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アンディとフランクに助けられる


ジワジワジワジワジワミンミンミンミンミンジージーミミミミミミジジジジジジジミーンミーンミーンジジジミンミンジーンジーンジーン


「ああああうるっさぁい…!!!」


思わず立ち止まって、そう呟いた。誰に言うでもなく放たれたその言葉は、地面から立ち上る蜃気楼の中に消えていく。相手が人だったらそれだけで憑り殺せるんじゃないかってぐらいに恨みが籠った声が出た。相手が「人」だったら、の話だ。

そこら中から聞こえてくる蝉の大合唱。もはや自分の頭の中に住み着いているみたいに脳にガンガンと響いてくる。奴等も人生の絶頂なわけだし、まぁ鳴きたい気持ちはわかる。だけど。もう少し涼やかな声で鳴けなかったのか。鈴虫とかあの辺見習ってほしい。こんなの嫌がらせをしているとしか思えない。

両手に持ったパンパンのごみ袋をギュッと持ち直して、私は歩き出した。中に入っているのはほとんど紙類のため見た目よりは重くないけど、それでも今暑さでバテバテな私にとって、これを運ぶのはかなりの重労働だ。

夏休み前の恒例行事、部室の大掃除。半年ぐらい掃除をしていなかった我が部室は、溜まりに溜まった不要物で溢れかえっていた。掃除に何日費やしたんだろうか、やっと綺麗になった時、そこには大量のごみ袋が私達を待ち構えていた。
1年生の後輩が手分けしてそれをゴミ置き場へを運んでいたわけだけど、やはり1年生だけじゃ手に負えなかった。そして、最後に残ったゴミ袋二つをかけて、私達2年生の中でじゃんけんが行われた。負けた。一発で負けた。あれ、本当に仕組まれたかと思った。笑顔で「いってらっしゃーい」と手を振ってきた同期の顔が思い浮かぶ。ちっくしょーーー!

あーー暑い。両手はゴミ袋で塞がっているため、額から滑り落ちてくる汗を拭く手段がない。目の中に入って染みる。何だか足取りも頼りないものになってきた。あ、そういやあんまり水分補給せずに出てきたな。大丈夫かこれ。

と、わずかに危機感を覚え始めたところで、やっと私は校舎の裏にあるゴミ置き場までたどり着いた。よっしゃ、ゴールだ。あばよゴミ袋、良く燃えろよ。おんどりゃ!! と、私はこんもりと積まれたゴミ袋の山に、持ってきたゴミを投げ捨てた。

―――その瞬間だった。投げ捨てた反動で、足元がぐらついた。あっ、と思った瞬間に私は地面に尻餅をついていた。

痛い、より先にやってきたのはふわっと込み上げてきた気持ち悪さだった。強烈な眩暈が私を襲う。世界がぐるぐると回っていて、立ち上がろうと思っても足に力が入らない。

あれ……嘘、これ、ダメなやつだ……。

真夏の日差しが倒れ込んだ私に容赦なく降り注いでいる。なんとかそれから顔を背けて、私は荒く息を吐きだした。頭がぼんやりとしてきて、あれだけうるさかった蝉の声も遠くなる。どうしよう、もう一年生は全員部室へ戻ってしまった。ケータイ……も、ダメだ、部室へ置いてきちゃった……。



あ、死ぬかも…………。



その時、私の上に影が落ちた。「大丈夫かい?」と声をかけられる。逆光でその人の顔は見えなかったけれど、私は助けが来てくれたことに安心して、意識を手放した。







私は、夢の中で空を飛んでいた。真っ暗闇の中凄まじいスピードで、熱い靄のようなものに包まれながら、空を飛んでいた。どこへ向かっているのかはわからない。でも、速度の割に風の抵抗はなかった。

その夢が覚めたのか、覚めてないのか、よく分からない。

―――私は薄らと目を開けた。


(あれ、何だこれ……どういう状況だ……?)


視界も思考も霞がかっていたけれど、とりあえず、何故だか自分の首から下の身体が見える。膝が曲げられていて、そのせいでスカートがずり落ちて太ももが少しだけ露わになっていた。そして、相変わらず空を飛んでいるような、ふわふわとした心地が続いている。状況を把握するために視線をあげようとしたら、それまでなかった鈍い頭痛がじわじわと襲ってきて、思わず「う……」と呻いた。

「――あまり、頭を動かさないほうがいい」

すると、頭上から声が降ってきた。知らない人の声だ。

(そうだ、私………ゴミ置き場で倒れちゃったんだっけ………そして、この人に助けられたんだ………)

鈍かった痛みがどんどん先鋭化するのと同時に思い出していく。そして現状をなんとなく把握した。そうか、今私は、この人に抱えられているのか。

「ごめんね、急ぎたいんだけどこういう時は振動を加えないほうがいいみたいだから。保健室に着くまで、少し我慢してくれ」

「は、い………」

そう言う割には、彼の歩みは速く感じた。それでも自分の方に全く揺れが伝わってこないのは、相当しっかりと抱え込まれているからだろうか。

頭痛がひどくなってきて、私は頭をその男子生徒の肩口に押し当てた。そういえばこれ、この姿勢って、もしかしたらお姫様抱っこってやつ、なんだろうか。私全然面識のない男子にお姫様抱っこされてるのか……。ていうか今もう校舎の中だよね。これ、もしかして、超絶目立ってるんじゃないか……。


(……………)

(……………まあ、いいか)


それより頭が痛くて死にそうだ…。


「すみません……ありがとう、ございます………」


掠れ掠れにそう言うと、上からくすっと笑い声が聞こえてきた。

「びっくりしたよ、あんなところで女の子が倒れているなんて思わないからね。でも、発見できてよかった。もう安心して。アンディとフランクがちゃんと支えてくれているから」

「はい、すみません………」

と、声を出したところで私は気が付いた。

「アンディと、フランク………?」

アンディとフランク、って。そんなあからさまな外国人ウチの学校にいたっけ……。留学生かな? ん? ていうかアンディ「と」フランク、って、私2人に抱えられてるの? いや、一人だよね……? ていうか、そのアンディさんとフランクさんに抱えられているとしたら今喋ってるこの人は誰なんだ? お付きの人……? いやでも明らかにこの喋ってる人に抱えられてる気がするんだけど……なんだこれ、天の声なのか……?


………そして、そこで私は考えることを放棄した。


(まあ、いいか…………)


なんか、どうでもいいや。


「アンディさん、フランクさん……よろしくお願いします……」


結局はっきりとしたことは何も分からなかったけど、とりあえず自分はアンディとフランクという人に助けられたことは確かみたいだ。私がそう声を出した、その次の瞬間だった。

「!?」

ビクン、ビクン! と胸板が震えるのを、私はその人物(アンディとフランク?)とちょうど接触している頬と太ももの辺りで感じ取った。何だったんだ今のは、と驚いていると、そのアンディとフランクさん(?)の声が頭上から聞こえてきた。

「ふふ。ぜひ任せてくれ! って、アンディとフランクもそう言ってるよ」

「え? ………そんなの聞こえませんでした、けど………」

「そんなことないさ。キミも感じ取っただろう? ほら、ボクの大胸筋の震えを!」

そして、そのアンディとフランクさん(?)の声に反応するように、再びビクン! と胸板が震えた。


「……………」


頭の中がエクスクラメーションマークで埋め尽くされる。


???………つまりどういうことだ………? アンディとフランクって本当になんなんだ? 今私を抱えている人なのか? いや違うよね…あれ、でもアンディとフランクに支えられてるって言われたよね?? そしてアンディとフランクは大胸筋を震わせることしかコミュニケーション手段が無いのか……? いや何だそれ? ていうかさっきの話だと大胸筋そのものがアンディとフランク……? 私は大胸筋に助けられた……???


(…………………)

(…………。まあ、なんでもいいや………)


だってもうそんな考える力残ってないし。


「よし、後はこの階段を昇れば保健室だ。もう少しだからね、頑張って」
「ハイ……ごめんなさい……ご迷惑をおかけします………」
「謝ることなんてないよ。ボクはただ、当たり前のことをしているだけだからね」

何でもないように言ってのけたその人物(アンディとフランク? 大胸筋?)に対し、当たり前のことを当たり前のようにできる人ってなかなかいないんだよなあ……と、私は思った。というか、女の子をお姫様抱っこして校内を駆けることって当たり前のことでは無いような気もする。何のためらいもなくできることではきっとないよね。


(…………私、この人(?)に助けられてよかったなぁ………)


身体を焼き付くしてしまいそうな熱に侵され、もはや思考回路すらそれに支配されそうになる中、私は確かにそう感じた。


(それに、こんな風に、男の人(?)にお姫様だっこされることなんて、もう生きてて無いかもしれない………)


背中と膝で感じるその人の腕の感触は、非常に逞しいもので。頭を預けている胸板も、軽く接触しているだけなのに、その頑丈さが伝わってくる。

それを意識した瞬間、心臓がドキン、と大きく震えたことに、この時朦朧とした意識の中にいた私が気づけるはずもなかった。







バチリと目が覚めた。
見えたのは真っ白な天井。消毒液とお布団の清潔な香りが鼻をくすぐる。ここが保健室で、今私はベッドの上で、そして自分が先程軽い熱中症で運び込まれたことを思い出した。

「う………」

起き上がると、頭に鈍い痛みが走った。でも、それほど酷いものじゃない。大丈夫、これなら歩けるだろう。私はベッドの傍らに並べられていた上履きを履き、仕切りのカーテンを開けた。デスクに向かっていた保健室の先生が、こちらに気づいてパっと顔を上げる。

「あら、苗字さん! 起きたのね、具合はどう?」
「あ、もう大丈夫です……」

まあ、到底全快とは言えないんだけれど。しかし今はそれよりも逸早く知りたいことがある。気遣わしげな表情を浮かべた先生に何か言われる前に、私は口を開いた。

「あの、先生、アンディさんとフランクさんのクラスを教えて欲しいんですけど……!」

と、言うと、保健室の先生は「――はい?」と、首を傾けた。くるり、と床を蹴ってイスを回転させこちらに向き直ると、わずかに考えこむ素振りを見せてから、私に曖昧に微笑んだ。

「そんな生徒はいないわよ?」
「………えっ?」

思いがけぬ反応に、私はたじろいだ。誰かのあだ名だったりするのかしら、それなら先生分からないわね〜、と先生は笑っている。違う、確かにあの時の私の意識は混濁状態だったけど、それでも何回も繰り返し聞いたんだ、その名前を。あだ名なんかじゃないはずだ。

「そんなはずはありません! 確かに、私を助けてくれたのは、そのアンディさんとフランクさんだったはずです……! 私、その人にお礼がしたくて」

「何言ってるの。あなたを助けてくれたのは、3年生の泉田塔一郎くんよ?」

「いずみだ、とういちろう……?」

「ほら、自転車競技部の主将さんの。知ってるでしょう?」

こちらを諭すような笑顔にもどかしさを募らせながらも、私は考え込んだ。泉田塔一郎、当然知っている。この学園の有名人だ。何故彼の名前がこんなところで出てくるんだ?

黙り込んでいる私を見て、先生はため息を吐いて「んー、やっぱりまだ少し休んでた方がいいかもしれないわね…」と言った。まるで気がおかしくなっているように扱われていることに気が付いて、私はカッとなって口を開いた。

「やっぱり、違います! 私を助けてくれたのは、アンディとフランクさんです! 泉田先輩は関係ありません!」

「もーどうしちゃったのよ。ほら、じゃあそのアンディとフランクさんってどんな人だったの? 冷静になって思い出してみなさいよ?」

相手をするのが面倒くさそうに、彼女は目を細めている。その保健室の先生らしからぬアンニュイな表情に腹が立った。この先生こっちが本性か。なんだよその顔は。私は正気だぞ。どんな人だったかなんて、ちゃんと思い出せるわ。


「どんな、って…。しっかり覚えてますよ!」


そして私は先生を睨み付けながら、自信満々に言い切った。



「あの人は、優しくて、紳士で、力強くて――そう!! すっごく逞しい、立派な大胸筋でした!!!!!!」



………………。

………………。

…………………ん?



「………は?」

「…………………あれ?」

「………ごめんなさいね。えっと……大胸筋って、どういうこと?」



「え、え、……え? あれ……?」



―――何言ってんの、私。

自分でも自分が口走った言葉の意味が全然分からなかった。

大胸筋? 大胸筋ってなに?

もう一度先程のことを必死になって思い出そうとしても、その記憶の輪郭はフニャフニャとぼやけていくばかりだ。一体私は誰に助けられたの……? アンディとフランクなんて人物は、存在しない……? そして、泉田塔一郎さんって?

足元が音を立てて崩壊していくような感覚。何だ、これ。また眩暈がして、私はその場に膝をついた。保健室の先生が慌てて「大丈夫!?」と駆け寄ってくるのが、徐々にホワイトアウトしていく視界の中で薄らと見えた。



―――そして、その後。私は、「アンディ」と「フランク」がその泉田塔一郎さんのそれぞれの大胸筋の名前だと、わざわざお見舞いに来てくれた本人から聞かされて、そして目の前でその大胸筋との会話を見せつけられた。あれは、なかなかパンチ力のある光景だった。まだ夢見てるのかな? と一瞬思ったぐらいだ。納得するまでにかなりの時間を要した。

今思い返すと、本当に不思議な出来事だったなと思う。これだけで世にも奇妙な物語一本できるんじゃないかな。
………しかし。この話で一番奇妙な部分は、全てを理解し終えた時、そんなトンデモな一面を抱えた泉田先輩と、そしてアンディとフランクに恋をしてしまった私自身なのだろう。


【リクエスト:泉田にお姫様抱っこされる】

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