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泉田くんに嫉妬される


「あ、荒北さん……!!」

「あァ? 苗字か、ンだヨ」

「練習お疲れ様です! あの、これ……ベプシどーぞっ!」


部活終了後。部室へ行こうとする荒北さんを呼び止めてベプシを差し出す。少しだけ口角をあげた荒北さんは、「おー、サンキュ」とだけ言って、そのまま部室へと消えていった。

よし、今日は受け取ってもらえたぞ。タイミングを間違えると邪魔だって言われるし、あんまり大勢人がいる時だと渡せないし、こうやってすんなりと受け取ってもらうのは案外難しいのだ。心の中で小さくガッツポーズを決める。

憧れの先輩、荒北靖友さん。野性的でワイルドでいかにも男って感じがする、「野獣」の荒北靖友さん。あの人のかっこよさは、こういう風に近づいて実際に話してみたり、走りを見ないとわからない。それを知れただけでも、マネージャーやっててよかったなって思う。

「――苗字さん」

と、私がほくほくとした気持ちで立っていると、後ろから声をかけられた。その険のある声にギクリとする。うげ、こいつは。

「泉田……」
「また荒北さんにベプシを渡していたのか」

ギュッと眉間にしわを寄せて、同期である泉田がつかつかとこちらに近づいてきた。お局OL様みたいな雰囲気を醸し出している。男子高校生のくせに。

「マネージャーとして、そういう風に特定の部員を贔屓するような行動は慎んだ方がいいと思うんだけど」

ほらぁ、これだよ……。

「……マネージャーの仕事はきっちりこなしてるし、もう部活の時間も終わったでしょ。いいじゃん」
「部活の時間外ではあるけど、まだ他の部員も多く残っているだろう。他の部員に見られたらどう思われるのかわからないのか?」
「…………だから贔屓じゃないから。私、荒北さんのこと好きなんだって」

全く、こーれだからこいつは面倒くさいのだ。他のマネージャーにはこんな風にいちいち文句言ってきたりしないのに、私にだけ妙にネチネチ絡んでくる。姑かっつの。大体私だってなるべく他の部員が見てないところで渡してるし、他の部員も私が荒北さんファンだってみんな分かってるし……。


「………もーやだ。泉田なんて嫌い」


ぼそっと呟いた。ムカつくのと同時に、悔しくて悲しかった。何で私、こいつからこんなに嫌われてるんだろ。嫌われるようなこと何かしたかな。

と、地面をじいっと睨み付けていた私は、ふと泉田が黙ったままなことに気が付いた。あれ? と思って顔をあげると、泉田は茫然と固まっていた。私ははっとした。泉田はなんだかすごく傷ついた顔をしていた。

「あ、ご、ごめん! 嫌いは言いすぎた……! でも私、何か…………」

「……なに?」

「……。私さあ………何か泉田の気に障るようなことしたかなぁ………」

声がしおしおと萎んでいく。また、俯いてしまう。

「マネージャーの仕事は頑張ってやってるつもりだよ……。荒北さんにベプシ渡したり喋りかけに行くのは、ただただ単純に私が荒北さんに憧れているからで……。ねえ、そんなに私のこと気に食わない? 何でこんなに嫌われてるのか、私分からないよ……」

あーヤバイ。なんか、馬鹿みたいに悲しくなってきた。私、思ったより泉田のこと大事だったのかも。本当に、いつからこんなギスギスするようになっちゃったんだろうな。昔はもうちょっと仲良かったのにな。

スン、と鼻を啜った。泉田がはっとしたように息を呑むのがわかった。

「! き、嫌いなわけじゃない、そうじゃないんだ…!」

「……じゃあ、なんであんなにキツイこと言うのさぁ……私にばっかり……」

顔を上げると、泉田は気まずそうに目を逸らして、少し逡巡した後に口を開いた。

「……ごめん、ボクも言い過ぎた。違うんだ、その、ボクは別に苗字さんのことが嫌いなわけじゃなくて……その……」

泉田は不自然に目を泳がせている。何をそんなに躊躇しているんだろうか。訝しく思って「……どうしたの?」と尋ねると、彼の頬はじわじわと赤く染まっていった。

「えっと………嫌いじゃなくて……、その、むしろ、」
「好きなんだろ?」
「そう、ボクは苗字さんのことが好きで……。


――――えっ?」


「えっ??」


「だから靖友に嫉妬してたんだよな」


余りにも突然すぎて、私と泉田は一瞬反応ができなかった。しかし、唖然とする私達の様子なんて意にも介さず、その人は泉田の肩に腕をまわして「そうだろ?」と微笑んだ。

泉田が、「しっ、新開さん……!?!?」と、やっとそこで声を上げた。今更すぎるだろ、と思いながら、私は焦りを抑えて必死に考える。新開さんは一体どこから湧いてでてきたのか……では、なく。それも気になるけど今はそれどころじゃなく。さっきのやり取り、これはどういうことだ。

泉田が言った(言わせられた)ことを頭の中で何度も反芻した。聞き間違いじゃないよね? 寿司とか炭とかじゃないよね? いやあの流れで寿司はないだろ。だとすると……。

カーッと顔が一気に熱くなるのを感じた。泉田の顔も真っ赤になっている。新開さんはそんな私達を見て楽しげに「ヒュウ!」と言うと、「じゃ、オレは行くな!」とそのまま部室へと去っていってしまった。


……………。


再び二人きりになり、気まずい沈黙が流れた。私は勇気を出して恐る恐る口を開いた。


「―――え、ええと。泉田……今のって……その……」

「………そうだよ、新開さんの言った通りだよ。ボクはずっと嫉妬していたんだ。苗字さんが荒北さんしか見ていないから。それが、気に入らなくて。もっとボクの方を見てほしくて……」

「……。それであんな風に絡んできてたの?」

泉田はこくりと頷いた。やけくそになったんだろうか、何だかむすっとした顔をしている。私は思わず吹き出してしまった。そのまま笑っていると、泉田が「何がおかしいんだ」と聞いてきた。

「いや、可愛いとこあんじゃん、泉田。嫉妬してそのあげく好きな子に当たっちゃうとか、恋愛不器用すぎかっての」
「う……」
「いや、可愛くはないかー。私結構本気で傷ついたんだからねー、あんな風に言われて」
「そ、それはごめん、本当に………」

しょぼくれて小さくなってしまった彼を見て、私は微笑んだ。うん、もう気は済んだかな。これで許して上げよう。

「―――私さ、荒北さんのワイルドなところが好きなんだよね。男らしいっていうかー、ちょっと危険な感じっていうか」

「…………」

「だから、頑張ってね」

「えっ?」

「荒北さんぐらいかっこよくなって、たくましくなったら、その時は付き合ってあげる。だから頑張って、私を振り向かせてみせてよね!」


そう言って、にこっと微笑みかけると。顔を上げた泉田は目を見開いて、そしてパアッと顔を輝かせた。


「わかった。ボク、絶対……絶対に、苗字さんを振り向かせてみせるから! アンディ、フランク……共に頑張ろう! アブ!」

「………」


大胸筋に向かって力強く話しかける泉田を見て、もし本当に付き合うことになったとして、こんな人とうまくやっていけるんだろうか……と、言ったそばから私は少し不安を覚えたのだった。


【リクエスト:荒北さんに懐いているヒロインに嫉妬する泉田】

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