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質問攻めされる


隣の席の青八木くんは、とってもとってもとっても無口な男の子である。

彼のお隣さんになってもうかなり経つけど、会話が弾んだと思えるようなことは一度もない。大体、私が一方的に絡んでは、彼が相槌を打って、それで終わり。青八木くんから私に話しかけてくれたことはない。

……でも、めげずに何度も何度も話しかけた結果、私達の距離は縮まったと思う。最初は全然入れなかった彼の世界に、最近はつま先だけでも入れてもらえるようになった気がするのだ。そしてそこで私は、彼の好きなものとか、ルーツとか、自転車にかけてる情熱とか、彼の大事なものに触れさせてもらった。すごく嬉しかった。

だけど。そんなある日、ひょんなことからとんでもない疑惑が浮上してしまった。私はひょっとしたら、青八木くんのことが、男の子として好きなのかもしれない。恋をしてしまったのかもしれない。苗字名前史上一番のスキャンダルだ。

そしてその疑惑が浮かんで以来、私は青八木くんに全く話しかけられなくなってしまった。顔を合わせることすら恥ずかしくて無理だ。高校生にもなって、こんな風に分かりやすく意識してしまう自分の恋愛経験値の低さが情けない。

というわけで、以前までは彼を構い倒していた休み時間になったが、今日も女友達のところで過ごそうと思い、席を立ち上がった――その時だった!

「苗字」

ピシリ、と身体が固まる。

「…どこに、行くんだ」
「!!」

え。
え?
えええ!?!?

は……話しかけられた!!
青八木くんに!! 多分初めて!!

てっ、てぇへんだてぇへんだ。思わず江戸っ子口調になってしまうぐらい胸中は未曾有の大混乱である。感動、高揚、恐怖、緊張など色んな感情が入り乱れてもうパニックだ。とにかく何か言わなければと、中腰状態のまま、私は口を開いた。

「ど、どこに? って、普通に友達のとこだよ〜」

あはは、といつものように笑いたかったのに、ウェヒ、と気持ち悪い声が出る。

「………どうして」

どうして!?

「ど、どうしてって、そりゃーまあ、アレだよ……アレ」
「どれだ」
「あの……最近の日本情勢とかについて、意見を交わそうかと……」
「…………」
「ごめんなさい嘘ですゴメンナサイ……特に何も用は無いです……スイマセン……」

あえなく苗字名前、撃沈。
すごすごと着席する私に、青八木くんの追撃は止まらない。

「……以前なら、この休み時間は、オレに絡んでたはずだ」

ギクリ。

「どうして最近は、席を外すんだ」

何だ今日の青八木くんは。彼に何が起きてるんだ。誰かヨクシャベールみたいな薬でも盛ったの?
目を白黒とさせながら、私は必死に言葉を探す。冷や汗出てきた。なんでこんな追い詰められてるんだ私。裁判にかけられている被告人のような気持ちだ。

「そ、それは………」
「………」
「あの……も、黙秘します……」
「………」

私の命からがらな証言は、なんとか受理されたらしい。青八木くんは、少し黙ったあと、「言いたくないなら別にいい」とぼそっと言う。ほっとしたのも束の間、彼は「だけど」と語気を強めて私を見た。ヒッ。

「……苗字はこの数ヶ月間、毎日オレに絡んできただろう」

頼んでもないのに、とか性懲りも無く、とかいう言葉が聞こえてきそうだ。

「オレは、それに毎日付き合っていた」
「………」

でしたね。皆勤賞でしたね。

「だったら……その分だけ、オレも苗字の時間を拘束する権利があると思う」
「!?」

あまりにも突飛な暴論が出てきて、思わず青八木くんを凝視する。

「苗字がオレに飽きたというなら、それでも構わない」
「いや別にそういう訳じゃ」
「だから、今日からは、オレが苗字に……」

青八木くんは、そこで言葉を彷徨わせた。
でも、彼が再び私を見据えた時、その瞳にはとても強い意志を感じさせる光が宿っていた。

「苗字のことを、知りたい」
「……!!」

教えてくれ、と彼は言う。
揺らぎのないまっすぐな声は、私に選択肢なんて与えるつもりがないように、断定的に響いた。

「え……と……」

一体、なんだ、これは。
彼から注がれる痛いほどの視線に耐えきれず、顔を前に戻して机に目を落とす。心臓がバクバクとうるさい。頬に急速に熱が集まってきて、見られたくなくて、とにかく深く深く顔を伏せる。

どうして彼は、そんなことを言うのだろう。この数ヶ月間、散々私にウザ絡みをされてきた仕返しなんだろうか。いや、でも、この前私に絡まれるのが楽しいって言ってくれたもんな。分からない、全然わかんない。

「私のことなんて知ったって、別に面白くもないと思うけど……」
「……そんなことない」

ああ、もう、ドギマギして苦しくて、思うように笑えない。

だったら、いっそのこと。

「わ、わかったよ……っオッケー! なんでも聞いて! スリーサイズと体重以外なら答えるよ!」
「……!」

こうなったらもう破れかぶれだ。

私はひたすら道化になる道を選んだ。そうじゃないと、はっきりと自覚してしまった彼への気持ちが、継ぎ接ぎだらけの態度の隙間から、ぼろぼろとこぼれ落ちてしまいそうな気がしたから。





あいにく、くだらないことを延々と喋り倒すことには自信があるのだ。


「好きな食べ物。はい来ました好きな食べ物! 私が心の底からこよなく愛している食べ物はチョコミントのお菓子です。たまに歯磨き粉の味がして苦手とかいう人がいるけど、私はそもそも歯磨き粉を美味しいと思うから一生相容れない。歯磨き粉美味しいよね? 子供の頃歯磨き粉食べてお腹壊した経験、青八木くんもあるでしょ? ない? マジかぁ〜〜。えっじゃあティッシュは食べたことある? ない!? 鼻セ〇ブが美味しいよ!」


「趣味?? 趣味はね〜〜おじさま俳優が出てるドラマ観ることかな。いや私、あれ、枯れ専ってやつでさ。40歳から上のおじさましかときめかない人間なんだよね。だから実は古典の月野先生とか世界史の樋口先生とか、ありよりの在原業平。女友達に言うとうわぁ…ってドン引きされるけど、あのしわっしわの手で頭を撫でてもらうのが夢だったりする。ま、この前世界史も古典も赤点ギリギリだったんだけどさ〜〜! いっそのこと赤点取って補習狙おうかなとか思ってるところ」


どうだこのくだらなさは。まぁ全部ホントの事しか言ってないんだけどね。

青八木くんから質問攻めされる毎日にも、だんだん慣れてきた。最初のうちは、誕生日や血液型などのパーソナルデータを聞かれていたが、最近は趣味嗜好などを質問されるようになった。私はそのたびにこんな調子で、一聞かれたら十喋る、という感じで、彼の攻撃をやり過ごしている。

「苗字」
「! はい、なんでしょう」

さて、例の休み時間がやってきた。
さあばっちこい! 今日もこのくだらなさで押し切ってやる!

どん! と構える私に、青八木くんがゆっくりと言葉を選んで、じゃあ…と口を開いた。

「苗字が今、熱中していることはあるか?」
「なるほど! マイブームね」

ふむ、と考えこむ。そういえば、同じような質問を前に青八木くんにしたことあったな、と思い出した。そしてその時に一瞬とんでもない勘違いをして、自滅したわけだが……いやこれについては考えるのやめよう、顔が赤くなってしまう。

「うーん。あっ、あるある。あのさ、最近インストールしたアプリなんだけど、なめこを栽培するゲームが熱い。今はまだ原木のレベルが低くて、レア度が低いなめこしか栽培できないんだけど、原木のレベルをあげてくと幻のなめこを採ることができるの。何が楽しいって、なめこを採る瞬間ね。指をスワイプして採るんだけど、モモモモモッって効果音が出るの。それがマジで快感。モモモモモッっていうか、ズュモモモモモッっていうか」

身振り手振りを交えてペラペラと調子よく喋っていると、隣からふっと小さく音が聞こえた。
そして私はその一瞬後、不意に青八木くんを見てしまったことを、酷く後悔することになる。

何故かと言うと、彼の口元が少し綻んでいたから。

石にされてしまったようにギシ…と硬直する私に、彼が少し照れくさそうに目を逸らしながら、

「苗字は、やっぱり……面白いな」
「…………」
「……悪い。続けてくれ」


だっ、ダメだァ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

私は机の上で崩れ落ちるようにして頭を抱えた。ぜんっぜんダメ、むり、マジで。頑張って作っていた道化の仮面が一瞬で剥がれ落ちる。だって、ずるいよ、あんな不意打ちみたいな笑顔。もうキュンとするどころじゃない、ギュンッッってする。心臓止まる。

しかもなんだけど、最近、青八木くんがやたらとかっこよく見える。前までは鬼太郎くんみたいで可愛いな、ぐらいにしか思ってなかったのに、最近はジャニーズみたいな美形に見えてしまう。私の目がおかしくなっているんだろうか。恋は盲目というやつなんだろうか。

「苗字?」
「……ごめん、ちょっと……電波を受信してたわ。アババギッチョンゴ星から」
「…………」
「あ、あはは。とりあえずハマってることに関してはそんな感じかな! さっ次いこ次! もう授業までそんな時間無いし! 締まっていこ!」

再び彼に向き直って、高校野球のベンチ裏の選手みたいにパァン! と手を叩いた。オッケー、散り散りになっていた道化の仮面が徐々に戻ってくる。あともう少し、このまま、休み時間が終わるまで……

「じゃあ……」
「うん! なんでも来い!」
「………」

青八木くんは、何か躊躇ったかのようにそわっと身動ぎをしてから、目を逸らしてぽつりと言った。

「今、気になってるヤツ、とか。いるのか」
「へ」

きになってるやつ……

………気になってるやつ………??

「――あ、えと、あれ。数学の松崎先生、ヅラを反対に付けてる疑惑が私の中に浮上していて大変気になっているところで」
「違う」

青八木くんはゆっくりと頭を振る。

「……男子で、…異性として気になってるヤツは、いるのか?」

「…………」


え………

ええ〜〜〜〜〜〜!?!?

マジで〜〜!?!? という気持ちといやですよね〜〜〜!?!? という気持ちが入り乱れて、私の笑顔は引きつる。

まじか。青八木くん、私と恋バナしたかったのかよ。意外すぎる。

――どうする。どうする私。気になってる異性? アンタだよ。でもそんなこと到底言えない。別に正直に答える必要はない、いないと言って首を振ればいいんだ。それが一番無難な選択だ。

ああでも、でも、


「私の、気になってる男子、は……」


初めて知った。パニックに陥ると、人間、頭と身体が別の生き物になってしまうらしい。

私の口は、最も言ってはいけないその人の名前の形に動いていた。


「………青八木くん」


「!! ……え、」


「――の隠れた半分の前髪の奥に潜んでるお目目がめっちゃ気になってて〜!! 実はオッドアイだったり、邪眼だったり、ギアスが刻まれてたりするのかなみたいなみたいな〜〜! 」


「………………」


あ、

あ、

あっ………ぶねぇ〜〜〜〜〜!!!

言うこときかなくて暴走した身体に、頭脳が完璧に近いフォローを入れた。ファインプレーに脳内甲子園が沸いている。監督やりましたよ、これでなんとか冗談に……

「…………」
「…………」
「…………」
「……ん? あれ、青八木くん?」

冗談になった、と思ったのに。

青八木くんの様子がおかしい。何も言わない……のはいつものことだけれど。黙っているというより、言葉を失ってポカンとしているような。

「!?」

と思ったら、勢いをつけて急に立ち上がった。突然のことでビビる私。

「――悪かった。変なこと聞いて」

そう言った彼は、顔を下に向けていて、その表情は綺麗な金色の髪の毛が覆って、分からなかった。

そして青八木くんは、そのまま無言でスタスタと教室から出て行ってしまった。呆然とする私を残して。

「……え?」

な、なにこれ。
ひょっとして私……やらかした?

ひょっとしたら隠されてる片目はタブーだった? 何かシリアスな事情があって隠してるところをずけずけと踏み入られて……怒ってしまわれたのだろうか。だとしたら何やってんだ私の馬鹿、何がファインプレーだ脳内甲子園だ馬鹿!

ていうか………授業までもう3分も無いけど、どこ行っちゃったんだろう……。





その後割とすぐ戻ってきた青八木くんに土下座する勢いで謝り倒したのだが、どうやら怒ってしまったわけでは無いようで、死ぬほどホッとした。結局どこに行ったのかはわからなかったけど。

隣の席の青八木くんとの一進一退の攻防は、しばらくは続きそうだ。でも、「彼に恋をしている」という時限爆弾を抱えている私が、とうとう音を上げてしまう日も、そう遠くはないだろう。その時私はちゃんと想いを伝えられるだろうか。不安しかない。

そういえば……帰ってきた時の青八木くん、やたらと顔が赤いように見えたんだけど……気のせいかなぁ。





「(――やられた。顔が猛烈に熱い………これは授業までに冷めそうにないな……苗字のヤツ、この前の仕返しのつもりなのか……? けど、あんな回りくどい聞き方をしたオレが悪い。そろそろちゃんと、伝えないと……)」

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