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金城くんを待ち伏せする


胸元に抱えたスマートフォンにちらりと目を落とせば、朝のHRが始まるまで残り10分を切っていた。
私の目の前を、たった今昇降口を通って登校してきたばかりの生徒達が通り過ぎていく。ラッシュ時である今は、「今日の一時間目なんだっけー」とか「課題やってねえわー」とか、ガヤガヤととにかく話し声がうるさい。私はそんな彼ら通行の邪魔にならないように、端っこで壁によりかかっているわけだけど……。

………さて、時間帯からいけば、あともうちょっとのはずだ……。

と、私が再びスマホに視線を落とした時だった。

「――苗字! おっはよー! こんなとこでなにしてんのー?」

はっと顔を上げれば、同じクラスの女友達が顔を覗き込んでいる。私はスマホを制服のポケットの中にさっとしまった。

「おおーー、おはよ。いや、ちょっとね」
「ちょっとって何よー。誰か待ってんの?」
「そんなようなそうじゃないような。おら、さっさと行きな!」

しっしっし、と手で払えば、むっと口を尖らせるその子。「なにそれぇー」と頬をふくらまし、「気ぃ―にぃーなぁーるぅーー」……こいつは一文字一文字の後に小さい母音をくっつけなきゃ気が済まないのか。いかにも女の子って感じのあまったるーい言い方。なんとなく朝からこのノリの相手はキツイ。悪い子じゃないんだけどさ。今はとにかく早いところここから離れてほしい。どうするか……。

と、彼女の後方を通っていく生徒の中で、私はそいつを見つけた。

「あー今佐藤くん通ったよ」
「えっ佐藤くん!?」
「うん。単語帳読みながら歩いてたよ。しかも一人」

そう言うと、彼女は目の色を変えて「ごめん行くわ!!」とダッシュして私から離れて人の流れを掻き分けていく。おーおー、乙女だねー…。

って、まるで自分が女じゃないみたいな言い方。心の中で自分でツッコみを入れて、そして自嘲する。

高一の時から部活一筋で、周りの女子達が彼が欲しいだの誰それがかっこいいだのと色めきだす中、ひたすらバスケットボールを追い掛け回していた私は、今や皆が言うところの「女の子」とはすっかりかけ離れた存在となってしまっていた。髪の毛もずうっと短いまんまで、着飾ることもせず、持ち物も素っ気ないものばっかり。もともとのざっくりした性格もあって、私はいつからか「かっこいい」なんて言われるようになっていた。女の子だけじゃなくて、男子からも。言われるたびに、おいおいあんた達男としてのメンツは無いのか、なんて呆れてしまうんだけど。

……かっこいいって言われることは、別にいい。バスケ部の主将として、頼りないなんて言われるよりはずっとましだ。
ただ―――「そういうこと」に全く興味がないわけじゃない。自分でも自分が女の子っぽくないことなんて百も承知だから、恥ずかしくて誰にも言えないけど、私には好きな人がいる。毎朝、ここでこうやって立っているのも、実は彼と「偶然」――あくまでも「偶然」出くわして、教室へ行くまで二人でお話するためだ。さっき追い払った彼女と、そう変わらないのだ。

私は首をウンと伸ばして、昇降口をのぞいた。途切れることなくぞくぞくと生徒達が学校に入ってきている。多分、彼ももうそろそろ来るはずだ。

(今日は一人で、一人で来てくれますように………!)

柄にもなく神様なんかにお願いしてみる。自転車競技部の主将であり、毎朝朝練をこなしてくる彼は、一人で登校してくることの方が少ない。大体彼の隣には、緑色のすんごい髪の毛をした人か、はたまた熊みたいにでっかい人がいる。そんな人達に脇を固められては、たとえ話しかけられたとしても、その輪に入って一緒に会話をすることなんてできない。普段はこんな風にお願いとかしないわけだし、どうですかね神様、ひとつ頼みますよ。神様神様、恋愛の神様。

と、半ば投げやりになりながら心の中で拝んだその時、私の目は昇降口から入ってくるその人の影を捉えた。慌てて顔を引っ込めて、今の光景を頭の中でよーーーく思い出す。今、今彼は……一人だった! 確かに一人だった!

か、神様…………!!

私は再び心の中で拝んだ。ありがとうございます神様! アーメン! ……は、ちょっと違うか! なんでもいいや!

心拍数が上がってくる。急いで前髪を整えると、私は壁に寄り掛かるのをやめて、目の前の人の流れに乗った。でも、歩くスピードは死ぬほどゆっくりだ。さあ、もうすぐ来るぞ、もうすぐ彼が昇降口を通り抜けて、上履きに履き替えて、角を曲がってきて………さあ、私に気づいてくれ……!!


「――苗字、おはよう」


気づいてくれた!

喧騒の中にあってもよく通る、低くて、落ち着いてて、大好きな声。耳しただけで、心臓が飛び跳ねる。
いつの間にか横に並んでいたその人に向かって、さも今気づきましたよ〜っていう顔で私は声を張り上げた。

「おっ、よーっす金城くん。今日も朝練? お疲れさん!」
「ありがとう。苗字もバスケ部の朝練か」
「まーねー」
「そうか、お疲れ様。気合入っているな、バスケ部も」
「インハイ近いしね」

そう言って、にひっと笑ってみせる。神様、もう一つだけお願い。今この瞬間だけ、この瞬間だけでいいから、私をとびきり可愛くしてください。笑顔がお花みたいな、そんな可愛い女の子にしてください。せめて金城くんの目に映る私が可愛くあってください。

「自転車競技部の調子はどうよ。この前合宿やったんだよね?」
「ああ、今ちょうどインターハイの出場メンバーが決まったところさ」
「へえー! そっかそっか、いよいよって感じだね」
「バスケ部はどうなんだ? 今年の一年生は豊作だと前に言っていたが」
「それがね、豊作はいいんだけど皆個性的な子ばっかなんだよねー。まとめるの大変だよ」
「バスケ部は人数が多い分、主将への負担も大きいだろうな」
「あはは、それも含めて楽しくやってるけどね」
「今年のバスケ部は強いと聞いているよ。苗字がいい主将である証拠だな」
「へへ、そんなこと……」

褒められて、口元のにやけがもう顔面崩壊レベルだ。普段私とつるんでる子が今の顔を見たら相当驚くに違いない。金城くんに見られたくないので軽く俯いて、ぎゅっと口元を引き締める。
こうやって、彼と共通の話題があるってだけで主将やっててよかったなあと思う。本当はもっとそれ以外のことも話してみたいけど、私のキャラのことを考えるとちょっと聞きづらい。

階段に差し掛かった。教室は階段を上がったすぐそこにあるので、もうあまり長くは話せない。精一杯ゆっくりめに歩いてるけど、それにも限界がある。ああ、この瞬間だけでいいから教室までの距離が伸びればいいのに。

「にしても、もう暑いなー、夏きちゃうね。自転車競技部のインハイは夏休みだっけ?」
「ああ。バスケ部はいつなんだ?」
「全国は夏休みだよ。でもその前の県予選で勝ち抜かないとね……厳しい壁だー」

大会のことに思いを馳せると、共に浮かんでくるのが「引退」の二文字だ。高校生活は驚くほど早く過ぎていく。もう引退が目の前にあるなんて信じられない。


「………部活終わっちゃったら、金城くんともこうやって話せなくなっちゃうなぁ」


軽い気持ちで言ったつもりだったのに、出てきた声は自分でも驚くぐらいに切実なものだった。小さい母音がついてしまうような、私のキャラとは全然違うか弱い声。はっとしてすぐさまそれを打ち消すように明るい声を出す。「ほら、朝練もないから登校時間もずれちゃうし、主将トークもできなくなっちゃうし!?」…ってあれこれ何のフォローにもなってなくないか。

次のフォローを入れようとしても何も浮かんでこなくて、焦って、顔に熱が集まってくる。こんなの、ますます私らしくない。

と、隣の金城くんが、ふ、と笑みをもらした。

「そんなことはない。話せるさ、少なくともオレは苗字ともっと話がしてみたいと思っている。もちろん部活以外のことでだ」

「え……」

「登校時間は……苗字にオレが合わせればいい。今は毎日待たせてしまっているからな、今度はオレが待つ番だ」

「…………えっ。え!?!?!?」

その言葉に思わず足が止まる。意味を理解しようとして、そしたらとんでもない事実が飛び出てきた。到底受け入れられるものではない。

ちょっと待ってよ。今のってまさか、まさか………。


「き、気づいて、たの………!?」


もはや顔が真っ赤なことなんて気にしてられなかった。振り返った金城くんにそう聞けば、彼はその問いには何も答えてくれず。


「……苗字のそんな顔を知っているのは、きっとオレだけだろうな」


「!!! う……」


「予鈴が鳴ったな。もうすぐでHRが始まってしまう。急ごう」


ますます情けない顔になってしまった私は、それでも必死の抵抗で俯いたまま彼の隣に並んで歩き始めた。

さっきの言葉。いつも大人びて見える金城くんは、まるで子供みたいに、無邪気な笑顔を見せていた。ただただ単純に、嬉しそうだった。それってどういう意味なんだ?

沸騰してしまった頭でまともに考えられるわけもなく、そのまま教室に着いてしまったら、友達に「どうしたの!? 熱でもあるの!?」と心底びっくりされた。


【リクエスト:かっこいいことがコンプレックスのボーイッシュな夢主に迫る金城さん】

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