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T2の二人に介抱される


今日家に帰ったら、昨日お父さんが買ってきてくれたワッフルがある。大好きなお店のベルギーワッフル。私が一番好きなのは、子供っぽいと言われるかもしれないけど、上にチョコレートがかかってるやつだ。あれ、甘くて美味しいんだよなぁ……。こう、食べた時にふわっとしたところとカリッとしたところがあって、あとチョコレートがかかってる部分とかかってない部分があって、一口一口違う美味しさが味わえて――――――………


「無理だ…………………」


保健室に行く途中の階段、あと残りわずかで登りきる、といったところで私は立ち止まった。壁に身体を預ける。

(誰だよ保健室を二階に作ったやつはよぉ………)

頭痛、腹痛、全身のだるさ。プラス気持ち悪さ。うわちょっと目眩もする……。いわゆる生理痛、というやつだ。そして、私は多分人一倍これがひどい方なのだろう。

放課後、この忌まわしき生理痛のせいで部活なんて到底出れそうにない私は、保健室で次のバスが出る時間まで休ませてもらおうと思って学校の中を移動していた。痛みとだるさで重い身体を引きずって、頭の中で大好きなワッフルの幻想に逃げながら、ここまで頑張ってきたわけだ。そんな頑張りのかいもあって保健室はあともう少しだった。

なのに。この立ちはだかる階段はなんなのだろう。壁だ、今の私には反り立つ壁に見える。サスケか。なんの恨みがあってここに階段があるんだろう。この学校を設計したやつに言いたい、何故保健室を二階に作った。作ってしまったものはもうどうしようもないけど、お前が今後学校を設計することがあるならその時は保健室は一階に作ってやってくれ、私のような被害者を出さないためにも……。

「あーーーー………クソ生理、生理なんて無くなれ…………」

私は思わず階段の途中で腰を下ろした。部活へ向かう生徒たちがちらほら通り過ぎる。この人達に私の今の苦しみを分割して与えたい。いや、この学園の生徒全員にこの苦しみを分割すればどうだ、そうすれば一人当たりの苦しみ量は微々たるものになるだろう。髪の毛が一本抜けるぐらい……いやもっと小さくて済むな。針でちくっと刺されたぐらいの、痛みとも言えない痛みで済むはず……。そうだそうしよう! 皆頼む、協力してくれ。頼むよ……。

「苗字さん?」

虚ろな目でそんなくだらないことを延々と考えていたら、不意に声をかけられてはっとして顔を上げる。

「おお、手嶋くんと青八木くん……」

同じクラスの彼らは、上の階から降りてくるところだったらしい。多分、部活へ向かう途中なんだろうな…。
やだなー、見つかりたくなかった。この二人とはわりかし仲がいいほうだったのだ。まあ青八木くんとはちゃんと喋ったことは無いんだけど……。でも二人共とっても優しいことは知っている。

「こんなところで何やってるんだよ……体調悪いのか?」
「………。」

手嶋くんの言葉に、青八木くんがコクリと頷く。ああほら、心配してくれてる。あちゃー、迷惑かけたくないんだけどなー……。

「あー大丈夫大丈夫。ちょっと……その、うん。色々アレなんだけど…。ここで休んでればすぐに平気になるから」

さすがに生理痛、とは言えなかった。でも手嶋くんは口ごもった私のその様子から察したらしい、「そうか、動けないんだな」と神妙な顔で頷いた。

「オレ、保健室の先生呼んでくるよ」
「! い、いいよいいよそんな………うっ」

慌てて止めようと腰を浮かしたら、その途端にズシリと痛みがのしかかってきて、私は顔をしかめる。

「ほら、やっぱり動けそうにないみたいだ。苗字さん、無理しないで。青八木、彼女のそばにいてやってくれ、オレ保健室行ってくるから」
「………。」
「え、ちょ……!」

青八木くんがまたコクリ、と頷いた。嘘でしょ、本当に大丈夫なのに。今はちょっとひどいけど、少し立てば波が引いて動けるようになるのに……。そんな保健室の先生を呼んでくるまでのことでは絶対ないってば……。

と思っても、私があうあうしている間に手嶋くんはあっという間に去ってしまった。

「…………行っちゃったよ……」
「…………」

青八木くんは、手嶋くんを見送ると、おずおずと私の横に腰掛けた。

「……………」
「……………」

そして沈黙。

……そういえば、青八木くんとこんな風に二人になることって今まで無かったな。いつも手嶋くんが一緒だったから……。手嶋くんを介してコミュニケーション取ったことはあるけど、二人でちゃんと会話したことはない。

「……苗字。」
「! うん」

あ、名前呼ばれたのも、初めてな気がするような……。

「寒くないか」
「あ……大丈夫だよ!」
「そうか……」

「……………」
「……………」

「苗字。」
「うん?」
「何か、温かい飲み物……要るか?」
「! 大丈夫だよ、私もお茶持ってるし……」
「そうか」

初めてしっかり聞いた彼の声は、男の子にしては少し高めだけど、静かで落ち着いてて、不思議な安心感があった。いい声だな。それに、私のことをすっごく心配してくれてるのが伝わってくる。
お腹の痛みに耐えながら、そんな青八木くんの優しさに染み入っていると、不意に彼の腕が伸びて、私の背中をゆっくりとさすった。びっくりして彼の顔を見ると、少し照れて頬を赤く染めた彼が、私のほうをちらりと見て、「嫌ならやめる」とぽそっと呟いた。

「い、嫌じゃない、嫌じゃない……! 青八木くん、ありがとう……!」

慌ててそう言うと、青八木くんは私のその言葉にコクリと頷いて、そのまま正面を向いてしまった。
背中をゆっくりとさすってくれている彼の手のぬくもりが、背中を通してお腹の方にまでじんわり伝わってきて、本当に痛みが和らいでいくのを感じる。
ちょっと、どうしよう………。なんか、感動。今時こんな優しい男子高校生がいるなんて。胸がじーんと熱くなる。こんな若者がいるなら、日本の未来も安泰だなぁ……。

「青八木、苗字さん」

私がしみじみとしていると、背後から手嶋くんの声がしてそちらを向いた。どうやら帰ってきたみたいだ。でも、彼は一人だった。

「純太、保健室の先生は」
「それが今いなかったんだよな……」

やれやれといった感じで肩をすくめてみせる手島くん。こんな欧米人みたいな洒落たポーズも、彼がやると様になってしまう。まあ、格好良いもんな。
にしても、保健室の先生がいないのは助かった。青八木くんのおかげでちょっとお腹が楽になったし、自分で歩いて行こう。

「二人共ありがとね。私、もう大丈夫だから、」
「いや苗字さんは座ってて」
「安静にしてろ」

………と思ったら、険しい目つきの二人にピシャリと言われてしまった。

「純太」
「ああ、青八木。そうだな……ここは苗字さんをおぶっていくしかないな」

「!?!? えっ、」

―――おぶる!?!?

イコールおんぶする!?!?

さも当然のように会話(?)がなされて、私はビビるどころではない。おんぶって、そんな受け入れられるわけがないじゃないか。

「な、何言ってるの二人共…!」
「ここで苦しんでる苗字さんを置き去りにして、部活に行けるわけないだろ?」
「うんあの、だからもう私大丈夫で、」
「苗字。無理は良くない」
「いや無理してないんだけど………」
「青八木、オレが苗字さんをおんぶするからお前は荷物を持ってくれないか?」

あれ、なんかいきなり私の意見がスルーされるようになったぞ。

「いや、純太。オレが苗字をおんぶする。オレの方が純粋な筋力なら上だ」
「ありがとな青八木、でもその心配には及ばないよ。苗字さんぐらいオレだって余裕でおんぶできる。っていうか、その言い方は若干失礼だぞ、青八木。まるで苗字さんが重たいみたいだ。なあ、苗字さん」
「それはどうでもいいんだけど、じゃなくてね、私」
「―――でも、絶対に乗り心地がいいのはオレだ。面積的に」

私の言葉はまたしても遮られた。あれこれ何の話だ? なんかおかしな方向に発展してない?

「青八木、まさかお前……アレを出す気か……!」

手嶋くんの言葉に、神妙な面持ちでうなずく青八木くん。座っている私の横で何故か激しいにらみ合いが勃発している。彼らは一体何を争っているんだろう。っていうか〈アレ〉ってなんなんだ、気になる。

「……本気だな青八木。だけどお前が苗字さんをおんぶすることはできない」
「なんだと…」
「お前はオレに貸しがあるからだよ。そう……ふふ、楽しかっただろ? 青八木。苗字さんと二人きりのティーブレイクは………!」
「! ま、まさか、純太!」
「そう、オレはさっきあえてお前を残したんだ。こうなることを予想してな! さあ青八木、ここはオレに譲るべきだ。そうしないとフェアじゃない」
「くっ………!!!」


「……………」


―――よ、よくわからん。よくわからんけどすごい緊迫感だ。青八木くん、唇を噛み締めて冷や汗をかいている。何だ? 二人共そんなに私をおんぶしたいの? ……何で??
二人のやり取りがちょっと意味わからなすぎて呆然としていた私だったけど、ふと気づいたら生理痛はほとんど気にならなくなっていた。ピークは引いたみたいだ。これなら余裕で保健室まで行けそう。
相変わらず言い争いを繰り広げている二人をよそ目に、私は立ち上がった。身体が重い感じはまだあるけど、もう大分良くなったな。スカートを軽く払って、荷物を取る。

「! 苗字さん、何してるんだよ!」
「やーもう平気になったから。私行くわ、二人共本当にありがとねー!」
「……そうかわかった、おんぶされるのが恥ずかしくて嫌なんだな?」
「そうじゃないよ。いや恥ずかしいのはそうだけど、もう本当に大丈夫なんだって」
「……純太。」
「! そうか、なるほどな青八木……ごめん苗字さん、オレらが間違ってた」
「え、何が」
「お姫様だっこのほうがよかったよな!」
「………」
「ごめん、オレとしたことが。うっかりしてたよ」
「………………」


照れ笑いをする手嶋くんと、真面目な顔で頷く青八木くんを見て、私はこの人達って結構アホなんだなぁーー……と思ったのだった。


【リクエスト:学校で体調不良で蹲っている所を助けてあげる手嶋+青八木】

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