。ツンとデレの割合は8:2。萌えの黄金率。ここテストに出ます。

歴代の推しもみんなそんな感じだったな〜と振り返っていると、東堂くんが「なるほどな」と呟いて、スマホを返してくれた。

「確かに、なかなかいい男だ。美形だしな」
「そうでしょう!」
「だが、オレも負けてないと思うぞ」
「……は?」

思わずポカンと口を開ける。

「オレだって黒髪だし、もう少し伸ばせばこのぐらいの長さになる」
「いや、推しポニテですけど……もう少しどころじゃないと思うけど……」
「コイツ、背はいくつあるんだ?」
「177……」
「オレのほうが少し低いがほぼ同じだな!」

え? なんだろう、この流れ。
唐突に自分を主張し始めた彼に戸惑いが隠せない。いや、まあ、東堂くんって常にそんな感じではあるけど……。

「──苗字さん」

と、スラっとした手が伸びてきて、長い指が私の顎をくいっと持ち上げる。


「オレを推せ」


目が合う。

不遜な眼差し。自信たっぷりに弧を描く薄い唇。圧倒的顔の良さから放たれる、人をダメにする魅惑的な笑顔。
これがゲームだったら、弱体無効スキルでも使ってない限り、確実に『魅了』のデバフが付くに違いない。


「来てくれないデータ上の美形より、目の前の三次元の美形だとは思わんか?」

「……………」

「画面の中の推しには触れるか? キミの名前を呼んで、笑いかけてくれるか? 愛を囁いてくれるか? どれも否だろう」


その点オレならいずれも容易いことだ、と彼は言う。
彼の言葉を噛み砕いたのち、「えーと、あの…」 と口を開けば、そうはさせんとばかりに長い人差し指が私の唇を塞いだ。

「わかった。苗字さんがそこまでデータに拘るというなら、特別に至近距離からオレを写真に収めることを許してやろう。画像になってしまえば、とうとうその推しとやらと変わらんな!」

……うーむ。
ペイ、と顎にやられた手を押しのけながら、「いやあの東堂くん、ほんとに悪いんだけど」とやっと切り出した。

「東堂くん、GP付与できないじゃん」
「………じーぴー?」
「必殺技ゲージを貯めるやつ」
「…………」
「ぶっちゃけ画像だけじゃ何もできないし、ゲームに実装されなきゃ何の意味もないっていうか……」

いや、もちろん性能で引きたいわけじゃないけどね? でも、あくまでこれはゲームなのだから、それだって大事な部分だ。

「それに、私そんな簡単に推し変する女じゃないんだ。ごめんね」

気持ちはありがたいんだけど、と添えて、申し訳ない気持ちになりながら彼に微笑みかける。「そういうわけで、私は石集めに集中したいから、一人にしてもらえるかな?」と畳み掛けると、東堂くんは唇を噛み締めて「〜〜〜っ!」と声にならない声を出したあと、「何故いつもこうなるのだ!」と天を仰いで叫んだ。
どうしたんだろ東堂くん、情緒不安定だな…と見守っていると、周囲から次々と声がかかった。

「東堂、ドンマイ」
「おつかれー」
「やめろ! その『またか』みたいな視線! オレを哀れなヤツみたいに見るな! うわあああ!」

なんだか楽しそうに盛り上がっているし、私はゲームに戻っていいよね。
しっかし、東堂くんってもうたくさんファンがいるはずなのに、なんで私に固執するんだろうなぁ。

……まあいっか。
私は画面に視線を戻して、石集めを再開する。さあ、頑張るぞ。あー、5000兆円欲しいー。





オマケ 〜その数日後〜


「ねえ、東堂くんって部活で山神って呼ばれてるんだよね?」

「む!? ワッハッハ、そうだぞ! 登れる上にトークも切れる、更にこの──」

「あ、その辺でいいです。あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど、この『10回連続で引く』ってところタップしてくれない?」

「? 構わんが……(ポチ)」

「あ、ありがとう(ゴクリ)…………(数秒後)うわああああああ!?!?!? くぁwせdrftgyふじこlp」

「!? ど、どうしたのだ苗字さん」

「出た!!!! 出たっ! 推しが! ……えっ!?!? また虹演しゅt……二人目!? 嘘でしょ!? とっ、東堂くん、東堂くん!! 出たよ、推し、二人も!!!」

「お、おお、そうか……それはよかっ」

「すごい!! すごいよっ、東堂くんすごい、ありがとう!! マジで神!! 最高!! もう大好き!! 愛してる結婚して!!(オタク特有の過大表現)」

「!? え、なっ……!?!?!? お、オレも好きだぞ!!! だがしかし、そっ、それはさすがに、色々すっ飛ばしすぎじゃないかっ!? い、いや、オレは一向に構わんというか、元からそのつもりではいたが、」

「あ〜〜〜夢みたい……っ待ってたよ……ラブ……一生かけて愛すからね……あぁ推しがいる生活……推しがいるエブリデイ……くっっっ夢じゃありませんように夢じゃありませんように……」

「ま、まあ、とりあえず、結婚を前提にした交際から始めようじゃないか……苗字さん? 苗字さん聞いてるか?」

「──えっごめんなに全然聞いてなかった……。あっこのお礼はあとでちゃんとするので! ほんとにありがとう! で、悪いんだけど私、今から推しをレベルマスキルマ凸開放しなくちゃだから、話はあとにしてもらえるかな? ハァ〜〜〜推したん可愛いよ世界で一番尊い……好き……この可愛さはノーベル平和賞……」

「…………………。」


「(東堂、可哀想だな……)」
「(東堂くん、頑張って……!)」
「(ドンマイ東堂……)」

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