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泉田くんに勘違いされる


―――泉田くん、ちょっと二人きりでお話いいかな?


―――ごめんね、こんなところまで来させちゃって。実は、私ね……


―――黒田くんのことが、好きなの。


―――泉田くんって黒田くんと幼馴染なんだよね? だから、この手紙を、黒田くんに渡してほしいんだ。



………もう、慣れてしまった。







薄いピンク色の封筒に、丸文字で「黒田雪成くんへ」。差出人は、去年クラスメイトだった女の子。あまり関わったこともないのにいきなり呼び出された時、ああ、またか、とボクはその時点で察してしまっていた。
こうやって、本人に代わってボクが代理でラブレターをユキに手渡すのは、これで何回目だろうか。小学校の時からのも含めると、もうかなりの回数になる気がする。彼は幼いころから女子にモテていた。幼馴染で彼のことをよく知っているボクは、彼のその人気の理由をいくつも挙げることができるけれど、やめておこう。今この瞬間だけは、そのことを考えると気分が落ち込んでしまう。
―――別に、僻んでいるわけではない。と、言うと、非常に弁解くさくなってしまうけど、本当だ。多数の女の子、しかも自分がそういう目で見ていない女子から想いを寄せられる大変さを、ボクは彼の傍でよく見てきていた。人気者は人気者なりに苦労があるのだ。


「ユキ、ちょっといいかい? ―――ああ、苗字さんも一緒だったのか」


……なんて、最悪のタイミングだろう。
よりによって何故、今ユキと彼女が一緒にいるんだ。

こうやってユキの人気さを思い知らされるたびにボクの気分が重くなるのは、全てこの苗字名前さんのせいだ。

だって、ボクが想いを寄せている苗字名前さんは、現在ユキに恋をしているのだから。


「お、塔一郎。昼飯も食わずにどこ行ってたんだよ、部活関係か?」
「いや、そうじゃなくて。………その」
「――あ、私それじゃもう行くね。何か、邪魔みたいだし」

ボクがどう切り出したものか言いよどんでいると、苗字さんがそう言ってそそくさとその場から去っていった。「あ、おい、」とユキが声をかけるも、彼女には届かなかったらしい。その背中を見ながら、本当の邪魔者はボクだったというのに悪いことをしたな、なんて、思ってもないことを白々しく心の中でぼやいてみる。

「あーあ、行っちまったよ……ホントにあいつしょーもねェな」
「ユキ、これ」

ラブレターを手渡すと、ユキはそれを見て「おー……」と、複雑な表情でため息を吐いた。「村田かァ……」と渋い顔で呟いている。

村田さん、可哀想に。この顔は断る時の顔だ。

「悪ぃな。さっきまでいなかったのは、コイツのせいか」
「大丈夫だよ。もう、慣れたしね」

できるだけ明るい声を出した。少しでも薄暗い気持ちがあることを、彼には悟られたくなかった。ユキはそれに少し安心したようだった。「ったく、直接渡してこいよな」と口では文句を言いつつ、ラブレターをクリアファイルに入れるその所作はとても丁寧だ。

「………苗字さんとは、何を話してたんだい?」
「……あー、」
「言いたくないなら構わない」

素早くそう言うと、ユキは驚いたようにこちらを見た。そして、「なんだよ、どしたんだよ」と呆れたように笑った。それにつられて、自分でもよくわからないんだ、と口元を緩めたら、ユキは「ハァ? ンだよそれ」と眉を顰めた。

「いや、なんていうか。ユキの口から、苗字さんの話をあんまり聞きたくなくて」
「………」
「けど、最近やたらと仲良さそうにしているから、やっぱり気になって……」
「………へぇ」

と言うと、ユキは喉の奥をくっ、と鳴らした。

「お前ってわっかりやすいよな」
「何が?」
「んでもって、相当鈍いときた」
「………ちょっと。何が言いたいの、ユキ」

さーなんでしょうね、とユキが意地悪くニンマリと笑う。

「アイツもさ、お前と同じようにそーとー鈍いんだよな。ソッチ方面に関しては、かなり残念な頭してやがんだよ」
「アイツって誰?」
「そのうち分かるよ」

相変わらずユキはにやけている。要領を掴めない話に眉根が寄る。詳しく追及しようとしたら、ユキは「そういえばよ、」と話題を変えた。結局何一つ分からないまま、その日の昼休みは終了した。







「泉田くん、ちょっと、二人きりでお話いいかな?」



放課後、部活へ向かう前のことだった。鞄に荷物を詰めていると、そう声をかけてきたのは苗字さんだった。どうしたの、と問いながら、一字一句同じセリフをつい最近どこかで聞いたぞ、とボクは思い出した。そう。この間、ユキへのラブレターを渡してくれと頼まれた時だ。

苗字さんは、ボクの問いかけに「うん…、えっとね……」と何故か俯いて恥ずかしそうにしていた。彼女のそんな様子を見て、ボクの心の内部はしんしんと冷えていく。

ああ、そうか。とうとう、この時が来てしまったのか。

「――わかった。どこか、人がいない場所へ行こうか」

ボクが言うと、彼女は小さく頷いた。こちらの目を見ようとしない。そう、彼女はいつもそうだ。ボクとユキと三人で話している時も、いつもユキの方ばかり見ていて、ボクの方を向かない。たまにこちらを見たと思えば、すぐに顔を逸らす。最近は、何やらボクに隠れて二人でメールのやり取りをしているようだった。そんなに仲が良いんだったら、ボクを介さずに直接告白すればいいのに。

2人きりになれる場所―――いつも、ボクがラブレターを受け取っている場所、校舎裏へ向かう。彼女はボクの少し後ろをついてくる。今からボクは、この人から宣告をされるのだ、「黒田くんのことが好き」だと。それは、ボクの初恋の終わりを意味する言葉だ。嫌だとか辛いとか、もはやそういう感情はあまり湧いてはこなかった。きっとどこか遠いところで、泣きたいぐらいに悲観している自分もいるんだろうけれど、それを確認することができないぐらい虚ろな気分だった。奇妙な浮遊感を覚えつつ、ボクは歩いた。さて、ボクはこの人の言葉になんて答えるのだろう。なんて。さすがに、傍観者的になりすぎだ。思わず、薄っぺらい笑みが漏れた。






「―――ごめんね、こんなところまで来させちゃって」


ヒュルル、と風が吹きすさんだ。彼女の切りそろえられた黒髪がたなびくのを見ながら、ああ、この言葉もいつか聞いたな、と思った。構わないよ、と答えると、彼女は口を噤んだ。頬を赤く染めて、恥じらっている彼女のその顔を見て、目を細めた。


あのね、実は、私ね―――


彼女の唇が、そう動く。
音が消えて、大昔の古いビデオテープみたいに、その一瞬がコマ送りになる。



「―――好きだよ」



彼女が言葉の先を遮るかのように、ボクの口は動いていた。



「ボクは、苗字さんのことが好きだ」



ああ。こんなことを、言うはずではなかったのに。止まらなかった。元々飽和状態だったコップにさらに水を注ぎこまれたかのように、ハラハラと、好きだという熱い感情が溢れ出す。水というより、それは血液に近いかもしれない。だって、こんなにも心臓が痛い。張り裂けそうなぐらいに、痛い。好きなんだ、苗字さん、うわ言のようにそう繰り返した。


「ボクを、選んで」


唖然としている苗字さんに、そう訴えかけた。


「ユキじゃなくて。ボクを選んでくれ、苗字さん」


顔を歪ませてそう言い切ると、苗字さんは驚いたように数回パチパチと瞬きを繰り返してから、「ハイ!」と言って、笑った。


…………。

…………え?


「よろしくお願いします、泉田くん」


そして、彼女はぺこりと頭を下げた。


理解が追い付けずに、数秒その場で固まる。
ヒュゥゥゥ……と再び風が吹いた。


「…………ちょ、ちょっと待ってくれ」
「ん?」
「えっと………ええと、苗字さんは、ユキが好きなはずじゃ……」

自分からボクを選んでくれなんて言っておいて、まさかこんなにすんなりとよろしくお願いされるとは思っておらず、ボクはみっともなく慌てていた。だって彼女はユキのことが好きで、だからユキの方ばかり見てて、メールのやり取りも頻繁にするぐらいに仲が良くて……。

しどろもどろになりながらそう言うと、苗字さんは「ああ!」とポンと手のひらを打った。そして、なるほどそういうことねー、とのんびりと呟いた。

「違うよ。黒田くんと最近連絡取ってたのは、全部泉田くん絡みだよ。私泉田くんのことがずっと好きで、その相談をしてたんだよ。3人で話している時に黒田くんの方ばっかしみてたのは、泉田くんのこと恥ずかしくて見れなかったからだよ」

「…………」

「私も泉田くんのことが好き。……えへへ、あんなに熱烈な告白、されるなんて思ってなかった。どうしよう、嬉しすぎてどうにかなっちゃいそう。―――ねえ、今、顔真っ赤じゃない、私?」


自分の顔を指さしてはにかむ苗字さんを見て、ボクはその返答の代わりに彼女を思い切り抱きしめることにした。


【リクエスト:ヒロインはユキのことが好きだと勘違いしている泉田くんとヒロインのお話】

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