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手嶋くんと打ち上げ花火


純太の隣で打ち上げ花火を見ると、寂しくなる。それは、夏の終わりを意味しているから。

私がそうぽつり漏らすと、純太は「夏の終わり、じゃなくて夏休みの終わり、だろ?」と茶化すように笑った。どっちにしたっておんなじことじゃん、と口を尖らせる。

狭いベランダに設けられた木造りのベンチにふたり並んで、ぽつ、ぽつと間隔を空けて打ち上げられる花火を見上げる。背後の窓は開け放たれていて、ベンチと地続きの畳の上には箱のままの温泉まんじゅうとお菓子の入ったお盆、200mlのサイダーのペットボトル、それと蚊取り線香が置いてあり、更に奥で扇風機が首を振っている。まあ、簡易縁側、という感じだ。

八月の末に催される花火大会の日は、毎年、ご近所さんで親同士が仲のいい手嶋家と苗字家で合同バーベキューすることになっている。場所は、やや広めの庭がある苗字家。バーベキューはもう終わって、大人達は1階で今頃花火も見ずにお酒で盛り上がっていることだろう。下にいると酒の配膳やら何やらでこき使われるので、子供達は早々に2階に避難した。

中学の頃までは、女友達とメイン会場の公園まで出向いて、屋台を見て歩いたりしたんだけど、仲良かった子達とは高校が別々になってしまい、すっかり疎遠になってしまった。それからは、こんな感じで純太とのんびり花火を見るのがお決まりになりつつある。

「なんか、今年やたらと花火と花火の間隔長くね?」
「あー、打ち上げる花火の本数、どんどん少なくなってるらしいよ。だから時間稼ぎでしょ」
「うわ、マジかよ」
「予算が厳しいらしいよ」
「世知辛ェなー」

うちわでパタパタ扇ぎながら、手嶋が言う。
そう、花火大会と言っても主催が町内会なので、本格的なそれと比べるとずっと小規模なのだ。打ち上がる花火もシンプルなやつばかり。
寂しい気持ちになる理由は、多分、そういうところにもあるだろう。

それと……。

「……今日も部活だったの?」
「ん? ああ、まーな。交通規制が始まっちまうから、午前上がりだったけど」
「インターハイ、だっけ? 終わったばっかなのに、よくやるよね」
「オレら2年にとっちゃ、始まったばっかだよ。やることも課題も山積みだ」
「ふうん……」
「それに、部長なんていう重いバトンも託されちまったしな。こりゃ来年のインターハイが終わるまで、休む暇はなさそうだ」

……そう、これだ。
年々、純太が遠くなる。それを、どうしようもなく、実感するから。

私と純太は、高校が違う。中学の頃は毎日顔を合わせたというのに、進学してからめったに会わなくなった。
男子三日会わざれば刮目してみよ、っていうことわざがあるけど、ほんとそれだ。純太は、会うたび逞しくなって、私から離れていく。

(……あーあ、これじゃ今年も言えないなぁ)

口に含んだ、炭酸が少し抜けた生ぬるいサイダーがしゅわりと弾ける。今の私の心みたいだ。会う前に膨らんでた期待も、今日こそ告白するんだっていう意気込みも、もう半分ぐらい空気に溶けて、消えてしまった。

「名前はどうなんだ? 部活とか、学校とか」
「んー、まあぼちぼちだよ。特に変わったことはないかな」
「なんだ、つまんねーな。浮いた話とかないのか?」
「浮いた話って……ウチが女子校だって知ってるくせに」

ないに決まってるでしょ、と横目でじとりと睨めば、純太はあぁそーだっけな、悪い悪いと、気持ちのこもってない謝罪をよこす。その反応、絶対聞く前からわかってたでしょ。

「──純太は……そういう純太は、どうなのさ」

この流れなら言える。と、私はずっと気になってたその質問を、できるだけ含みがなく聞こえるように、さらっと口に出した。

「どうなのって、何がだよ」
「しらばっくれないでよ。浮いた話、ないわけ?」
「はは、お生憎様。そっち方面は悲しいほどさっぱりだな」
「………。純太は、彼女とか欲しくないわけ?」

ヒュルルルル、どーん。夜空に光が弾ける。飾り気のない、単発の菊型。赤から緑へと色彩を変え、大輪の花を咲かせた後、夢みたいに儚く消えていく。
私の問いに、手嶋はんー? と少し笑ってみせると、「男子高校生で彼女欲しくないやつなんていないだろ」と肩をすくめておどけてみせた。

「じゃあ、純太も?」
「いや、オレはそんなに高望みできる立場じゃねェから。一つのモン追っかけんのでいっぱいいっぱいだ」

これ以上他に目移りしてたら神様に呆れられちまうよ、と手嶋はどこか自虐めいた笑いを言葉に滲ませる。そっと横顔をうかがい見ると、その目はまっすぐ夜空に向けられていた。

一つのモン、ね。言うまでもなく、自転車だ。

「それじゃ、純太の彼女になりたいって、女の子が立候補してきても? 断るの?」
「そんな酔狂なヤツがいるとは思えねーけど……ま、そうなっちまうかな。オレと付き合ったって、ろくに時間割いてやれないし、すぐに愛想尽かされるだろうし」
「それでもいいって女子がいたら?」

どおん、どん、パラパラパラ……。

「……。そんな女子……いないだろ」
「なんでよ、そんなことないでしょ」

ばか、私。なにムキになっちゃってんだろう。
案の定、手嶋も「どしたんだよ、急に」と苦笑している。でも、その笑顔が、今はなんでか無性に腹ただしくて。ふつふつと込み上げる感情を宥めるようにサイダーに口を付けると、強めの炭酸が喉の奥に弾けて、その刺激からか、目の奥がキュッとした。あれ、さっき飲んだ時は、こんなんじゃなかったのにな。

おかしい。なんか、おかしいな。


「いるよ。絶対いるよ。だって、純太のことを好きになる子は、絶対、純太が、純太が頑張ってるところも含めて好きなんだもん……」


ずっと前から、見てきた。自転車が好きな純太のことを。誰よりも頑張り屋な純太のことを。

また、花火が上がる。でも、下を向いてしまった私には、その花火がどんな形状をしてるか、わからない。


「応援したいって、思うはずだよ。自分のことは二の次にしてくれてもいいって、きっと思ってるよ、きっと」

「……名前、おまえ、」

「ッ、きっと、それでもいいぐらい好きなんだよ、純太のことが──」


言葉の続きは、音になる前に飲み込まれた。

ひゅるるる、視界の端で花火が上がって、それが弾けてどおんと鳴った辺りで、今私は純太にキスされてるのだと、遅れて認識した。

何がなんだか分からず固まっていると、顔をそっと離した純太が、顔を歪めて、バカヤロウ、と小さく呟いた。目尻と頬が、仄かに紅く色づいていた。


「そんなこと言われたら、もう、振り切れなくなるだろ」

「え……」

「何でそんなに、オレに都合のいいことばっか言うんだよ……。ああ、じゃあそれならって夢見ちまうだろうが……!」


そう、苦しそうに絞り出す純太を見て、トクンと心臓が大きく鳴る。

それってまさか、なんて。改めて聞かなくても、純太の気持ちは、今のキスと言葉で十分過ぎるほど伝わってきた。
それぐらい長い時間を、私達は一緒に過ごしてきたのだ。

「……なに、ニヤニヤしてんだよ」
「だって、嬉しくて。純太、私、純太のこと好きだよ」
「……オレもだよ、ばか」
「なんだ、ずっとおんなじ気持ちだったんだね、私達」
「……ほんとにいいのかよ、オレ、何もしてやれねェよ。少なくとも、部活引退するまでは」
「いいよ。純太が一言、私に好きだって言ってくれれば、別にいい」

その一言さえあれば、私はいくらだって待てるから。

そう笑いかけると、純太は、名前には叶わねぇなと首を振って、そのまま私を強く引き寄せた。

次が最後の花火です、風に乗って、そんなアナウンスが聞こえてくる。締めを飾るのはスターマイン。盛大なカウントダウンの後、勢いよく花火が打ち上げられる音がする。次々と夏の空に弾ける色とりどりの光が、私達を照らして、そこに一つの影を造る。

───もう、寂しくない。彼の体温と、心音と、私にしか聞こえないように放たれたその掠れた一言は、私の身体に永遠の一瞬として刻まれて、きっと残り続けるから。花火が消えても、この夏が終わっても、いつまでも、ずうっと。


【リクエスト:手嶋くんと親友兼両片想い】

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