top

泉田くんとヤキモチ大作戦


「やめておいたほうがいいと思うぜ」

私の話を一通り聞いた黒田くんは、渋い表情を浮かべてそう言った。

開口一番で否定されてビックリした私が「なんで!」と机から身を乗り出すと、前の席で頬杖をつきながら、彼は「塔一郎のことだからなぁ……」とげんなりと呟く。

「まぁ多分妬くには妬くと思うけど、面倒になる未来しか見えない」
「妬くには妬くんなら全然いいんだけど。結果オーライじゃん」
「いや、多分面倒な妬き方するぞ、アイツ。しかもそのあと『実は妬かせたかっただけで全部演技です』ってネタばらしするんだよな? それもやばそう」
「うーむ……」

黒田くんの言うことは、正直わからなくもない。小中と学校は違ったものの、私だって塔一郎のことを小さい頃から見てきたのだ。真面目が過ぎるところも、ああ見えて頑固なとこも全部知ってる。
……だけど、ここは私も譲れない!

「黒田くん、忠告ありがとう。でも私やっぱりやりたい──『愛のラブラブヤキモチぺったんこ大作戦』!」

そう言って、お願いしますっ協力してください! と、手を合わせて机に突っ伏すと。盛大にため息を落とした後、彼は「わーったよ」と言ってくれた。

「でもその作戦名のネーミングは正直無ェわ」
「あ、っす」

結構気に入ってたのになぁ。
ま、この作戦の一番の要である黒田くんに言われてしまったので、大人しく無難なやつに変えよう。





さて、ここで「ヤキモチぺったんこ作戦」について軽く説明しておこう!

ヤキモチぺったんこ作戦、それは私の彼氏である泉田塔一郎に、私と黒田くんがめっちゃベタベタ仲良くしている様子を見せつけて、嫉妬してもらおうという作戦である。

その前に。私と塔一郎は、家が近所で親同士も仲がいい、所謂幼馴染だった。学校こそ違ったけど、私はしょっちゅう塔一郎の家に遊びに行って、兄妹同然のように幼少期を過ごした。

そんな私達がお付き合いを始めたのは、実は高校生になってから──割と最近のことだ。告白したのは私からだった。でも、少し前から塔一郎も私のことを意識していたのはなんとなく分かってたし、好きだと言ってくれた。その時の感動と幸せな気持ちは、今でもはっきりと思い出せる。

だけど実は、ここのところあまりうまくいってない。というか、まずあんまりいっしょに過ごせない。それもしょうがない、だって塔一郎はあの自転車競技部に所属しているから、休みらしい休みとかテスト前ぐらいしかないのだ。それに加え寮生活。正直、学校が違った小中学生の頃のほうが一緒にいる時間は多かったと思う。

だから、寂しくなって。サプライズでこっそり男子寮に忍び込んだのは、つい先週の出来事。喜んでもらえるかなーなんてドキドキしながら訪れたけど、塔一郎から返ってきたのは真逆の反応だった。やれ見つかったらどうするつもりなんだとか、やれこんな時間に出歩くなんて危ないとか、くどくど続くお説教に私も我慢できなくなって、そっからの大喧嘩。一応もう和解は済んだけど、それ以来連絡を取ってない。

それでも塔一郎が好きだって気持ちは一ミリも揺るがず、私の中にある。怒ったのだって、私を心配してくれてのことだってわかってるし。そういう塔一郎が、私は好き。

だけど───塔一郎は、どうなんだろう?

塔一郎はとても誠実で優しいけど、無駄や無謀なことを嫌う潔癖なところもある。私と自転車を天秤にかけた時、明らかに自転車に傾く今の生活の中で、私のことも邪魔だと感じ始めていたら? 寂しいと、会いたいと思っているのが、私一人だけだとしたら? そんな風に考えると、恐怖で心が押しつぶされそうになる。

そんな時に閃いたのが、この「ヤキモチぺったんこ作戦」だった。正直に聞くのは怖すぎてできないけど、こうすれば間接的に塔一郎の愛を確かめることができるというわけだ。

詳しい作戦内容は、こう。中間テストを数日後に控え、さすがの自転車競技部もテスト勉強期間に入った。そこを見計らって、私が塔一郎を、放課後一緒にファミレスで勉強しないかと誘う。放課後になったら塔一郎と昇降口で待ち合わせるけど、私はその少し前から黒田くんとそこで待機、出来るだけ親しげに会話をする。そこに塔一郎が到着したら、黒田くんも仲間に入れる旨を伝え、以降ファミレスでも更に塔一郎に見せつけるようにイチャイチャベタベタする。

そんなこんなで、期待と不安とが入り混じってテスト勉強なんて全然手につかないまま、とうとう作戦決行日だ。





帰りのHRが終わり、すぐに黒田くんと共に昇降口へと向かう。まだHRが終わってないクラスもあって、辺りにそこまでの賑わいはない。

「よしよし、塔一郎はまだ来てないね。じゃ、今から作戦開始ということで。よろしくお願いします」
「おー。やるからにはこっちも全力で行かせてもらうぜ、名前ちゃん」
「望むところだぜ、ユッキー」

当然、お互いを下の名前を呼び合うのも、親しく見せるための作戦の一つだ。
塔一郎合流からファミレスに移動してからのことまで、黒田くんとは事前に入念な打ち合わせ済みである。ちなみにこのご協力のお礼は、今後課題や予習ノートの横流しをするという闇取引で手を打ってもらった。

私が壁に寄りかかって、黒田くんはその正面に立って、極めて近い距離感で会話をする。こうすれば塔一郎がどっちの方角から来ても、すぐ私達に気がつくだろう。
しかし、まじで近い。そして黒田くん、顔がいい。これはガチ恋距離ってやつだ。自然と声も密やかになって、クスクス笑い合う私達は傍目から見たら完全にカップルだろう。

と、その時、視線を感じてそちらを向くと。

「あ、塔一郎だ」

来た…!
その姿が目に入った瞬間、緊張が身体に走る。私に続いて黒田くんも「お、塔一郎」とさらっと声を投げかけた。
塔一郎は、その場で数秒、私達を観察するようにじっと見つめてから、おもむろに近づいて来た。

「ごめん、待たせたね」

そう言って、私と黒田くんを交互に見る。口角は上がっているけど、どこか警戒心を感じさせる強張った笑顔だ。

「……驚いたよ。いつの間に二人は仲良くなったんだい?」
「! えへへ、それはねー」

待ってました! と言わんばかりに、私は黒田くんに寄り添う。

「この前の席替えで隣同士になってね、そしたら意気投合しちゃったの」
「好きなバンドとか、漫画とかが一緒だったんだよな。女子でこんだけ話せるやつ、名前ちゃんが初めてだよ」
「私も初めて! ユッキーと友達になれてすっごく嬉しいよ」
「マジ? やー、オレも名前ちゃんみたいな可愛い子からそんな風に言ってもらえて嬉しいわ」

と、黒田くんが私の肩に手を回して、グッと自分側に引き寄せた。とっても自然な仕草で。流石に色んな意味でドキッとして、「ま、またまた〜」と返答する声が引きつる。
上目で塔一郎の方を伺うと、とうとう笑みが消えていて、あ、なんかちょっとまずいかも? 初っ端から飛ばしすぎか?

「そういえば塔一郎と名前ちゃん、昔からの知り合いなんだってな」
「…あ! そうなの、幼馴染なんだー、ねー塔一郎」
「…………」

そうだ、大事なことを言うのを忘れていた。
私と塔一郎は、付き合ってることを周囲に隠している。だから黒田くんも、『私達の仲を知らない』という前提の元動いてもらってる。じゃないと、塔一郎の中で私だけじゃなく黒田くんの心証も悪くなっちゃうからね。

「そ、そういうわけで塔一郎。テスト勉強、黒田くんも一緒でいいよね?」
「……ああ、構わないよ、もちろん。ボクは行かないから」
「へ?」

間抜けな声が出た。

「少し用事を思い出してしまってね。ボクは部室に寄ってくから、ファミレスへは二人で行ってくれ」

そう言った塔一郎は再び笑顔を取り戻していたけど、それがあまりにも温度の無い笑顔で。
怒られたことも、呆れられたこともあるけど、こんな表情を向けられるのは初めてだった。

そして、

「……仲が良さそうで何よりだ」

──去り際にボソッと告げたそれは、多分私一人に当てたメッセージ。
はっきりとした拒絶の響きが乗ったその声音に、一瞬身体が硬直する。ハッとした時には、塔一郎の背中はかなり小さくなってしまっていた。

「ちょ、えっ、塔一郎! 待って!!」

慌てて追いかけようとして、ぐっと踏みとどまる。後ろを振り向いて「ごめん黒田くん!」と声をかければ、彼はやっぱりそうなるよなぁといった感じでため息をついて、「いいからさっさと行ってやれ」と手をヒラヒラと動かした。





塔一郎の歩みは早い。珍しく、ポケットに手を突っ込んでスタスタと去っていく背中に追いついたのは、すっかり校舎の端まで行ったところだった。

「待ってよ塔一郎……っ、待ってったら!」

叫んで、腕を両手で掴む。
すっかりたくましくなってしまった、塔一郎の筋張った腕。

「どこいくつもりなの、部室とは真逆じゃん」
「……名前こそ、なんでついてきたんだ? ユキと二人で勉強するんじゃなかったのかい?」

相変わらず冷たい声音に、ゴクリと唾を飲んだ。でも怯まず、「それ、違うの」と即座に否定すると、彼は違う? とこちらを怪訝そうに振り返る。

「うん、その……塔一郎を嫉妬させる為に、わざと……黒田くんと仲のいいフリをしてたの」
「………え?」
「全部演技だったの。下の名前で呼び合ってたり、ベタベタスキンシップしてたのも全部。……騙してごめん」

そう言うと、塔一郎の表情から怒りの色が抜け落ちる。困惑したように目を何度か瞬かせてから、「なんでそんなことを……」と小さく聞いた。

……やっぱり、こうなっちゃうのか。
正直に話すことを避けたくて、こんな回りくどい方法を取ったのに。

「……私ね、最近ずっと不安だった。両思いだって分かって、付き合うことができたのに、昔より全然一緒にいる時間減っちゃって……寂しくて」
「………」
「でもね、それは全然いいの。塔一郎のこと、私心から応援してる。ほんとだよ。自転車を頑張ってる塔一郎のこと、尊敬してるし、そんな塔一郎が好きだから……だけど」

怖い。声が震える。
塔一郎の顔は見れなかった。

「だけど、塔一郎は私のこと邪魔だと思い始めてるんじゃないかって……部活に専念する中で、私への好きって気持ちが薄くなってくんじゃないかって、それが怖かった」
「……だから、試したの? ボクを」

ハッとした。
勢いよく顔を上げる。それを聞いた塔一郎の顔は複雑そうで、そこに滲んでいたのは非難じゃなくて、純粋な悲しみだった。

……ばかだ。

なんて、バカなんだ、私は。

傷つきたくない、こわい、真実を見たくない。そんな自分可愛さのあまり、私は今の今まで気がつかなかったのだ──塔一郎を、ひどく傷つけたことに。

一気に込み上げてくる焦りと後悔。慌てて頭を振って、違う、違うんだよ、と追い縋るように、私は彼に訴えかけた。


「疑ったから試したんじゃない、信じてるから──信じたいから、確かめたんだよ」


繋いだこの手から、伝わってくれればいいのに。

寂しさも、苦しさも、あなたのことが大好きだって気持ちも、全部。私達は、言葉にするのはいつだって怖くて、でも、言葉にしてもらわないと簡単に不安になってしまう、不器用でわがままな生き物だ。


「だけど、こんなやり方よくなかった。嫌な気持ちにさせちゃって、傷つけてしまって、本当にごめん…!」


ずっと握りしめていた手を離して、深々と頭を下げると。ややあってから、ふう、と息をつく音と、「もういいよ、怒ってないから」と声が降ってきた。

「それより……正直に言ってくれてありがとう、名前。本心を聞けてよかった」

顔を上げると、塔一郎は、私が知ってるいつもの塔一郎の顔をしていた。
昔から、私がバカなことをやっては、しょうがないな名前は、って。呆れたようにため息をつきながら、でも、いつだってその目の奥には優しい光が宿ってるんだ。

「そして、ボクも悪かった。ごめん、名前。ボクは忙しさにかまけて……自分の気持ちを素直に伝えることを、疎かにしていた。幼馴染という関係に甘えてたんだ。名前なら言わなくてもわかるだろう、伝わるだろうって……そう思ってた」
「塔一郎……」
「……そう、ボクにはその自覚があったんだ。それなのに、いざキミが他の男と仲良くしてるところを見ると、嫉妬で我を失って、子供のように拗ねてしまうのだから……本当、勝手な男だよね」
「え……」

私を見て、自嘲っぽく笑いを漏らした塔一郎は、不意に私の手を取った。そのままするりと指を絡めるように握りしめられる。
突然の接触に、心臓がドキンと震えた。

「まだいるか分からないけど、ユキに謝りにいこう」
「あ、うん……っていうか、塔一郎、」
「ん?」
「いや、手……」

こんな風にするの、塔一郎っぽくない。
だってまだここは学校の中で。ちらほらと生徒も通りかかる廊下で。

と、まじまじと視線を送れば、塔一郎は少し照れくさそうに目をそらした。

「演技だってわかっても……恋人が他の男に気安く触れられて、平然といられるやつなんていないんだよ」
「…………」
「今日ので気が付いたんだけど……どうやらボク、かなり独占欲が強いみたいだ」

そう、ぶっきらぼうに言うと。塔一郎は照れを誤魔化すように「ほら、いくよ」と歩き出した。引っ張られるようにそれについていく。

隣に並んで見上げれば、彼の頬は確かに赤く染まっていて。
それを見て、くすぐったいような、ぼわっと滲んで色づくような、温かい幸せが胸に満ちていく。
……ああ、多分、この感情のことを『愛しい』っていうんだな。

「らしくないことしちゃって〜もう。付き合ってることバレちゃうよー?」
「もう、いいよ。……名前が嫌ならやめるけど」
「ふふ」

返答の代わりに、ぎゅうっと、握りしめる手に力を込めた。そうすると、塔一郎もそれに応じるみたいに握り返してくれる。それだけのことがなんだかとても嬉しくて、私は彼の身体にピタリと寄り添った。


【リクエスト:夢主とはいつもお互いぶつかってばかりだけど、ある日黒田くんと仲良くしているところを目撃してしまって嫉妬してしまう泉田くん】

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -